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    a_lot_of_kyomu

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    多分仁×夕月

    創作BL じわじわと蝉の鳴く季節だったことを覚えている。蒸し暑い田舎のあぜ道を、ゆづくんの背を追って歩いていた。首から提げた子ども用の水筒の中の麦茶が、ちゃぷちゃぷと揺れていた。前を歩くゆづくんのタンクトップから見える腕には汗が滲んでいて、ただひたすら、暑いなあ、と思いながらその後をついて歩いていた。
     その後、どうしたんだっけ……。僕は参考書を読むことをやめ、ぼんやりそんなことに思いを馳せる。あの時は確かまだ小学二年生。今の僕は高校二年生。受験はまだ来年とはいえ、勉強に忙しい身の上だ。余計なことを考えている暇はない。ない、けれど……。ちらりと時計を見る。時間は午後四時を回ったところだ。まだ約束の時間まで余裕がある。それなのにそわそわとしてしまっているのは、今日が僕にとって特別な日だからだ。
     今日は東京からゆづくんが帰ってくる。大学の夏休みを利用して、こちらに里帰りするのだ。もうすぐきっと母さんが僕のことを呼びに来る。そんな僕の期待に応えるかのように、外から車のエンジン音が聞こえる。僕はそっと窓の外を覗き込む。運転席から降りてきたのはゆづくんのお母さんではなく、ゆづくんだった。そっか、免許取ったんだ。僕の知らないうちにゆづくんは一つ大人になっていた。それが嬉しくも、寂しくもあった。
     ゆづくん……遠山夕月は、僕の幼馴染である。幼馴染といっても、年が二つ離れているから少し距離感はある。同じ小学校、同じ中学校で、高校も同じ。高校はゆづくんについて行きたくて、少し無理をして同じ高校に入った。一年間しか一緒にいられなかったけど、ゆづくんと同じ学校に入れてよかったと思っている。さすがに大学まで一緒のところについていくのは恥ずかしいから別の大学を受けようと思っているけれど、ゆづくんと同じように東京に出ていけたらいいなあ、と思っている。
     小学生の時、家が近くて、偶然同じゲームで遊んでいたから仲良くなった。ゆづくんは僕よりゲームが上手くて、僕がクリアできないボスをいつも簡単にクリアしていた。ゲームのコツを教えて、とせがむ僕に、優しく攻略を教えてくれた。小学校の頃は本当によく一緒に遊んだ。毎日学校から帰るとどちらかの家に行き、ゲームをしたり、外で駆けまわったり、とにかく同級生の誰よりも親しかった。中学校に上がってからは部活が始まり、そんなに接点もなくなった。バスケ部に入ったゆづくんはいつも忙しそうにしていて、朝も早く出かけていたのを知っている。一方僕はスポーツに興味が持てず、茶道部唯一の男子部員として中学校生活を終えた。高校に入るとより一層接点はなくなり、中学から続けたバスケで主将級の活躍をするゆづくんと、同じく中学から続けてなんとなく茶道部にいる僕とでは関わる隙すらなかった。ゆづくんは学校の人気者だった。
     車からゆづくんが降りてきて、こちらには気づく様子もなく玄関へ向かう。すぐにピンポン、とチャイムの音が鳴り、母さんが外に出る。おばさんと話しているのか、きゃあきゃあと甲高い声が二階の僕の部屋まで聞こえてくる。そのうち、母さんの「仁、いらっしゃい」という声が聞こえて、ぼくは今やっと気づいたかのように階段を下りていった。
    「あらー仁くん、おっきくなったわねえ」
    「おばさん、お久しぶりです」
    「まー礼儀正しいのね。うちの夕月と大違い」
    「佳代さんの前だからですよ。うちの中じゃだらしがなくて……」
    「母さん、いいから、そういうの。……用は何?」
    「ああそう、夕月くんが帰って来たわよ」
     おばさんの後ろで母親同士の会話が終わるのを気だるげに待っていたゆづくんと目が合う。スマホの画面を見ていたが、自分の名前が会話に上がると画面から目を離し、僕の母親に一礼する。
    「ほらもう、すっかり不愛想になっちゃって。夕月、ちゃんと挨拶しなさい」
     そう言われて渋々、ゆづくんは口を開く。
    「ども、お久しぶりっす」
    「仁くんに挨拶しなくていいの?」
     おばさんはそう言葉を重ねる。ゆづくんは面倒くさそうな、それでいて気まずそうな顔をして僕の方を一瞥する。そしてふうっと息を吐いたのち、やっと口を開いた。
    「久しぶりだな、仁」
    「あ、うん……」
     それ以上の言葉はなかった。元気か、とか、勉強や学校はどうだ、とか、昔のゆづくんなら聞いてきそうなことを、一言も発しなかった。僕は肩透かしを食らったような心地で、ぼんやりその場に立ち尽くしていた。しばらく母さんとおばさんが話していたが、また今度ランチにでも行きましょうということで話がついたらしく、その場はお開きとなった。ゆづくんは最後まで僕のことを直視しないまま、また車の運転席に座って、エンジンをかけた。
    「夕月くん、免許取ったのね。もう大人ねえ」
     その姿を見て母さんがまたそんなことを言った。僕には、ゆづくんがもう知らない人になってしまったような気がした。

     久しぶりだな、仁。
     その言葉がリフレインする。久しぶりだな、仁……。
     翌朝、僕はベッドの上で寝転がっていた。夏の朝特有のだるさを感じながら、特にすることがない夏休みの貴重な午前を寝過ごしていた。勉強をやる気にもなれず、外に出かける気にもなれず、ただだらだらとクーラーのついた部屋で天井を見ていた。
     茶道部こと帰宅部の夏休みは暇だ。運動部と違って集まって練習をするわけでもなく、かといって個々人で自主練があるわけでもなく。ただ夏休み明けに控えた文化祭の出し物のためにちょっとはお稽古しておこうかな……と、そんな微妙な空気が部員の中にあるだけだった。特別活動に熱心な生徒もいないため、半分以上の部員は帰宅部として活用している体たらくだ。だからこそ勉強に打ち込める……というほど、勉強に対して熱心でもないけれど。
     そう、大学。本来であれば今頃の僕は、ゆづくんと同じ東京にある大学を目指すべく勉強をしているところなのだが、昨日の一件があって以来、どうしてもやる気が出ない。さすがに大学生になってまでゆづくんを追いかける気はなかったから、大学は別のところを受けるつもりだが……。そもそも、今の僕はゆづくんあっての僕だ。ゆづくんが入った高校に入りたくて、勉強を頑張った。市内では有名な進学校だが、僕の学力では全く無理、というほどではなかった。自慢ではないが、勉強はそこそこできる。むしろ、年上のゆづくんに二つ上の学年の勉強を教えてもらっていたから、テストで苦労したことはないほどだ。ゆづくんもいつも、「仁は飲み込みがいいから、俺も教え甲斐がある」と言ってくれていた。
     ……こんな調子ではだめだ。僕は起き上がり、のろのろと勉強机に向かう。数学の参考書を開き、シャーペンを手に取る。やる気を出すにはとりあえずやるしかない、と誰かは言っていたが、今の僕に足りないのはそれかもしれない。そう思って一心にノートに数式を写し、解き始める。しかし何度計算を解いても、何度図形の証明をしても、思い浮かぶのはゆづくんのことだった。これはいよいよダメかもしれない。僕は諦めてラインを開き、ゆづくんに連絡を取ろうとした。
     しかし、文字面ではどうも僕の心情を伝えきれない。単に「今暇?」では高圧的すぎるし、かといって今さら僕らの関係で敬語を使うのもよそよそしい。大学の夏休みに課題があるものなのか分からないから「宿題やってる?」と昔のように聞くわけにもいかない。五分ぐらい悩んだ挙句、僕は通話のボタンを押すことにした。どきどきしながらゆづくんが出るのを待つ。数回のコール音の後、聞こえてきたのは銃撃の音と不機嫌そうなゆづくんの声だった。
    「……何?」
    「あ……えっと、ゆづくん今何してるかなって」
    「……ゲーム」
    「そうなんだ……。あ、あの、暇なら遊びに行っていい?」
    「いいけど」
     ひどく面倒くさそうな声ではあったが、一応許可は出た。僕はありがとうと、準備してから行くから数分かかることを告げて電話を切った。僕とゆづくんの家は歩いて五分もかからない。それぐらい近所に住んでいる。けれどゆづくんの家に行くことは中学校ぐらいから自然と減っていったし、逆にゆづくんが僕の家に来ることも珍しくなった。だから、僕の記憶が正しければゆづくんの家に行くのは中学二年生以降ということになる。僕は家にあったお菓子をいくつか手土産として鞄の中に入れ、ついでにやるかどうかも分からない参考書も鞄に詰めておいた。
     外に出ると、夏の正午間近の強い日差しが照り付けてきた。少しふらっとする。歩いてすぐのゆづくんの家が遠く思えるほどだ。小さい頃は何ともなく走ってゆづくんの家まで行っていたような気がする。それももう、遠い記憶だけれど。
     ゆづくんの家に着いて、チャイムを鳴らす。すぐにおばさんが出てきてくれて、僕を出迎える。
    「仁くんがうちに来るなんて、何年ぶりかしら」
     おばさんはやけにうきうきした様子で、僕の渡した菓子を受け取った。
     僕はすぐに二階に上がって、ゆづくんの部屋をノックする。どうぞ、と気の抜けた返事がきて、僕はそろりとドアを開ける。部屋の中はカーテンを閉めていて薄暗く、ゆづくんが見ているゲーム機の画面だけがぴかぴか光っていた。電話越しに聞いたのと同じ銃撃音がゲーム機から鳴っている。
    「適当に座っていいよ」
    「あ、うん……」
     僕は床に置かれたローテーブルの前にちょこんと座る。ゆづくんの部屋は散らかっていた。物は少ないというか、東京の家に持って行っているんだから当然なんだけれど、スーツケースが開けっ放しだし、そこから服が散乱している。ゲームをやっているゆづくんが座っているテーブルの上にはエナジードリンクの缶やお菓子のゴミが置きっぱなしだ。
     記憶の中にあるゆづくんの部屋は、もう少し綺麗だった。おばさんがいつも掃除していたというのもあるが、こんな不健康な汚さではなかった気がする。
     僕が何か話しかけようとまごついていると、ドアがノックされる。なに、とゆづくんが答えると、おばさんがドアを開けて入ってくる。
    「夕月、仁くんが来てくれたんだからゲームはやめなさい。部屋もこんなに暗くして……ごめんね仁くん、夕月、帰って来てからずっとこの調子で……」
    「あ、いえ、僕は……」
    「余計なこと言うんじゃねぇよ。用事は?」
    「ジュースとお菓子持ってきたから、二人で食べてね。それだけ」
    「ふうん」
    「もう……」
     おばさんは呆れた様子で部屋を出て行く。ゆづくんはゲームの画面から目を離さない。クーラーの音と銃撃音だけが空しく部屋に響いていた。
    「……で、お前も用事は何?」
     僕が気まずい気持ちで出されたジュースを飲んでいると、ゲームが終わったらしいゆづくんが話しかけてくる。お前、と呼ばれたことに、心臓がいやな方向にどきりとする。ゆづくんが僕のことをお前と呼ぶのは昔からあったことだが、言い方がその時とは段違いに冷ややかでどきりとしたのだ。
    「あ……いや、用事ってほどのことはないけど、久しぶりに会いたいなあ、って……」
    「昨日会ったじゃん」
    「いや……話がしたかってというか、ゆづくん最近どうしてるかなあって。……ほら、連絡も最近とってなかったじゃん、だから……」
    「別にどうってことねぇよ。フツーだって、フツー」
    「あ、じゃあ、一緒に遊びたい。それ何てゲーム?」
    「ただのバトロワ。マルチやってもいいけどお前やったことないだろ」
    「へえ、ゆづくんそういうゲームもやるんだね……」
    「大学の友達がやってるから始めたんだよ。てか、根掘り葉掘り聞きすぎ」
    「あ……うん、ごめん……」
     また黙り込む。完全に会話の糸口を見失ってしまった。ゆづくんは僕に目もくれずゲームばかりしている。僕はお皿の上に綺麗に盛り付けられたお菓子を一つつまんで、口に入れた。ポテトチップスのしょっぱい味が口に広がるが、僕は緊張からか、いつもより味気なく感じた。
    「そういえばさ、莉子さんとはどうなったの……?」
     僕は聞こうとして聞けなかった質問を、言葉に困って選んでしまった。莉子というのはゆづくんの高校時代の彼女だ。ゆづくんが二年になってすぐ告白されて、それからずっと付き合っていたらしい。僕も高校に入ってすぐ、並んで下校をする二人を見かけたことがある。ゆづくんのSNSのアイコンは二人で撮ったものだったが、最近は変わってしまった。別に僕には関係のないことだが、もうこれ以上話題も見つからないのだ。聞いてしまってもいいだろう。
    「……あー……、別れた」
     ゆづくんは至極面倒くさそうにそう答えた。僕が知る限りでも仲の良い二人と聞いていたので、意外な答えだった。
    「え、別れちゃったんだ、なんで?」
    「なんでって……俺が東京行くってなって、莉子が一緒に行くつったから、やめとけって言ったら浮気するつもりでしょってキレられて。そんで終わり」
    「あ、そうなんだ……」
    「お前には関係ない話だろ、いい加減うざいぞ」
    「ごめん……。でもゆづくんと久々に会えて嬉しいんだ」
     僕がそう返すと、ゆづくんは一瞬こっちをちらっと見て、はあーっと大きくため息を吐いた。そしてゲーム機の電源を切って、僕が座っている向かいに座った。
    「あのな、お前もいい年だろ? 男のダチがいつまでも昔と同じままつるめるわけがないんだよ。もうちょっと大人になれ」
    「い、言ってる意味がわからないよ、ゆづくん」
    「その呼び方もやめろ。いつまでもお前の兄貴じゃねえんだよ。べたべたくっついて来るな」
    「別に、べたべたしてるわけじゃ……」
    「はっきり言って迷惑だ、帰れ」
    「そんな、なんで……」
     僕がそれ以上言葉を続けることはなかった。ゆづくんの目が思った以上に険しかったからだ。僕はもう何も言えなくなってしまった。お邪魔しました、とだけ呟いて、僕は部屋から出た。おばさんに挨拶をしてゆづくんの家を後にする。おばさんはあまりにも早く僕が出て行くものだから心配したが、なんでもないと言って帰った。家に帰った後も、しばらくゆづくんのことが頭から離れなかった。
     僕が当たり前にあると思っていたことは、さらさらと砂のように崩れて消えてしまった。


     真っ白い太陽が僕らを照らしている。真夏の日差しは容赦なく僕たちを刺す。
    「ゆづくん、休憩しない?」
    「はあ? いつまでも休憩してたら家に着かないだろ」
    「暑いよ。コンビニ行こうよ」
    「……しゃあねえな、行くぞ」
     僕の通っている高校は自転車に乗って二十分ほど。高校一年生になったばかりの僕は、中学までとは段違いの通学距離にひいひい言いながら、毎日自転車を漕いでいた。その日は猛暑日で、僕とゆづくんはたまたま学校に行く用事が被ったから、一緒に帰ろうという話になった。部活を終えて家に帰る途中、僕たちはたった二十分の道を何度も休憩しながら帰っていた。
    「はぁ、はぁ……なんでよりによってこんな日に部活なんだよ……」
    「お前の部活は活動がある方が珍しいだろ」
    「ゆづくんはすごいね……ほとんど毎日部活あったんでしょ? すごいなあ」
    「だからバスケ部誘ったのに、お前来ないじゃん」
    「だって……僕にできる気がしないし」
     ゆづくんは文武両道を絵に描いたような人で、引退するまでずっとバスケ部で活躍していた。もう今は引退して受験に専念しているけれど、県大会の惜しいところまで行った、とは風の噂で聞いていた。今日はたまたま補講の日が僕の部活と被っただけで、もう練習はしていない。でも少しだけ部活の方にも顔を出して、後輩の様子を見てきたそうだ。
     夏の茹だるような日差しの中を、ゆづくんと自転車を押しながらだらだらと歩いていた。夏の暑さのことを思うと身震いがする。容赦のない太陽光、熱を放つアスファルト。僕は若干くらくらとしながら、通学路途中にあるコンビニを目指していた。
    「あつい……しぬ……」
    「仁、へばるなよ」
    「無理だよ、ゆづくん……僕ゆづくんみたいに体力ないし……」

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