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    a_lot_of_kyomu

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    ルキフグス夢

    地獄への誘い「あなたを地獄に落としたいな」
     目の前の彼はそんなことを口にした。

     私は算文高校に通う一年生の女子である。委員会の先輩である天使ヶ原先輩にバイトを紹介してもらって、キュバクラで時々バイトをしている。天使ヶ原先輩はここのナンバーワンキュバ嬢らしいけれど、彼女の清廉潔白なイメージとは少しかけ離れるなあ、と思っていた。
    「ナギサちゃん、今日は大物のお客様が来店するノ。てしちゃんの紹介だから、アナタにはヘルプについてもらうワ。本指名はてしちゃんだから、あんまり気負わずに、かといって気を抜きすぎないように。アナタも、この機会に昇進を狙うのヨ!」
    「は、はあ……私なんかにできるかなあ」
    「こういうのはできるできない、じゃなくて、やるやらない、ヨ。期待してるワ」
     そう言ってサキュバスさんはバックヤードへ行ってしまった。私は露出の多いドレスの裾を摘まみながら、漠然とした不安に包まれていた。大物客だなんて、私に相手できるだろうか。ため息を漏らす。すると、それに気づいた天使ヶ原先輩が声をかけてくれる。
    「ナギサちゃん、大丈夫! 大物ではあるんだけれど、話しやすいお方だから、あんまり気負わないで」
    「てし……あ、さくら先輩……ありがとうございます、ちょっと元気が出ました」
    「うん! そろそろ時間だね、私は卓についているから、ナギサちゃんもおいで」
    「は、はい!」
     店のドアが開く。響いたのは革靴の硬い音ではなく、スニーカーの柔らかい靴音だった。……え? キュバクラに来るのにスニーカー? それが大物? 私は視線をドアに向ける。そこに立っていたのは、オタク、とローマ字で書かれたスウェットを着た青年だった。
    「ぁ……ど、も……予約のルキフグスで……すっ」
     予約のルキフグスで、までを一息に言ってしまい、息継ぎを忘れてしまったようだった。私はなんだか肩の力が抜けてしまった。サキュバスさんの説明によると、地獄のNo.4にして宰相。あらゆる武器宝物を蒐集すると聞いていたが、目の前の彼はどう見てもコミュ障のオタクだった。
     彼は天使ヶ原先輩のいる卓に座ると、ニコニコとした笑みを浮かべた。ああ、天使ヶ原先輩と相当親しいんだな。これは私が入る隙もなさそうだ。そう思いながら、ドリンクのメニューを広げる。
    「あ、ぼ、ボクはオレンジジュースで」
    「私もそれかな。お酒飲めないし。ナギサちゃんもオレンジジュースでいいよね?」
    「はい」
     黒服のバイトをしている左門先輩にオーダーを通す。すぐにオレンジジュースが三つ運ばれてきて、乾杯をする。
    「宰相さん、最近はどうでしたか? 何か変わったことは?」
    「あ……えっと、ずっと漫画から追っていた作品がアニメ化して、それを見ています……」
    「すごいですね! 昔からのファンにとっては嬉しいことじゃないですか」
    「あ、はい、えへへへ……」
     そう言ったきり、ルキフグスさんはにこにこした笑顔を張り付けたまま黙ってしまった。何か喋れよ、と思ったが、ルキフグスさんは天使ヶ原先輩のことをじっと見つめたままにこにこと笑っている。不気味な空間だ、と私はオレンジジュースを飲んだ。
    「……さくらさん、あちらの卓から指名が入っていますよ」
     左門先輩が天使ヶ原先輩を呼ぶ。
    「あ、カイムさんかな。じゃあ私はちょっと行ってくるから、ナギサちゃんよろしくね!」
    「えっ! あ、はい!」
     天使ヶ原先輩は立ち上がり、他の卓へ行ってしまった。残された私は、とりあえずグラスを持ち直し、少し上に持ち上げてみせる。
    「えっと、ヘルプのナギサです! ルキフグスさん、よろしくお願いしますね! 乾杯しましょ!」
    「あっ、あっ、はい、乾杯ですね、えっと……」
     ルキフグスさんがグラスを持とうとするが、手が滑ってしまい、私のドレスにジュースがかかってしまった。
    「あ……あ……申し訳ありません! お、怒りました、か……?」
    「いいえ、ルキフグスさんのお洋服が汚れなくてよかったです。やっぱり私も慣れないんですよ、こういう接客。サキュバスさんからは、とりあえず乾杯しなさいって言われてるけれど、他のキュバ嬢さんみたいな接客、得意じゃなくて」
    「あ……そうなんですね。なんだか安心しました。ボクもこういう場所、慣れてないんで……」
     ルキフグスさんは、話してみると意外と話しやすかった。オタクの話はよくわからないが、地獄の偉い人なのに、偉い人特有の嫌味ったらしさがなくて、とても接しやすかった。
    「さくら先輩が戻ってくるまで、いっぱいお話しましょ!」
    「あ……はい。先輩ってことは、さくらさんの後輩なんですか……?」
    「そうです、学校の委員会の先輩でもあって、私がバイト先に悩んでたらここ紹介してくれて……未成年だから夜遅くまでは働けないけれど、結構楽しくやってます!」
    「へえ……お仕事熱心なんですね」
    「そんなことないですよ! ルキフグスさんは何のお仕事されているんですか?」
    「あ……ボクはあらゆる宝物とか名刀を集めたりしていて……でも最近はプラモとか集めたり、してます。すみません、こんなオタクの話、気持ち悪いですよね……」
    「いえいえ、素敵な趣味だと思いますよ! 名刀に宝物かあ、かっこいいな、一回見てみたい」
    「……じゃあ、来ますか? 地獄に」
    「……え?」
     唐突なその誘いに、私は完全にフリーズしてしまった。地獄へ? 行けるのだろうか。そもそも──サキュバスが経営している店で働いておきながら、ではあるが──地獄なんて本当にあるのだろうか。
    「……あの!」
     行けるならぜひお邪魔したいです、そう言おうとした瞬間だった。
    「ごめんねーナギサちゃん、カイムさんと思ったより長話しちゃった。ヘルプありがとう、バックに戻ってていいよ」
    「あ、はい……ルキフグスさん、それでは失礼します」
    「あ、あの、ナギサさん!」
    「はい?」
    「名刺、貰ってもいいですか?」
     そうルキフグスさんが言うと、周りが少しざわっとする。名刺を渡すということは、連絡先を渡すということで、つまりは次回の指名や、店外でのデートに繋がるのだ。フロアからやっぱりてしちゃんの後輩、ナンバーツーの誕生よ、とひそひそ話が聞こえる。
    「あっ……もちろん、ナギサさんが嫌でなければ、ですけど……」
    「嫌なわけないじゃないですか! 待っててくださいね、今書きますから」
     小さな鞄から薄ピンクの紙を取り出して、自分の名前と電話番号をささっと記入する。
    「はい、どうぞ。いつでも連絡してくださいね」
    「ありがとう……ございます!」
     そう言って私はバックヤードに戻る。すると、左門先輩が一緒に入ってくる。
    「さっきドレス、汚れたでしょ。僕がクリーニングの手配しておく。それと、今日はもう帰っていいってサキュバスが言っていたよ」
    「左門先輩、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えてお先に失礼します」
    「それと……」
     左門先輩は少し言い淀む。ドアを少し開け、フロアを指さし、天使ヶ原先輩と話しているルキフグスさんを見る。
    「あの男、自分が気に入ったものに対する執着心が強いから、気を付けた方がいいよ。地獄に堕ちたくなければね。まあ、天使ヶ原さんと違ってそれなりに欲のある君は、何もしなくても地獄行きだと思うけど」
    「あはは、最後なんか失礼じゃないですか? 嬉村先輩に言いつけますよ」
    「冗談だって。ま、悪魔に魅入られるようなら、僕が心配するまでもないか。とりあえず、気を付けて帰ってね」
    「はい! お先に失礼します」
     私はジュースで汚れたドレスを着替え、左門先輩に渡し、キュバクラを後にした。
     ルキフグスさんから電話がかかってきたのは、それから三日後のことだった。屋上でお弁当を食べている時だった。お店用の携帯に着信があり、サキュバスさんかな、と思いながら気楽に出たら、ルキフグスさんだったのだ。
    「ルキフグスさん、本当にご連絡いただけるとは思っていませんでした」
    「ぼ、ボクは約束きちんと守りますよ」
    「えっと、ここにお電話くれたってことは、同伴のお誘いですか……? すみません、今週テスト期間でキュバクラには……」
    「いや、お店には行かない」
     いつも言葉を詰まらせるルキフグスさんにしては、はっきりとした物言いでそう言った。
    「あっ、あっ、もちろん、同伴してあなたの売り上げになるなら、お店に行きますけれど……」
    「いいですよ、そんなに気にしていないですし。どこかにデートですか?」
    「うん、今からあなたを攫いに行く」
     そう聞こえた瞬間、空から雷鳴が如き閃光が奔る。落ちてきたのは、この前のスウェット姿とは似ても似つかない、白いスーツを身にまとったルキフグスさんだった。
    「え……」
     私は言葉を失ってしまった。あまりにも普通にいるから気づかなかったけれど、やっぱりこの人は人間ではない、悪魔なのだと嫌でも気づかされる。
    「こんにちは、ナギサさん。あなたを地獄へご招待します」
    「えっ……えっ!? 本当に地獄なんて、あるんですか!?」
    「ありますよ。現に今、あなたの前に悪魔がいる」
     ガタン、と音がして、屋上のドアが開く。そこに立っていたのは左門先輩だった。
    「悪魔の気配がしたから見に来たら、なんだ、ルキフグスか。人間界に来るなんて珍しいね」
    「左門か。ちょうどいい、ガープを呼べないか?」
    「一応聞くけど、何で?」
    「ナギサさんを攫いたい」
    「いいよ、僕は人間であれ悪魔であれ、欲に素直なヤツの味方だ」
     この展開ではお前も悪役でしかねえよ、というツッコミは胸にしまっておいた。というか、出す余裕もなかった。左門先輩は床に魔法陣を描き、ガープさんを呼び出した。
    「地獄の僕の部屋まで頼む」
     そう言って、ルキフグスさんは私をお姫様抱っこする。まるで少女漫画のような展開にドキドキしながら、目を瞑った。
     目を開けると、そこは一面にプラモデルやフィギュアが並ぶ部屋だった。
    「どうぞ、僕の宝物庫だ」
    「うわあ……」
     感嘆なのか悲鳴なのかよくわからない声が自分から漏れる。宝物庫と聞いて、もっといろんな武器とか、名刀のある部屋かと思っていたが、思っていたよりオタクオタクしい部屋だった。おまけに天使ヶ原先輩のフィギュアまである。どこで売ってるんだよ。あらゆるツッコミが追い付かないでいると、がちゃん、と音がして自分に足枷がつけられたことに気が付いた。
    「え……あの、ルキフグスさん……?」
    「ボクの権能はあらゆる宝物の蒐集と管理だ。ナギサさん、あなたをボクのコレクションにしたい」
    「……へ!?」
    「さくらさんに抱いている感情とは違う感情で、あなたのことが好きだ。あなたを地獄に落としたい」
    「地獄へ……」
     不思議と、怖い気持ちはなかった。私のことをどう思っているかわからなかったルキフグスさんの、真っ直ぐな愛情に触れて、少し嬉しい自分がいる。
    「私、ルキフグスさんに何もしていないですよ。なのに、なんで……」
    「ボクの話を聞いて、ありのままのボクを受け入れてくれた。それだけで十分なんです。ナギサさん、ボクのものになってくれますか……?」
     ふっといろいろな思いが去来する。人間として普通の、当たり前の生活を送ると思っていた。地獄へ落ちるだなんて経験、そうありはしない。普通の人生なんてつまらない。私は、私を好きと言ってくれる人のために生きたい。
    「……ルキフグスさんが、私を地獄に落としてくれるんですね」
     左門先輩が天使ヶ原先輩を地獄に落としたいように、私を地獄に落としてくれる人がいる。それならそういう生き方だってありじゃないか。悪魔だってなんだって、私を好きと言ってくれる人がいるなら、私はその人のために生きたい。
    「ボクがあなたを永遠に守り通します」
    「それなら、何の心配もないですね。だってルキフグスさん、強いんでしょう?」
     彼が地獄のNo.4を実力で勝ち取ったことは、左門先輩から聞いていた。私を守ってくれる。その言葉は、何より嬉しかった。
    「私を地獄に落としてください、ルキフグスさん」
    「永遠にボクの側にいてください、ナギサさん」
     お互いの目を見つめ合う。私が悪魔と契約したのは、これが初めてだった。
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    DONE「たとえ話だよ、そんな顔しないでってば」/ディルガイ(+ウェン)

    こういう不穏な神様いっぱい吸いたい
     グラスの中の氷がからん、と軽やかな音を立てた。
    「そういえば今日、お前のことを『神に愛されし存在だ』……なんて言ってるやつがいたなあ」
    「……なんだそれは。褒めているのか?」
     酒を片手にニヤニヤと、やけに機嫌のよさそうなガイアに目をやる。その肌の色のせいで分かりにくいが、上気した頬ととろけた声は酔っぱらっている証だった。
    「まあ前後の話からするに、神に愛されて色んなものをもらった人だ、とかいう感じだったな」
    「……そうか。その全てを否定するわけではないが……妙な気分だな」
    「お前は努力家だもんなあ。その実力は神なんかが与えてくれたもんじゃない、って言いたいんだろ?」
    「……『なんか』とは思わないがな。ある程度生まれ持ったものがある上に、研鑽を重ねた結果だよ」
    「ふうん……」
     不愉快、とまではいかないものの、さもつまらなさそうにまた、ちびちび酒を口にする。そうしてガイアはまた、「それじゃあきっと、俺はとんでもなく神に嫌われてるだろうなあ」と。
    「……理由を訊いても?」
    「いいぜ、とはいっても別に俺自身が不幸だとか思ってるわけじゃない。いつものことだろ、俺とお前は昔から何もかも反対だ 1114