熱異常モノを燃やすためのロボットの名前がファイヤーマン消防士っていうのはなかなかに洒落が効いてていい名前だと思う。
皮肉だ。

雨の日はあまり外に出たくないんだが、ちょっとヤボ用が出来たからレインコートとビニール傘の重装備。好きなタイミングでいつでも換装できる博士特性のハンドパーツは左手の小指が上手く曲がらない。雨の日はよくこうなる。ちょっとしたことが気に障る。小指なんて小指だけで使うことなんか無いんだからちぎってしまえばよかったのに。

「珍しいわねー、ファイヤーがこんな日に外に出るなんて」
「俺だってたまにはね。夕飯までには戻るから」
「わかったわ、気を付けてね」

姉は俺たちに何も訊かない。ヤボ用が何なのかを聞いてくれれば俺だってこんな日に外に出なくてよかったかもしれないのに。

ちなみにヤボ用ってのは嘘だ。俺はこんな日に部屋に籠っていたくない。


何年か前に仕事を辞めた。俺に代わる火炎放射器・が出来たから。機・、ですらないんだもんな。はは、お笑い草。ライト製の鳴り物入り高性能ロボットも、時代の流れとロックマンには勝てやしない。幸運なんだか不運なんだか、俺は鳴り物入りだったが故に廃棄処分を免れて、今はライト研究所の助手兼焼却炉。ロックの腕と同じ仕組みのハンドパーツ換装機構にはなかなか慣れずに苦労したな。なんせ関節が片手だけでも十六あるんだ。……十七だったか。もっと少ない？　そこは別にどうでもいいけど。
手ができる。手を動かすためのプログラムが実装される。プログラムを実装するために、ついでに俺のメモリが増設される。
そうすると余計なことを考えられるようになった。
なってしまった。

俺は今、キャンプ用の新しいシュラフが欲しい。俺は今、外に働きに出ている兄弟が羨ましい。俺は今、博士の助手の仕事を辞めたいと思っている。俺は今、俺は今、俺は今、俺は。
要は世界の解像度が一気に上がった。殺風景な自分の部屋の中ですら煩雑に見える。何も考えていない熱血漢のファイヤーマンの人格が、思考の雨にうたれて炎を消されたように静かに、───ははは、こんな詩的表現までできるのか、今の俺は。くそ。やってられねえ。
ばらばらばら、と傘に当たる雨の音が騒がしい。俺が雨の日に外出するのは年に一度か二度くらい。多くても五回は絶対超えない。こういうの、五指に収まるとか言うんだっけか。多分違うな。違っても誰も咎めたりしないから別に構いやしないんだけど。だってこれ俺の独り言だもん。それで、雨の日に何しに外に出るかって言ったら、何もしない。何もしたくない日に雨が降ってたら外に出る。雨は嫌いだ。傘で防がなきゃ頭の灯火器に水が溜まるし、左手の小指はうまく動かなくなるし。余計なことを考えられるようになった俺の頭なら嫌いなものでも好きになれたりしないだろうか。例えばそう、ばらばら鳴ってるこの音なんか、普段聴くことない音だからなかなか珍しいんじゃないか？
ダメだな。うるさいだけだ。


ただ歩く。俺はそんなに図体がかさばる方じゃないけど、でも人にとっては邪魔になるかもしれないから、人通りの少ないところを。郊外、山際、路地の裏。ポケットに突っ込んで来たロボ用タバコに銀のジッポで火をつける。別に俺の手で点火しても構わないんだけど、やっぱ過剰火力だからさ。こういう時だけは俺に口があってよかったなと思う。マウスカバーのつけ外しは億劫だけど。

咥えタバコで路地裏に佇む。人通りの多さを訝しんでたけど、多分今日は日曜なんだな。雨だってのに人は休みの日だからと外に出る。御苦労なこって。吸い殻をつまみながら携帯灰皿を忘れたことに舌を打って、仕方ないからその辺に転がっていた空き缶の中に突っ込んだ。いいんだ、これぐらいのこと誰でもやってるし。

「いーけないんだ、ライトナンバーズがそんなことして」
「よお幻覚」
「ヒートマンって呼んで」

幻覚で相違ないはずだ。いくら雨が降ってるとはいえ足音も聞かせず近づけるものか。


ヒートマンという名前のロボット自体は、一応実在している。
ワイリー博士が第二次世界征服の時に組み上げたロボットの一体で、俺を改造した時のノウハウが組み込まれてるらしいとかそうじゃないとかって聞いた。だからまあ、実質的に俺の後継機ってことになるのかもしれない。迷惑な話だ。勝手に改造した挙句、いらない後継機まで作られて。
……俺は後継機なんかいらないと思うけど、あのヒートマンとかいう奴は俺の事どう思ってるんだろうな。