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    松明さんが炎さんに手を引かれて何かしら踏み外しかける話の進捗

    いずれ燻る燃え残りどうしてこんな事態になっているのかわからない。
    俺は今、ファイヤーマンに組み敷かれている。


    *****


    ファイヤーマンというのはトーチマンのような炎噴出機能を持つロボットにとっての祖というか大先輩というか、いわゆる先達にあたるロボットだ。職務に忠実、ライト研究所製ロボットの多分に漏れず人に優しい人格を持つと聞いている。
    そういう大先輩が、俺の勤務するキャンプ場にやって来る度に俺は緊張で肩の噴射口から火柱を上げかけてしまうのだ。至らない様を見せつけるようで恥ずかしい限りである。ぎこちない会釈をする俺に、彼は毎回気楽な笑みでもって返す。

    「相変わらずだなあ。そろそろ慣れてくれると嬉しいんだが」
    「すみません、しかしファイヤーさんを前に緊張するなというのも俺には難しいことでして」
    「敬語」
    「すみ、……すまない、その。……慣れず……」

    ははは、と笑いながら肩を叩いてくるファイヤーマンの手は火炎放射器を換装しているものだという。

    彼は珍しく軽装で来ていた。ファイヤーマンがここのキャンプ場を利用するときは大抵テントを立てるので、いつもは背中に大きな荷物───テントはもちろんシュラフやバッテリー類を含むキャンプ用具───を背負っているのだが、今日はいつもの半分もない大きさのリュックサック一つのみを背負っているだけだ。はて、と不思議に思って予約内容を確認すると、なるほどバンガロー施設を利用するプランにチェックが入っていた。
    そのことを何気なく問うと、たまには気分転換にさ、と軽い応えが返ってくる。

    「新造したっていうから様子見も兼ねてな」
    「……そうですね、あそこは……」

    ……バンガロー施設は、この間のダブルギア事件で俺が燃やしたばかりのところだ。そのほかにアスレチックや飯盒炊爨体験場も一度焼けている。
    ある程度老朽化もしていたというから再建の切っ掛けになって結果オーライと慰められはしたが、被害総額や営業上の不利益を考えると無い血の気が下がるような思いである。
    ファイヤーマンはやや俯いた俺の頸を見て何を察してくれたのか、「おい」と明るく声をかけながらもう一度肩を叩いてきた。

    「敬語。戻りかけてるぞ」
    「……はは、いや本当に、至らない機体ですまない。施設の配置が以前とはやや変わっているから案内しよう」
    「ん。よろしく」


    平日のキャンプ場は人気が無くて寂しい。今は修学旅行のシーズンでもないし、今日の予約はファイヤーマンのぶんしか入っていなかった。閑散としている広場を見回して彼が小さく肩をすくめる。

    「もしかして今日、俺一人か?」
    「そうなる、な。修学旅行にはまだ早い季節だし、平日はそもそも予約が入りづらいから」

    そこで一度言葉を切って、未だ薄曇りの空を見上げた。

    「それに、雨の日の後だからどうしてもな……」
    「ああ……地面とか濡れてて」

    舗装された遊歩道を歩くファイヤーマンの踵が地面を擦る音を聞きながら、ペースを合わせてゆっくり歩く。昨晩の雨に打たれた落ち葉は湿っていたし、山際には泣き止んだ雲がまだ引っかかっていた。
    なんとなく、キャンプ場全体がじっとりと重く水中に沈んでいるかのようだった。ふたり分の足音と駆動音の他には、風の音と鳥の鳴く声、あとは葉擦れのざわめき程度しか集音器には入ってこない。
    繁忙期には本当に賑やかなキャンプ場だが、今はひんやりとした静寂が横たわる。

    「そうなんだ、キャンプファイヤー用の薪の採集レクも出来なくなるからキャンセルも相次いでしまうし。……実を言うと、あなたが来なければ今日は本当に誰もいない日になるところだった。恥ずかしながら正直に言うが、来てくれて本当にありがたいんだ」
    「そうか。いや、お前の休み取っちまったんじゃないかって思ってたぐらいだったんだ。そう言ってもらえると助かるよ」

    はは、と軽く笑う。折角の来客に対して十分なもてなしができないことを詫びると、手を振って許された。
    目的地はもうすぐそこだ。



    ファイヤーマンをバンガローに送り届けて、施設の利用説明をして、そうして「良い一日を」と定型文で締めくくったあとに投げかけられた言葉を、俺はずっと反芻している。
    足元を流水にとられないようにバランサーを整えながらトーチ火炎拳の型を一通りなぞらえて、最後に強く脚を蹴り上げれば水しぶきが肩の炎を反射してきらめいた。修行の場として利用している川の流れも今は俺の思考を冷やすには足りないらしい。

    事件後に後遺症はあるか、と問われた。

    後遺症。アフター・エフェクト。あの事件をきっかけにして生まれた何らかの悪影響があるか、と。ないならいいが、あるなら話くらいは聞いてやれると、そう言われた。
    あの場でどうにか動揺を抑え、炎の噴出を制御できた俺の精神は着実に成長しているようだが、しかし一人になった途端にこんなにも燃え盛るほど内心を乱されているのには些か情けなく思う。もう一度最初から型のやり直しだ。正拳突きから。


    後遺症はある。
    あの日、あの夜、ロックマンが俺を助けに来てくれるまで、俺はあたりを燃やし尽くした。おおよそヒトの形をしているようなものに対しては、蹴りをぶつけ、拳を突き入れ、なにもかもに対して暴力を行使し続けた。
    何をも気にせず燃え盛ることは、忘れることも難しいほどのよろこびだった。

    忘れるための手段なら、無論ある。俺はロボットだから、該当する日にちの記録を丸ごと消してしまえばいい。実際一度そうしたのだ、悪い思い出は消してしまおうと、ツバクロの提案を受け入れて。
    そうしたら制御ができなくなった。あの日の記録だけ・・を一時的に消された俺は「快感情が発生する動作を抑え込まないといけない理由」までなくして暴走し、エネルギーが尽きるまで燃え盛った。あとでわかったことだったのだが、学習用AIに残った事件時の行動学習記録がどうしても消去しきれなかったらしい。そんなことを知る由もない俺は、何故自分がこんなことでよろこびを覚えるようになってしまったのかわからない混乱のまま、さらに炎の勢いを強めて、最後に残った理性でどうにか「逃げてくれ」と叫び、……
    あれは、あまりにもひどい有様だった。試験場での出来事だったから死人が出ていないのが幸いだ、というぐらいの慰めがないとやっていられないほどにひどい事故。あの時の、消火剤と真っ黒な煤が混ざってぐちゃぐちゃの床に横たわりながら感じた「どうして」という疑問が未だに俺の中枢に刺さっているような気がしてならない。

    自制心があろうがなかろうが俺は己の暴力性を快感だと思うようになってしまった。
    俺はどうしてこんなことになっているのだろう。
    どうしてこんなことになってまで、俺は人の中で働こうとしているのだろう。
    ……どうして俺は許されているんだろう。
    後遺症は、ある。俺の場合はあの日の解放の記憶がそうだが、同じ被害を受けたロボット達にも同じように後遺症があるのだろうか。
    ファイヤーマンも俺と同じように、改造された時の後遺症を抱えていた時期があったのだろうか。
    彼に話を聞くことで、解決の糸口がつかめないだろうか。


    ファイヤーマンからは、「もしお前の都合がいいなら今日の夜ゆっくり話そう」と誘われている。
    あの時俺はなんと返したのだったか。少なくとも、断ったりはしなかったはずだが。



    「キャンプのいいところってのはさ、ゆっくり火を見つめていられるところだと俺は思ってる。仕事で見慣れたもんではあるけど、やっぱり処理場の廃棄物と薪とでは燃え方も炎の色も違うし。何より仕事じゃないってところがさ、いいんだよなあ。はは」
    「……」
    「トーチはどう思う。火を見るのは嫌いになったか?」
    「いや、……」

    夜の九時以降はどう振る舞っていてもいい、と職員からの許しが出ている。俺は時計を確認してからファイヤーマンの泊まっているバンガローへと足を向けた。
    彼はバンガローの前に設けられているフリースペースの中で焚火をしていて、口にはタバコを咥えていた。

    「タバコ、吸われるんですね」
    「こら、敬語。……吸うよ。意外か?」
    「意外……かもしれませ、あ、ええと……」
    「お前の前で吸ったことなかったもんなあ。あ、灰皿はちゃんと持ってきてるから」

    俺の訪問を穏やかに迎えてくれたファイヤーマンは、俺に自分の隣に座るように示したので、素直に従い腰を下ろして同じ角度から炎を見つめる。湿った空気の中で、草いきれの中に混ざるタバコのにおいがやけに鮮明だった。
    誰もいないキャンプ場の中で、火は静かに揺らめいている。

    「俺はさ、火を見てるのは好きなままだったよ。改造される前も、された後も。だからこうやってキャンプに来るし、タバコも吸う」

    ファイヤーマンは短くなったタバコを灰皿の中に落とし、次の一本に火をつけた。手慣れたようにジッポライターの蓋を弾く右手のパーツをなんとなく見つめる。ぬめる紫煙が機体の上をゆっくりと撫でていった。
    まるでため息に似た仕草。

    「でも事件の前と後ではさ、やっぱ変わったこともあるよ」
    「……」
    「後遺症、あるんだろ」
    「……はい」
    「わかるよ」

    俺のアイカメラを見つめてくる彼の視線は穏やかな熱を孕んでいる。

    「話せる?」

    聞いて欲しいと、どうしてかそう強く思った。肩の噴射口から僅かに火花が上がったが、それも一瞬のことだ。
    雨粒が落ちる音が聞こえる。
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