愛じゃないけど巣宝石研磨士のジュエルには年上の恋人がいて、彼の名前はクリスタルという。
ジュエルが彼と出会ったのは本当に偶然で、三年付き合った彼女がジュエルのプレゼントしたアクセサリーをフリマサイトで売り飛ばしていたのが発覚し、それを理由に大喧嘩をした末盛大に別れ、ヤケ酒をした帰り道にポツンと立っていた「うらない」の看板に惹かれたのが始まりだった。
看板の奥に隠されていた小さな店舗のテーブルについたジュエルは、酔いに任せて「手作りのアクセってプレゼントには重いのかなあ」「売価が高値だったのがせめてもの救いだったけどそれにしたって」「ていうかおにーさんの顔だいぶ僕好み。口説いていい?」などと罪のない占い師相手にぐだぐだと絡み倒して。
その翌朝、二日酔いの頭痛と共に自宅マンションの寝室で目覚めたジュエルの隣にその占い師が眠っていたので本当に驚いた。
双方服は着ていたので事件が発生したわけではないようだったが、酔った挙句にナンパした相手をお持ち帰りしたことなど初めてだったジュエルは激しく動揺し、それでも努めて冷静さを保とうとしながら寝ている占い師を起こして、そこでようやく彼の名前がクリスタルであることを知る。
「本当にごめんなさい、初対面の相手を家に連れ込むなんて僕はなんてことを……」
「大丈夫ですよ、合意ですから」
「へ」
「……昨日あれだけ情熱的に口説いてくださったのに。もしかして遊びだったんですか?」
遊びじゃないですとベッドの上で土下座して、連絡先を交換した。クリスタルの、伏せられた瞼を縁取るまつ毛の短さがあまりにも蠱惑的だったので。
どうしても手放したくなくなってしまった。
手放したくなくなったので、絶対に手を離されないようジュエルはとても努力した。お持ち帰りから始まった関係とはいえ相手をよく知らずにいきなり交際はやめておいた方がいい、とクリスタルから提案されて手にした「友人」の肩書きをフル活用し、休日にたわいのないメッセージを送ったり、客としてクリスタルの占いを受けてみたり(今度はちゃんと素面で、である。仕事について占ってもらった)、つかず離れず、ゆっくりゆっくり距離を詰めた。
職業柄、細かい部分の見極めは慣れている。下半分をマスクで隠して目元しか見えず読みづらいクリスタルの微細な表情を器用に読んで立ち回り、クリスタルが案外気難しい質だとわかった後も根気強く交流を繰り返した。
クリスタルがジュエルのことを「ふーん、面白い男……」ぐらいに思っていることも途中から薄々察していたので、せいぜいもっと面白がられて気に入ってもらおうとした。どうせなら相手にも好いてもらいたいではないか。
……彼女に振られた心の傷をクリスタルで埋めようとしている、なんて誤解だけは絶対にされてはならないと決意していた。たまたま知り合ったタイミングがそんなだっただけであって、ジュエルはクリスタルに本当に惚れているのだから。
友人関係を続けて一年と十ヶ月が経ち、ジュエルの自宅に遊びに来たクリスタルに「いい加減に手でも出したらどうなんですか!!」とキレられて、内心でガッツポーズをしたことは今でも鮮明に思い出せる。まだ恋人にはなってないから、とわざと断ってみせた時のマスク越しの赤面は本当に見事なものだったし、小柄な体に見合わない怪力で押し倒されて見上げた彼の細い髪が天井の照明を透かして綺麗だったことも覚えている。
初めてのキスが向こうからだったことで、ジュエルは「勝った」と確信した。何に勝ったのかは知らないが、ともかくジュエルは勝利した。キスの後、恋人を抱きしめたジュエルの腕の中で「ばかやろう、」と呻いたクリスタルの首にはジュエルが贈ったペンダントのチェーンが光っている。
そういう経緯でジュエルとクリスタルは恋人になった。ジュエルはベッドをダブルに買い替え、クリスタルはジュエルの自宅に歯ブラシと枕、それと仕事用具の一式を持ち込んだ。合鍵につけるキーホルダーにはジュエルが削った透明な石が嵌っている。
双方のエンゲル係数が噛み合わないこと以外、特に問題なく二人で暮らしている。