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    鋼鋏ファンタジー「ほら、ちゃんと成功するじゃないか無機物でも!」

    そんな声を聞いて、目を開けた。次いで、開ける目があることに戸惑った。
    新造の視界が濁流のように情報を取り込んでいくのに眩暈を覚えて、眩暈を覚えることにさえ驚く。
    先ほどの声の主はどうやらすぐそばに立つ男らしい。

    「しかしなんで子供の姿なんだろう。ずいぶん古びた枝切鋏だったから老人になるかと思ったんだが……」

    首を傾げているその男は、顔の大半を布で覆っていて目元しか見ることができない。多分服装からして魔術師ソーサラーだ、なんでそんなことがわかるのかはわからないが。
    ……ところで、なんだか体の真ん中がぐうっとへこんでいくような。

    「……あっ!? もしかして息の仕方を知らないのか!?」

    ドン、と体の中央に衝撃、胸元を殴られたのだと一拍遅れて把握して、枝切鋏・・・は大きく咳き込んだ。体を折りながらげほごほと肺に空気を入れることを覚える。苦しい。喉が痛い。さっきから何度か舌の端を奥歯で噛んでしまって痛い。
    ……なんで痛みを感じるんだ? 自分は枝切鋏なのに。
    腹を押さえていた手を見た。手が、ある。胴体から細長く伸びた先が五本に枝分かれしている手がある。枝としては間隔が詰まりすぎているから二本ほど剪定したくなる。
    寝台らしい布の塊の上に寝そべったまま、ぼんやりと手を眺めている枝切鋏の肩に手を置き、魔術師らしき男はこう述べた。

    「すまない、服を用意するのを忘れていたからちょっと待っててくれ」

    服。
    枝切鋏は全裸である。枝切鋏なので服はいらない。
    いらないが、なぜか今は人間の体を得ているので、着なければならないらしい。
    部屋の扉をせわしく押し開け出ていく魔術師の後姿を見送りながら、枝切鋏は未だ困惑の中にいた。
    せめて状況の説明をしてから出て行ってほしかった。

    体の動かし方は寝台の上でのたくっているうちにだんだんわかってきたので、枝切鋏はどうにかこうにか上体を起こしてみた。脚の方については後でいいだろう。首を回して辺りを見回すと、窓に自分の顔が映っているのが見えた。暖色の髪が短く生える頭の上に大きな刃物が一対乗っている。鋏だ。枝切鋏としてのアイデンティティが失われずにいたことには安心したが、しかしこれはどういう原理で頭にくっついているのだろう……と手で触れてみると、ちり、とした感覚と共に赤い色が指先ではじけた。
    指を切ったのだ。
    だら、と流れていく血の対処法がわからずにただ見ていることしかできずにいると、どたばたとまたせわしい音がして魔術師の男が戻ってきた。

    「ただいま、とりあえずいくつかお前も着られそうな服を見繕っウワーー!! 切ってる!!」

    魔術師は荷物を放り投げ、枝切鋏の手を検分し始めた。治癒術で傷をふさがれてようやく、あのちりちりした感触も痛みのうちだったのか、と気づく。
    手を検分したついでに全身を検分することにしたらしい魔術師はもう一度枝切鋏を寝台に横たえて、枝切鋏の体のあちこちをつまんだり引っ張ったり持ち上げたりするものだからなんだかくすぐったくなってくる。途中で呼吸する穴を口ではなく鼻にするために唇をぎゅっと掴まれたのは嫌だったので、魔術師の腕を掴んで抵抗すると体の動かし方を覚えたことを褒められた。
    脚を持ち上げられて爪の有無を確認されていると、ふと魔術師の手が脚の間に伸びた。つるんとした感触のそこをさすられるとなんだかむずむずとする。魔術師は眉間にしわを寄せ、枝切鋏の両太腿を掴んで大きく横に開いた。股の間を睨みつけながら何やらぶつぶつ言っている。

    「そうか、性器がないんだな……無機物だからか? それとも使い魔はみんなこうなのかな……いやマグが一時期連れてたやつはちゃんと男だった……はず、うん。一応排泄腔はついてるみたいだから内臓は揃ってるんだろうが……」

    ぐっ、と後ろの方にある穴に指を突っ込まれかけて、枝切鋏は悲鳴を上げた。

    「やーーーっ!!」
    「うお! ごめん! 嫌だったか!」

    脚をばたつかせて魔術師の手から逃れ、寝台の端ぎりぎりによってキッと魔術師を睨みつけた。文句の一つでも言ってやらねば気が済まない。

    「ぅわう! あぁ、らぅあう、わー!!」
    「……え? なんて?」

    ……抗議声明を上げたつもりだったが、うまく舌が回らなかった。そういえば枝切鋏は枝切鋏だったので、言葉を話したことなどないのだ。
    口の中に手を突っ込んで舌の動きを確かめている枝切鋏を見て、魔術師は頭の後ろを掻いた。



    「俺の名前な、メタル……め、た、る。どうだ? 言ってみろ」
    「めー、だー、う」
    「及第点かな……うーん、そうか、初期動作が上手くいかないからみんな無機物で使い魔を作らないのか……」

    服を着せられた枝切鋏は、自分が魔術師──メタルの使い魔であること、旅の共として役立つように人間の体を与えられていること、使い魔としての名前は「カット」であることなどを教わった。

    メタルはしがない旅人である。この世界で旅人をするには路銀を稼ぐ能力がなければならず、路銀の稼ぎ方はもっぱら「依頼」の解決が主だった。内容は農作業の手伝いから各地の魔力溜まり(洞窟状のものなどはダンジョンと呼ばれる)に集まる悪性の魔物の退治まで多岐に渡る。
    メタルは特に魔物退治が得意らしい。円盤状の魔力刃を飛ばす魔術でブイブイ言わせているのだとか。こんなすっとこどっこいが本当にまともに戦えるのだろうか、とカットが疑いの目を向けると、本当だってと実際に魔力刃を見せてくる。風の塊のようなものがメタルの手の上で高速回転していた。

    「お前の鋏よりもよく切れるんだぞ、これでドラゴンの逆鱗も切った」
    「えー……」
    「えーじゃない。……そうだ、お前もこれできるはずだ。使い魔は使役者の魔術が断片的に使えると聞いてる」

    試しにカットが手の中に力を込めてみると、確かに何かの質量を感じる。掴もうとすると霧散してしまったが、メタルは満足そうにうなずいていた。

    「追々練習していけばいいだろう。言葉だってその調子ならすぐ使えるようになる。そうだ、読み書きも覚えさせなきゃな。カットにはやってほしいことがいろいろあるんだ」
    「やっえ、ぉひぃ、こと」
    「そう。とりあえずは旅路についてきてもらうことだな。前はマグ……マグネット、っていう俺の後輩が同行しててくれたんだが、あいつ定住地見つけてなあ」

    旅人は基本的に複数人で行動することが多い。誰かが倒れた場合に残された側が伝令役になるためだ。野宿の際の見張り役も必要になる。相棒を見つけられなかった旅人が寝ている間に魔物に襲われる事件などは割とありふれたものだ。

    「その辺のチームに混ぜてもらうことも考えた。ただ魔物退治専門でやってるやつってのは良くも悪くも変な目で見られやすくて……死臭で鼻が曲がるとか言われたら同行する気も失せる」

    死臭。カットはすんと鼻を鳴らしてみたが、覚えたての嗅覚ではそれがどんなにおいなのかなんてわかるはずもない。

    「それで使い魔だ。基本的には動物や魔物にちょっと術を掛けるだけで作れる。お前みたいに人体を付与するのはちょっと高等な術だな。ま、人間の体があった方が便利なんだけど維持にコストがかかるから」
    「こすと」
    「具体的には使役者の体液」

    唾液とか涙とか血液とか、とメタルが指を折りながら名称を挙げていく。あと、ともう一つ挙げかけて口を閉じたメタルを訝しんでカットが首を傾げると、これは別にいいんだとはぐらかされた。

    「一番コスパがいいのはこの中だと血液だな」
    「……えー、と、……こぇ」

    カットが先ほど治癒してもらった手の傷を指しながら言う。そうそうさっきお前が流してた赤いやつ、と頷かれて、カットはやや不服だった。
    あれは痛いのだ。

    「いたい、や、だぇ」
    「……へー、気遣ってくれるのか……俺から作られたとは思えん」

    気遣うも何も。痛いのは嫌だからダメだと思っただけなのだが。メタルは少しだけ考える素振りを見せて、こう言った。

    「じゃあお前には定期的に俺の唾液を飲んでもらうということで」

    ……なんだろう。何か非常によくないことのような気がしてきたが、痛くない方法がそうだというならそれでいいのかもしれない。
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