脱獄2(プロローグ)後編脱獄2(プロローグ)後編
谷崎は伊獣院へと、最近の大内の忙しく疲れた様子やアリアが大内を心配する言葉が増えモヤモヤする事を順を追って説明すれば、それを相槌打ちながらただ聞いていた伊獣院はふむと頷くと少し考えれば
「成程、3人はよく一緒に居る様子を見かけていましたが…友人関係だったんですね。そして、谷崎隼也はアリアに恋愛感情があると…」
自分で整理する為に呟けばその言葉に谷崎は驚いたかのように口をパクパクと金魚のように開閉し、耳元までぶわりと真っ赤になってしまった
「え!?いや、恋愛!?ですか…?」
慌てふためくその様子は自覚がなかったのだと恋愛経験のない伊獣院でも察する事が出来た。
予想外の関係だったらしく暫く考え混んだ後、何かを思いついたらしく子供のように無邪気な笑みを浮かべて
「まあ、感情なんて不確かなもの自覚するのは難しいですが…君のその感情は間違いなく恋心ですよ」
まだ気持ちに追いついていない谷崎を置いて確定してしまえば楽しそうな雰囲気を隠すつもりもないのか声を弾ませながら
「僕で宜しければお手伝いしますよ。」
そう切り出せば、伊獣院を崇拝している谷崎はなんの疑いもなく頷いてしまった。
それからの伊獣院は谷崎やアリアへの接触が増えてきた。2人きりにしたり休暇を与えたりと距離を縮めるという事は一切せずに薬の投与を増やしアリアには手術を施すこともあったが、普段実験などに付き合っていた2人は特に疑問も抱かずに受けていた。
そんな日々が1年程過ぎた、その間なぜか忙しい筈の大内は時間を見つけては前よりも積極的に谷崎へと心配そうに話しかけたり、アリアも他の人間を避けるのに谷崎の傍にだけは寄ってきていた。大好きな二人が谷崎にだけ構ってくれるようになり言い知れぬ優越感のようなものを感じていたが、谷崎自身も変化が見られてきた。
楽観的で明るい性格で看守も任されていながらも囚人達と楽しく話したり過剰に叱責をくらい傷ついた彼らに手を伸ばしていたのに、少し囚人がミスをしただけで頭に血が登り苛立ち所持している警棒で殴り付けたり他にも、身内以外の人間がぶつかっただけで怒鳴りつけたりと今までに無かった怒りの感情が湧きやすく辺に当たり散らしていた。
当然の事ながら、慕ってくれていた者や仲良くしていた者は次々と離れていき一部の人間以外とは話す事も出来なくなっていった。
谷崎はそれでも良いと強がっていたが、大内だけは周りが離れないようにとフォローをしたり谷崎のケアをしたりと、動き回っていた為少しずつ自覚し感情を抑えようと努力しようとしたがそれは難しく同じ事の繰り返しばかり…申し訳なく思いつつも
「お前だけのせいではない、少しずつ前に戻ってくれればそれでいい」
という言葉に甘えてしまうが
「薬の量を減らす事は出来ないのか?ご主人様に掛け会おうか」
いつも決まって提案するその言葉は拒否をした、自分の為に動いてくれる伊獣院の好意を拒むことなど谷崎は考える事も出来なかったからだ。
大内はたまに伊獣院に対して批判的な言葉を口にするが、そういう時は多少苛立ってしまう…自分はお気に入りのくせに……と、しかし大内に対しても好意的に思っていた為きつい言葉を発しないように気をつけていた。
そんな日々の中いつものように伊獣院に呼ばれれば投薬ではなく手術を行う伝えられれば二言返事で喜んでそれを受けた。
なんと、今回のものは成功すれば視力を手に入れられるという…色や形をぼんやりと把握するだけでなくハッキリと見えるようになるとなれば心が踊り、期待に胸を膨らませて指定されたベッドへと横になった。
遠くから伊獣院の「僕に全てを委ねてください」という言葉が聞こえ段々と意識が薄れ完全に失ってしまい、伊獣院へと全てを託す形になった。
それから、谷崎が目を覚ましたのは2日たった頃だ…手術後自室で眠っていたのであろう初めて見る天井が目に入る。
ハッキリと木目まで見え辺りを見渡すと白い布団に簡素な机や本棚全てが初めて見るものばかりだったが、話に聞いていたものばかりですぐに名称等は分かったのだが突然の事で頭は追いつかずに理解するのには数分時間が必要だった。
そうだ……自分は伊獣院の手術を受け他のだった…と気づき初めて見る世界に震えるほどの感動に辺りを何度も見渡す。
「あ……はよ、みんなに知らせんと…!大内に伊獣院様に……アリア、喜んでくれるやろか」
少し感動に浸っていたが、思い出したかのように声に出せば行動は早く寝巻きのまま谷崎は部屋を飛び出していた。
確か…大内の部屋は谷崎の部屋の3つ隣だ、何度も来たそこを手探りではなく自分の目で見て移動する、それにすら喜びを感じる。
笑顔のまま大内の部屋へとノックを忘れ勢いよく入ると、大内を見つけるよりも先に鮮明な赤が目に入る。
床へと眠る女性はアリアと同じ赤色の髪で胸元も赤く染っていて、見た目だけでは状況を理解出来なかったがむせ返るような血の匂いや独特の肌へと感じる不快感は伊獣院の研究を手伝う上で何度も味わってきた…
「おお…うち?なにしてるん?」
倒れている女性の前に立っている男が大内だと言うのは部屋の持ち主だからということもあるが雰囲気で察する事が出来た。ここ数年ずっと一緒にいたから…
虚ろな表情で女性を見ていた大内は震える声に気づけばゆっくりと顔を上げ数秒時間を置いた後、信じられない程綺麗に笑みを浮かべた。それは作り物のようで歪さ等全くない計算され尽くされた人形のような笑みで谷崎はぞくりと背筋を震わせていると、緩く口角をあげた唇が動き
「久しぶりだな谷崎隼也、急に部屋に入ってきてお前こそどうしたんだ?」
白々しくいつもの優しげな口調で聞けば首を傾げる姿は何度も想像した大内そのものでそれが不気味さを増長させ、目の前の光景を暫く眺めた後軽く深呼吸するともう一度倒れている女性へと目をやった
「……その人、アリアやないん?赤い髪もそうやけど優しそうや顔立ちとかそばかすに服装…全部皆から聞いてた人と当てはまるんやけど」
外れて欲しいと願いながらも、自分でも信じられないほど冷静に静かな声で尋ねれば今度は大内が目を丸くして驚く番だった
「お前……目が」
そう、枯れた声で呟けばさらに小さな声で「そうか」と絞り出したような声が聞こえた。大内は深呼吸をしたのち、また笑顔を浮かべて谷崎の方へと向かい歩いた
「おめでとう、目が見えるようになったんだな…」
谷崎がその様子に固まりつつも見ているといつものようにポンポンと優しく頭を撫でられ、嫌でも大内本人だと思い知らされる。
「ありがとうなぁ…でも、質問に答えてもらってへんで」
話を逸らすためか、全く違う話をする大内に苛立ち若干語気を荒立たせれば観念したと言わんばかりに肩を竦めれば、大内は小馬鹿にしたように鼻で笑い口元を歪めた
「あーあ、俺がせっかく現実を見せねーようにしてやってるのに馬鹿だなぁ…お前は、本当にそういう所が嫌いで仕方なかった」
妙に芝居がかって聞こえるようなオーバーアクションも言葉の内容に気を取られて頭に入ってこない…
「そんな、俺ら友達じゃ……」
縋るように出した声は大内の言葉に寄って遮られ
「そんなはずないだろ?何故俺がお前と友人にならなければいけない……不愉快だ」
口元のみで笑顔を作り続ける大内の瞳は冷たく突き放すような視線で吐き捨てるそいつは谷崎の知っている大内ではなかった
「じゃあ……アリア…は?アリアはどうなんや…?ずっと大内のこと心配して…ずっと気にかけてたやんか」
谷崎の瞳からは自然と涙が次々と零れ折角手に入れた視界もぼやけたものになってしまうが、そんなことお構い無しに大内は谷崎に心無い言葉を浴びせていく
「ああ、それが鬱陶しかったんだ。いつもいつも大丈夫か、とか少しは休憩をとか…今日は部屋にまで来て…それが面倒で俺が殺したんだ」
「何か問題でもあるか?」と小馬鹿にしたような口調に気付けば大内の胸ぐらを掴み睨みつけていた
「アリアはなぁ!お前が好きやったんや!!せやのに、こんな…こんなの、あんまりや!」
そう怒鳴りつけても全く気にした様子も見せずに
「俺を好意を持つ女なんてごまんといるんだ…1人いないくらいで何ら変わらねーよ」
そういう話ではない…そう言いたいが目の前のこの男には何を言っても無駄だろうと絶望感が押し寄せてくる、大内の胸元から手を離すとがくりと肩を落とす谷崎を気にした様子も見せずに衣服を整えるとつまらなそうに谷崎を見つめたあと口を開こうとするが、先に谷崎の絞り出すような声がそれを遮る
「大内が…っ、こんな非道な人間やとは思わんかった…!」
起きていることが嘘だと思いたいがそれは事実で、今の谷崎には嘆くような言葉を吐くのが精一杯だった。しかし、その言葉に大内は可笑しそうに笑う…その姿は大内から前に読み聞かされた悪役そのものの表情で
「あ?非道?それがどうした…騙される方が悪い」
笑い声と一緒に放たれた言葉は更に谷崎の涙腺を崩壊させるもので、しゃっくりのような嗚咽が嫌な程耳に届く…
「俺は元々こういう人間だ残念だったなぁ…俺を信じるからこうなるんだ」
「人間なんて、簡単に信じるもんじゃねぇ……ご主人様含めてな」
「あいつは神じゃねぇ」と言う言葉も添えて谷崎へと伝えるが谷崎はそれどころでは無く顔を涙で汚し、感情が追いついていないのかただただぼやけた視界で大内を見つめる。
わざとらしいため息をついたと思えば大内は谷崎の肩を強く押して部屋から追い出し、カードキーのような物を持たせれば
「そろそろ目障りだ。目が見えるようになったんだろ?だったら…さっさと研究所から出ていけ」
それだけ言えば扉を閉めて谷崎を完全に拒絶してしまう。
こんなの、あまりにも一方的やし…酷いんとちゃう?
それだけ心に浮かんだ後、強い怒りが沸き起こった。薬が増えてから苛立ちやすくはなっていたが顬に痛みを与え身体を震わせる程の怒りは初めてだ、大内は自分たちに嘘をつきアリアを無惨に殺して笑って見せた…それだけで恨む対象としては充分だ
「絶対……許さへん、お前だけは…普通の死に方出来ると思うなよ」
腹の底からの怒りに震えた声を大内の部屋の扉へと向ける、中に聞こえているかは分からないが宣言のようなものだったのでどうでもよかった。
ただただ……この怒りをなにかにぶつけたかったのだ。
出ていく?そんなんしてやらへん…内部からあいつを………………。
しかし、目が見えるようになって数時間しか立っていない谷崎は知らなかった……アリアの腕や味は人間のそれではなく魚の鰭や鱗がつき首元も歪に歪んでいたことを…その異常さを