王子様私は昔、童話の王子様に憧れていた。
「お姫様は王子様と幸せになりました。」
母が読んでくれる物語は全て王子様と幸せになるものばかりで、私もいつか王子様と幸せになれるのではないかと夢抱き
「どうしたら王子様は迎えに来てくれるの?」
と何度も聞いては
「王子様は綺麗で頑張りやなお姫様が大好きなの、だから恭子も勉強や花嫁修業を頑張ろうね」
そう、母に言い聞かされていてそれを信じていた。
私の生まれた場所は所謂島国で特に栄えている訳でもなく、狭い世界で島の人達と家族のようにすごし外から偶に羽を休めに海賊や旅行客や商人が来るだけの、平和な島だった。
殆どの人は外に出るという発想もなく、島の人間同士で結婚して緩やかに暮らしていくだけというのが普通だったが、私は母の言葉を信じていた為、いつか王子様が迎えに来てくれるという事を信じて…
いつか王子様に知恵をお貸しできるように勉学
いつか王子様をお守り出来るように剣術
いつか王子様に喜んで貰えるために家事
いつか王子様のお役に立てるように話術
思いつくものは何でも身につけれるように努力した。
いつか、王子様は私を迎えに来てくれる。
そんな事をしていると、10代半ばになる頃には島1番の才女だと噂されるようになっていた。
母も誇らしいと笑い父は出世していき、友人も多い方だったので順風満帆な生活で、後は王子様が迎えに来るだけ……だったのだが
ある日母が
「恭子!地主様の息子さんが貴方と見合いをしたいですって」
そう嬉々として私に話し掛けてきた。
地主様の息子と言えば…30も過ぎていて甘やかされて暮らしていたという事もあり小太りで、横柄で余りいい噂を聞かない男だ。
もしかしたらその男の他にも息子が居たのだろうか…
「息子さんって、なん人兄弟だっけ?」
純粋に聞けば、一瞬母は戸惑ったように目線を逸らした後に家族間だからこそ分かる微妙な愛想笑いをする。
あ、なんだか、全てが崩れるような音が聞こえる
「え、一人息子よ?…ねえ、恭子!これは光栄なお話なのよ。地主様はこの島自体を所有していて、恭子の結婚が上手く行けば私達も裕福な暮らしが出来るしお父さんも昇進して貴方が頑張った勉学も生かせる!」
必死にそう言う母は、今迄の優しかった母とは別の人間に見えてグラりと足元が歪むような感覚に襲われる。
そして、追い打ちにと
「貴方の王子様に、相応しいと思わない?素晴らしいお方よ。良かったわね報われて」
そう言われた。
そこからは、何を言われたのか全く覚えてないし聞く必要も無いと感じ、ただ一言
「考えさせて」
としか言えなかった。
私の王子様は、心優しい人で全ての人に分け隔てなく接してくれて、たまにドジしたとしても私と一緒に笑って「もう1回頑張ろう」と言って、穏やかな空間をくれる人。
特別美しくなくてもお金を持ってなくても、何かが優れてなくてもいい、私の隣に居てくれる人。
そんな…そんな人……なのっ!
理想だけを胸に抱き、衝撃的な言葉を何度も頭で繰り返し海の近くを歩いていると浜辺で怒鳴り声が聞こえる。
「おい、早くしろ!」
そう声を張り上げる男は婚約者に上がっている男だった。
何をしているのかと物陰に隠れていると、やせ細った男の子を数人の大人で殴り蹴りの暴行を行っている。
よくよく見れば少年は大きな荷物をいくつも持ちそれを落とさないように踏ん張っているのが、砂の凹みで分かる。
「それは、俺の花嫁殿への贈り物なんだ。落とすなよ」
その言葉に、サッと血の気が引くのが分かる。
あんなにもか細い少年に自分への贈り物を運ばせ、しかも虐めているのか…評判通りの男の振る舞いに我を忘れて走り寄ったが、数歩先に軍服姿の男が立っていた。
「あの、何をされているのか分からないのですが…海の近くでそういう事されると困るんですよォ」
そう伝える男の持つレイピアの先には少年が流した血が波の近くに垂れていた。
「あ?俺が誰だか分かって言ってんのか?!」
如何にも小物といった言葉を返す男に、軍服姿の男はなんでもないと言わんばかりに波を眺めながら
「はぁ……余り面倒なのは好まないんですが…仕方ないですね。地主の息子がそんな奴隷を使うような事をして良いんですか?確か…ここ辺りの島は禁止されていたはずですが…」
言葉通り面倒くさそうに呟く男の言う通り、奴隷制度は厳しい罰則がありいくら裕福な家系の男だとしてもタダでは済まない。
「ふん、そんなのバレなければいい」
連れている男達が怯んでいるのを他所に息子は胸を張るが、軍服姿の男はにたりと笑いながら顎へと手をやれば緩く首を傾げる。
「おやぁ、この姿を見ても分かりませんか…軍人に見られてるのにそれが通ると思っているのですかぁ…?アハ、面白い冗談ですぅ」
そこまで聞けばいくら頭の悪い男でも、サッと顔を青くさせるしかない。
そして、「すみませんでしたぁ!!」と逃げながら叫ぶしか無かった。
何処までも情けない男を目で追っていると、軍服姿の男は私の方へと振り向いた。
後から見ていた彼の姿に驚いて目を丸くする。
長く美しい青の髪をひとつに纏めているソレを綺麗に靡かせ、切れ長で小さな瞳孔は知性を感じさせ白く透き通るような肌に、愛嬌のあるタレ眉にスラリとした長身。
ああ、こういう人が王子様って言うんだ。
そう、直感的に思い胸がザワザワと騒ぐのを感じる
「お嬢サン。勇敢なのはいい事ですが…女性一人で解決するには少し難しいので、ちゃんと大人の人を呼んだ方がいいと思いますよォ」
そう、心配の言葉をかけられればあまりにも美しい人と話すのが初めてだったということもあり
「ひゃ、ひゃいっ!」
と裏返った声になってしまい、不振そうに見つめられるだけで、そんな距離感だとしても緊張してしまう。
そんな私を置いて軍服姿の…いや、王子様は少年の方へと向かい
「それ、もう不用品になったみたいですし捨ててしまっても良いのではないでしょうかァ…アァ、勿論海以外でお願いしますね」
と伝えて踵を返しどこかへと去っていこうとしてしまう。
気付いたら咄嗟に呼び止めてしまっていた。
「あ、あの!!お名前を!教えてください!」
不思議そうにする王子様は一瞬振り返れば
「ウーン、秘密ですゥ」
そう悪戯っぽく笑い、そのまま今度は振り返る事もなく去っていってしまった。
その後は、元地主達は捕まり何処かに行ってしまい。
代わりに島1番の好青年が受け継ぎ、素敵なお嫁さんを迎えたそうだ。
勿論、それは私では無い。
両親の静止を聞かずに、私は海軍になるべく軍学校のある大陸へと向かっていた。
もう一度あの王子様に会いたいという一心だけで…。
勿論、島1番だと言われていただけの井の中の蛙が上手く行くとは思わないが、またあの人に会いたい。
あの時言えなかったお礼を言いたい。
私は、お姫様ではなく王子様の兵士になる事を選んだ。
彼の盾となり矛となりたい。あの時確かに私を救ってくれたのだから