「もし君が浮気をしたらさ」
「いやどうしてそんな思考に至った…!?」
互いにスマホをつついたり、テレビを眺めたりして適当に過ごしていた20時半頃。議論は類のあまりにも唐突な発言によって開始した。
「いや、このドキュメント、浮気をした妻にどういう仕返しをしたか……っていう題材なんだよ。興味深いだろう?」
「そうか…?というか浮気なんてしないぞオレは」
「あくまで、例えばの話だよ」
こちらへ向く笑顔からして、どうやら本当に他意は無いらしい。話を遮ってしまったので続きを伺う。
「コホン…まあ、それで?オレがもし浮気をしたら、お前ならどうするとかこうするとかそういう話か?」
「そう、その通りだよ司くん!君も僕のことがようやく分かってきたようだねぇ。感心感心!」
「いいからはよ言え」
コツンと、おちゃらける類の頭を軽く叩く。
「おや、…それではそれも予想してみたらどうだい?浮気した君を、僕がどうするか」
「ふむ」
少し考える。類に酷いことをされた覚えは5年程度付き合ってきた中では無いし、殴る!とか蹴る!とかそういったことでは無さそうだ。と、なると…。
「……離婚?」
「……………ッ!っふ、…あははは!」
軽い沈黙の後に類が突然笑い出す。なんだ、そんな的はずれなことは言っていないだろう。
「あはは……司くんは僕の発想の斜め上をいくねぇ。というか僕たち結婚してないだろう?」
「まあそうだが。…はあ、いい加減答えを言え!」
人に問題を出した上で答えを聞いて爆笑するなんて酷いやつだ。はー、とひと息ついた後に類が少し真面目な顔をした。
「…………手放すはず、ないだろう」
「…ん?何か言ったか?」
「ん?いや、何も言っていないよ。それより答えだね」
声が小さすぎて聞こえなかった。まあ、特に大事なことでも無かったんだろう。
「ええとね、君を殺してやろうかと…」
「はあ!?お前の方が発想の斜め上じゃないか!」
「フフフ…冗談さ。本当はね、君の夢に出てやろうかと思ってね」
「…夢?」
夢に出るくらいならいつもしているよな、などと思考を巡らせた。類は落ち着いた声で話を続ける。
「ああ、夢さ。良夢より悪夢がいい」
「悪夢…?」
「そう、悪夢。そちらの方が、より記憶に残るだろう?」
確かにそうだ。悪夢は記憶にこびりついて、中々忘れられないことが多い。類の問いかけにオレはひとつ頷く。
「なら、僕は君の悪夢でありたいよ」
いつにもなく、真剣な顔で類はオレに語りかける。
「僕におはよう、おやすみと言った口で他の誰かに好きだと伝える。僕に触れられた身体で、他の誰かに触れる。僕以外をその瞳に映す。それがどうにも、耐えられなくてね」
オレの頬を撫でる類の指は、少しだけ震えているように思えた。やさしい手だ。そして、少しかなしい手。オレの大好きな手。
「それならいっそ、僕を忘れないように。君の記憶に、根底に…僕を刻みつけてしまいたい」
言い表しにくい表情だった。笑っているのに、泣いているような。泣いているのに笑っているような。涙は流れていないが、頬に伝う涙を拭ってやりたくなった。
オレはそっと、類の肩に手を回して抱き締める。ソファが軋む音だけが部屋に響いた。
「類。…オレは、お前の夢を見るならば良い夢の方がいい。夢の中でも、お前に笑っていて欲しい」
綺麗な髪を撫ぜて、頬にキスをひとつ落とす。幸せそうに頬を綻ばせる類に、内心少しほっとした。
「…好きだよ、司くん」
「ああ、オレもだ。愛しているぞ、類」
あまり、多くの言葉は語らなかった。互いの熱を確かめるように、オレたちは何分間か、抱きしめあった。
まるで、失うことを恐れるように。これが良い夢なのだと、そう信じて。