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    Uduki29

    創作小説垢
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    Uduki29

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    葬儀屋の紫苑 3話

    葬儀屋の紫苑 三話「ひめちゃんがどうしてここに…」
    目の前に立つ銀髪の男性。間違いないこの人は俺の従兄弟である天樹氷芽だ。
    「どうしてと言われても俺がここを仕切ってっから、それだけだ」
    ひめちゃんはそういうと俺を見て、目線をスマホに移した。
    「そういう事か…おばさんからみちに伝えておくよう言ったんだがその様子じゃ聞いていないみたいだな」
    「一言も聞いてない!俺は説明が欲しいのひめちゃん!」
    食い気味に言うとひめちゃんは面倒くさそうな顔をした後、俺としばらく合わなかった間のことを話してくれた。話によると以前やっていた仕事を辞め警察になり現在は葬儀課をまとめているらしい。
    「まさかこんな早く重症で帰ってくるとは思わなかったがな、まぁみちは悪くねぇよ悪いのはコイツだ」
    「反省してます〜!」
    雪都の首根っこを掴んで言う。涼風はこの場を収めようと必死だ。

    「ねぇ〜真柚さ〜ん、氷芽さんに報告書出したいんだけどさぁ〜」
    仮眠室で騒ぐ中廊下の方で声が聞こえる。
    「あら?ひめた…氷芽さんなら仮眠室にいるはずよ?」
    「え〜?…ってあぁほんとだ居た、氷芽さん報告書〜」
    仮眠室の扉を躊躇なく開け、入ってくるのは金髪の女性。バーテンダーのような服装に口元のほくろ、記憶に残りやすい左の瞳孔と目の周りに刻まれた稲妻のマーク。確か葬儀屋に居た気が…
    「あと、依頼…空狐隊、が出る…」
    彼女の後ろにもう一人、右目に雫のマークが刻まれた青い着物の女性、髪はセミロングのバーテンダー服の方とは違いくせっ毛が目立つショートボブだ。
    「あ、道國兄さんもいたんだ。やっほ〜」
    バーテンダー服の女性が言うと着物を着た方も会釈をした。
    「みち、こっちのうるさいのが弓削雨雷、静かな方が弓削海織、双子だ。」
    「うるさい、は失礼…」
    ひめちゃんの言葉に海織と呼ばれた女性が反応する。
    「みーおーりー?言ってることにいちいち反応しなくていいんだって」
    海織の頭を小突いて雨雷は言う。
    「それで依頼ってなんだ、空狐隊の担当は藍羽だろ」
    「依頼っていうか、なんかの招待状みたいなんだよねぇ〜雨月姉さんに見せれればいいんだけど、ちょうどいないし」
    「なにそれ!パーティ?ボク行きた〜い!」
    雨雷が目の前に突き出す招待状に雪都が手を伸ばせば雨雷はサラリとそれを避けた。
    「だーめ、これは空狐隊に任された案件なの朱雀隊は帰った帰った!隊長は報告書書きな〜」
    「うげっ……涼風ぁ〜」
    嫌なことを思い出したかのような顔をした後、雪都は涼風に縋り付く。
    「今月はもう三回も書いてあげたんだから、もう書かないよ。では私達は邪魔のようなのでこれで」
    涼風はそう言って雪都を引きずりながら仮眠室を出ていった。まだ廊下から悲鳴が聞こえる。
    「…やっぱ涼風を怒らせるようなことはしない方が身のためだね」
    雨雷のつぶやきに海織もひめちゃんも頷く。
    「話を本題に戻そうか、今回の依頼なんだけど私的には道國兄さんも同行させたくてね」
    「道國兄さん?」
    俺に妹はいないはずなんだけどな
    「葬儀屋、みんなで…決めた…」
    「そうそう、あだ名みたいな感じ!」
    ひめちゃんがシラケた目で二人を見ている。
    「で、どうしてみちを連れていくんだ。藍羽はどうした藍羽は」
    ひめちゃんの言葉にうーん…と雨雷は唸る。
    「氷芽さ〜ん」
    「天樹だ、言い直せ」
    廊下から真柚さんの声が聞こえ、即座にひめちゃんが呼び方を訂正させる。
    「えぇ…天樹さ〜んごめんなさい私その依頼の日行けないんですよぉ〜」
    どうやらあちらも作業に追われているらしく、手が離せないらしい。めいいっぱい声を張り上げて言う。
    「お前に有給なんてものがあったのか」
    「ありますよ失礼なぁ、外せない用事なんです〜ね?道國くん、私からもお願いできるかしら」
    雨雷はほらね、と言わんばかりにひめちゃんを見たあと俺の方へ向き直る。
    「空狐隊は私と海織、あと二人風南と泰弥くんって子がいるんだ。」
    「え」
    「招待状、明後日に…兄さんの家、行く」
    「ちょっと」
    それだけ言い残して二人は扉へ向かった。
    「それじゃあ」
    「待ってって」
    「おやすみ…」
    先程起きた出来事があまりにも早く、間髪入れずに進みすぎて時間が早送りにでもなったのかと思った。
    「文句すら言わせてもらえなかった…雪都と涼風は言わせてくれるのに……」
    「雨雷と海織は面倒だぞ、特に雨雷は性格の悪さで言えば葬儀屋五本指の中には余裕で入る」
    嫌すぎる
    「…ひめちゃ〜ん」
    「その手には乗らん」
    しがみつこうとしたら華麗に避けられた。
    「さっさと寝ろ、寝て明後日を待て」
    「ぐ、ぐぬ…」
    ひめちゃんはそう言うと雑に布団を俺に被せそのまま去って行った。

    無情にも明後日というものは早く来る。
    「働きたくない」
    「かく言うも働くもの食うべからず」
    そう言って猫背になる俺の背を軽く膝で蹴るのは雨雷だ。集合場所に指定されたのはとある大手企業が招待制で開いたらしい祝賀会の会場。高そうなホテルビルだ。
    「それで…なんだその招待状ってのは。」
    じとりと雨雷を見れば雨雷は悪い笑みで返す。
    「これがかなり楽しそうでね」
    「俺は全然楽しくない」
    雨雷は先程からホテルの魚が一匹も入っていない。水槽を眺める海織の肩を叩く。
    「…偽物」
    揺れる人工水草を指差していう。
    「そんなの見りゃわかるわ。招待状、出せっての」
    雨雷の顔を見て固まり、少し経ってあぁ、と思い出したように自身の懐を探る。着物の隙間から出てきたのは一昨日見たあの封筒。
    「会場…入ってく、人間、内容…違う」
    「どーも葬儀屋に送られてきた招待上の文だけおっかしぃんだよねぇ」
    雨雷は封筒から紙を取り出し開く。
    「『真実ヲ知リタクバ、ココニ集エ。我々二正義ノ力ヲ与エ給エ』」
    手紙を読み上げるとあからさまに顔を歪める。
    「ぶさいく」
    「うっさい」
    雨雷と海織は体をこちらに向ける。
    「これは予測だけど、真実ってのは私たちが今追っている、とある教会についてのことだと思っているの」
    「教会…」
    雨雷と海織はエレベーターのボタンを押すとエレベーターの開いた扉を前に俺に乗るように言う
    「『教会』は組織の正式名称も分からない謎の集団だよ。人数も分からなければ目的も分からない。そもそも教祖も本拠地も分からない。困ったもんだよね」
    「子供、教会、連れ去られる」
    五と書かれたボタンを押せばエレベーターの、あの独特の浮遊感が体にかかる。
    「毎年その『教会』が孤児院から子供を引き取っているらしいんだけどね。行方不明なのよ、そりゃ本拠地も分からなきゃそうなるよね。『教会』には『形』がない。だけど、多くの企業や団体がその『教会』に属していると言う噂を何度も聞いたことがあるんだ。金でも貰ってんのかね」
    ポーンという音とともにエレベーターの扉が開く。するともう目の前には豪華に飾り付けられた扉と静かに佇むホテルマン。
    「招待状を拝見させていただきます」
    雨雷は封筒を見せるとホテルマンは快く扉を両手で開ける。
    「祝賀会にしては、服装について何も言わないんだな」
    いつものようにワイシャツとネクタイにスラックスの服装でいる俺やバーテン服の雨雷、終いには奇妙に改造された着物を着た海織だ。目立つのは目に見えている。
    「こっちは祝いに来た訳じゃないし、情報が手に入ったらすぐ居なくなるんだから今更服装なんて言われても必要ないでしょ。」
    図太い性格なのか、雨雷は視線も気にせずにずかずかホールの真ん中へと進む。
    雨雷の後を追って俺も海織も中央へと進んだ辺りで会場に設置されたスピーカーに電源が入る音がする。
    『お集まりの皆様本日はお忙しい中誠にありがとうございます』
    姿もなくスピーカーからノイズの入った声が聞こえる。
    『我が○○企業は創立から十五年が経ち…』
    姿を見せない司会者は淡々と話を進める。馬鹿みたいに長い。
    高校時代の意味の無い集会を思い出すな…いつもこんな感じで棒立ちで睡魔と戦ってたっけ…睡魔と…眠いな…
    ふと横を見れば雨雷と目が合った。
    「やっば、忘れてた」


    …忘れてたって何だ…
    雨雷の言葉にツッコミを入れた時、俺はホールの床に倒れていた。
    ん?
    「あ?」
    ぼんやりとした視界で目の前の白衣を着た謎の男と目が合う、手足を縛られた状態だと気づくまで時間がかかったが現状を理解してから体に襲いかかる恐怖は一段と早かった。
    「なんだ、こいつも『使えるやつ』だったか」
    男は目を覚ました俺を見て言う。
    「ごっめん兄さん油断しちゃったよ」
    小声で俺に話しかけるのは雨雷だ。
    「…あ」
    どうなっている、と聞きたかったが口が痙攣したように動かない。
    「喋れないだろ?神経ガスだ。普通の人間は死ぬが特殊な力を持つ奴らは麻痺だけで済むらしいな」
    周りを見れば俺たち以外にも横たわっている人達が何人もいる。しかし拘束はなく、ぐったりと四肢を投げ出していた。まさかもう彼らは…
    嫌な想像をしてしまった。寝起きで目の前に山積みにされた死体があるだなんて、ドッキリじゃないんだからも〜
    …全く笑えない
    「結局使い物になりそうなのは葬儀屋の連中か、あの人か言ってた通りだな。」
    男は部下と思われる複数の人間に指示を出すと去っていった。
    「やれやれ、面倒なことになったな」
    雨雷の声に頷くのは海織だ。
    「収穫は三人か、まぁいい。肉にする手間が省けたからな」
    「ふーん?やっぱりただの祝賀会じゃなくて、私達みたいな力を持ってる奴らを炙り出そうとしてたわけ?」
    雨雷の言葉に部下の男は返さない。
    「ねぇ、どうせ肉?とやらにされる前にアンタらの目的聞いたっていいんじゃないかな」
    「…お前たちが知る必要は無い。」
    部下の男がやっと口を開いたかと思えば吐き捨てるようにそう言った。
    「うへぇ〜じゃあ無理矢理聞き出すしかないね。」
    「面倒…」
    ここで俺はあることに気がつく。
    なぜ雨雷と海織は神経ガスを受けてもなお、喋ることができるのか。それに気がついた次の瞬間、ブラインドの降ろされた窓が大きな音を立てて割れ、何者かがこの閉鎖された空間へ飛び込んできた。
    外からはヘリの音が聞こえる。
    「騰蛇隊現着。これより『教会』関係者の拘束及び尋問に入る。」
    「待ってました〜」
    ホールのカーペットの上を滑るようにして入ってきたのは長い三つ編みにオッドアイ。結都だ。
    割れた窓から続いて雪白、紗霧、杏璃と騰蛇隊が揃っていく。
    「もう大丈夫…ここは騰蛇に任せて…」
    杏璃は以前見た鉈を身構える男たちに向け言う。
    「…って道國兄さん動けねぇ状態じゃねぇか!結都さん、どうします?」
    紗霧の言葉を受け、結都が俺を見るなりでかいため息を着いた。
    「空狐がいてこのザマか…」
    「はぁ〜?ならもっと早く来てよ!時間稼ぎしたこっちの身にもなれっての〜!」
    結都の呟きに雨雷がキレる。さすがの海織もムッとした顔をしている。
    「これから頑張んだよ!海織!」
    雨雷は縛られた状態のまま自慢の身体能力で立ち上がると海織の名前を叫ぶ。
    『火鳥』
    雨雷に応えるように頷き、ひのとり、と海織がつぶやく。するとどこからともなく目に見えない速度で熱い、赤い何かが飛び交った。
    鳥だ。飛び交うそれは俺たちの周りを当たらないくらいの距離で飛び交ったあと鎮火されたかのように消え去った。
    なんだろう、ここ最近葬儀屋が常人じゃできない事やってもあまり驚かなくなってきた。
    「お前…なぜだ、神経ガスを食らったはずだろう!」
    部下の男が声を荒らげる。ちょっと気づくのには遅すぎやしないか
    「あいにく、私の能力は気体そのものを操る能力でね。毒ガスなんてのはほぼ窒素と変わんないのよ」
    『火鳥』と呼ばれたあの鳥のおかげか、拘束が取れている。雨雷は縄の解かれた手をポケットにツッコミ煙草を取り出す。
    「雨雷ねぇさん」
    「わかってるわかってる」
    雪白がジトリとこちらを見やると気まずそうに煙草に火をつけた。雨雷が顎で俺を指すと海織が頷き、俺を米俵のように持ち上げた。
    泣いていい?
    「待て!全員その三人を抑えろ!」
    白衣を着た男の部下たちはすかさず俺たちの周りを囲む。
    「へぇ、やろうっての?」
    雨雷は煙草をじっくりと吸い、口から煙を吐き出した。雨雷が右手を宙にかざす、次の瞬間部下達の動きが止まった。まるで張り付けにされたような、何かに縛られたかのように
    『罪を許すな、賊心を赦すな。』
    そう言ったのは結都だ。ヒールを鳴らしながらまっすぐこちらへ歩いてくる。
    「さすが隊長。『精神を具現化する』能力ってホント便利だね」
    「言ってる場合か…早くしないと足取りが掴めなくなる。せっかく浮いた駒だ絶対に逃すなよ」
    結都が睨みを聞かせる後ろで紗霧と杏璃は山積みにされた死体を漁っている。
    「これって食っていいんか」
    「被害者だから…多分ダメ…」
    物騒。カニバリズムが今ここで起きようとしている。
    「やめ…ろ」
    神経ガスを喰らってから時間が経ったからか掠れてはいるが声が出るようになった。
    「おっ道國兄さん復活?」
    「黙ってくれ雨雷姉さん、何言ってるかわからんだろ」
    結都は担がれている俺の顔をじっと見る。
    結都は俺の言葉を待っているようだ。
    「…ゆ…いと…」
    「はい」
    結都の腰にある刀に目が行く。俺たちに手を出したコイツらはどうなるんだろうか。その刀で殺してしまうのだろうか。
    「たのむ…あいつらを…ころさないで…くれ…」
    「…承知」
    結都は静かに頷くと海織と目を合わせ俺達から離れる。
    「じゃあ、道國兄さんを逃がすあ〜んど、『教会』の秘密を暴く作戦!開始〜!」
    雨雷は閉ざされたホールの扉を蹴破り続けて海織も俺を抱えたまま走り出した。

    「…さてどうするか」
    結都は顎に指を添え、磔にされた者たちに睨みを効かせる。
    「拷問?切る?僕頑張るよ」
    「俺も!俺も頑張れます!兄ちゃんも一緒だもんね!」
    杏璃が鉈を構え、紗霧も高揚を隠さず刀の刃を一人に向けた。
    「やめろ。あの人が殺すなと言ったんだ。」
    「じゃあ、どうするんですか?」
    紗霧の問に結都は少し首を傾けた後
    「雪白の『蛇』を使う」
    「やっぱり…拷問…」
    雪白はため息をついた。


    海織に抱えられて約数十分。体が動くようになってきた。
    「大丈夫…?」
    「走れるくらいにはな」
    俺たちが向かうのは出口ではなくこのホテルビルの地下。
    「このホテルビルには駅などの交通機関に繋がる地下通路がある。もし『教会』の人間が移動するとなるとそこを使う…ていうのが佑夏の推理。」
    「でも、その地下通路は一般人も使うんだろ?そんなの見分けが着くかどうか…」
    モニターが地下一階を示し、エレベーターの扉が開かれた。
    「あ」
    「「「あ」」」
    俺達の目の前にいたのは、あの時の白衣の男。
    「うわ!ちょうど居たよ!捕まえろ!海織ーーー!!!」
    「分かってる…!」
    雨雷言葉よりも先に海織は動く。
    白衣の男は先程の余裕ぶった態度とは違い必死に地下のコンクリートを駆ける。
    『火蔓』
    海織がそう言うとまたどこからともなく火を纏った蔓のような物が男を襲う。
    「ってやめろ!それだと男の方に火が!」
    海織は俺の言葉を聞き、ピタリと止まる。
    「あぁ!もうめんどくさい!」
    雨雷は加えていた煙草を吹かすと同時に加えていた煙草を投げた。
    『すねこすり』
    煙草と吐き出された煙から出来上がったものは丸い生き物。まるで猫のような可愛らしいフォルムをしているが
    「で…でかい」
    男を踏み潰すくらいの大きさであった。
    「さぁて色々と聞かせてもらおっかなぁ〜。『あの人』って誰なんだい?『教会』の首謀者?うん?」
    雨雷はすねこすりと言われた生き物の下敷きになる男に詰め寄る。海織も脅すかのようにいつの間にか自身の身長をも超える大太刀の刃を鞘から覗かせる。
    「や、やめろ!お前ら『教会』の人間に手を出したらどうなるか分かって…!」
    男は声を荒らげる。
    「逆」
    「今更私達葬儀屋に、喧嘩売って無事で住むと思ってんの?」
    なんだ、空気がいきなり重くなる。
    「葬儀屋は、国から唯一武力行使。戦いを許された組織」
    雨雷は新しく煙草に火をつけた。
    「それが、どういう事か、分かる…?」
    「分かるよねぇ?」
    煙草を一度吸ったあと雨雷は煙草を男の顔面に近づける。
    「やめろ…!やめろぉ!」
    これは流石にやりすぎだ。
    「雨雷、流石に…」
    煙草の火が男の顔に着きそうになったギリギリで、フロアの、電気が消えた。
    「も〜!いいとこだったのに!」
    どこからかフロアを走る音が聞こえる。
    「道國兄さん!こいつは私と海織が見てるから、足音の方をお願い!一般人かもしれない!」
    「り、了解!」
    俺はスマホのライトを頼りに真っ暗になったフロアを走った。幸い足音のする方は分かるくらいによく聞こえる。足音はどうやら国道に繋がる駐車場の方へ進んでいるようだ。
    「待て…!待ってくれ…!」
    段々とだが足音の正体に近づいているのがわかった。翳したライトの先に少年のような細い脚が一瞬映る。
    「あと少しで追いつく!」
    俺は少年の腕を掴んだ。
    「う、わっ!」
    少年は白髪に左目の下にローマ数字のような…これは、刺青か…?
    「君は…」
    少年は俺の顔を見るなり怯えた表情を見せ、
    「ひ、ぃっ!やめて!」
    そう叫んだと同時に体に電撃が走る。これは比喩では無い、本当に電気が体に流れ込んできた。
    「がっ…」
    「あっ!ご、ごめんなさい」
    体が動かなくなる。神経ガスの次は電気か、勘弁してくれ。
    どこからか足音が聞こえる。
    「『アリス』様、移動の準備が完了しました。」
    少年の向かっていた方向から声がする。この少年、もしかしてあの白衣の男達の仲間だったのか?だとしたらまずい、今体の動かない俺では逃げも隠れも出来ない。
    「い、今向かいます!なので、こ、こちらに来なくて大丈夫です!」
    少年は声のする方へ向かって叫んだ。
    「ごめんなさい…ごめんなさい…!こんなことするつもり無かったのに、なんで…!」
    少年は俺に近づくと消えそうな声で謝りながら涙を流した。彼の部下への言動といい、俺たちに敵意がないのは直ぐにわかった。
    「き、みは…」
    「…お兄さん、あの強い人たちのお仲間さんですよね…」
    少年は俺の胸ポケットにあるペンを取り出し、俺の手の甲に何かを書き始め、書き終わったと思ったらペンの蓋を閉め。祈るように手の甲に自分の額を寄せた。
    「…行かないと…」
    少年はそう言うと、立ち上がり去っていった。
    「待っ…て…」
    俺の声は残念ながら少年には届いていなかった。
    しかしあの顔、どこかで…




    「で?『教会』の仲間なのに、これを書いたと」
    振り出しの位置に戻った気分だ。仮眠室のベッドに横たわりながら思う。雨雷は俺の手の甲をまじまじと見る。
    手の甲に書かれた文字は、「びょういん」
    「病院…『教会』の仲間がいる場所ですかね。『アリス』と呼ばれたその少年が、『教会』を裏切った…という事ですか?」
    紗霧の言葉に結都は眉間に皺を寄せる。
    「にしては少し引っかかる。その『アリス』はなぜ初め道國兄さんを見て逃げたのか」
    「そこは、また私達で推理していくしかないね」
    全員がため息をついた。
    「そういえば、あそこにいた被害者達はどうなったんだ?」
    ……仮眠室に沈黙が走る。
    「結婚詐欺師の肉は悪くなかったな」
    「ご馳走様でした…」
    紗霧が目を合わせずにそう言い、杏璃が手を合わせて言う。
    「えっ」
    手を合わせる杏璃を雪白が小突いた。
    「ちょっと、道國兄さんが混乱するようなこと言わないでよ。大丈夫だから、罪を重ねた人間の肉を食らうっていう、そう言う儀式があるだけだから」
    雨雷が慌てて言う。何も大丈夫じゃない。
    「まさか、お前達あそこにいた白衣の男も、その部下達も…!」
    「殺してないよ。…ちょっと聞きたいことあったから…手荒なことはしたけど…」
    「めぼしい情報はなかったがな」
    杏璃は申し訳なさそうに言った後さらりと結都が一言付け足した。
    「…拷問とかしてないよな」
    騰蛇隊全員が目を逸らした。
    「そんな事より…」
    海織が会話を区切る、いやだからそんな事じゃない。
    「兄さん、なんで、倒れてた」
    「あぁ、実はその『アリス』って子の手を掴んだ時にスタンガンを当てられたみたいな電撃を喰らって…すごく謝られたんだけどね」
    雨雷は顔を顰める。
    「電撃…?」
    「雪白たちと、同じ…能力持ち…?」
    雪白は首を傾げる。
    「みち、それはこいつみたいな顔をしていたか」
    話をどこから聞いていたのか。ひめちゃんが少年を連れて仮眠室に入ってきた。
    「あ…イチ…そうだ、あの顔イチに似てたのか…」
    イチ、葬儀課で保護されている少年だ。七歳程の外見で、
    「みちくに、でんき、いたいいたい?」
    まるで幼児のような語り方をする。不思議な少年だ。
    「かんじた、あう、じゅうはちごう、みちくに、」
    「イチはみちがその『アリス』とかいう奴と接触したのを察知したらしい。なぜ18号、と呼ぶのかは分からんが」
    ひめちゃんは面倒だ、とため息をつくと雨雷を見た。
    「俺はイチとその『アリス』になんらかの関連があると予測している。まずは『アリス』の言葉を信じて病院の捜索だ。」
    「大丈夫、もう動いてるよ。」
    雨雷は笑いながら言った。
    「山猫が、獲物を探して動いてる。」



    「間違いありません。防犯カメラで見た車の影はこの病院へ入っています。」
    地面に手を添え。包帯を巻いた青年が言う。
    緑の瞳が、白髪の女性を移した。
    「うん。わざわざこんなことさせてすまないね。ありがとう柊時、やっぱりお前は頼りになるよ。」
    「い、いえ…これも零姉様のためなら…」
    青年はうっとりとした表情で零と呼ばれた女性を見つめる。
    細められた瞼の内側に潜む右目が白、左目が赤の瞳は柊時と呼ばれた青年から病院へと映る。
    「全く、空狐がいながら僕達山猫に迷惑をかけるなんて…まぁ雨雷らしいっちゃらしいけど」
    「ですが、山猫隊が出れば全て解決ですよね。姉様。」
    目を輝かせていう柊時に零はくすりと笑った。
    「そうだね…にしても、あぁ…遺憾だよ。笑えるくらいに、」
    零は病院の門に書かれた国立病院という文字を睨みつけるようにして呟く。

    全くもって遺憾だ。
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