烏の濡れ羽色最後にするつもりだった。ベッドさえ抜ければ、もう出られる。服も一瞬で着れるシンプルなやつにした。この家に増えていったオレの私物は、ベッド下のバッグに詰めてある。仕上げに眠剤を抜いたら、この通り。ヴォックスがとっくに寝付いても、オレの目は冴えたまま。ここまで完璧だった。だから敗因は、最後にベッドを抜けたのが左手だったこと、これだけ。掠れたバリトンに
「ミスタ」
と呼ばれて驚いて、一瞬動けなくなっても、手さえ掴まれなければ逃げられたはずなんだ。暗い部屋で碌に何も見えないのに、オレの死んだみたいな肌の色は、食い込んだコイツの黒い爪をハッキリ映す。オレと同じ色の、でも円く整えられた爪は、どこから入ったかも分からない光をてらてらと反射した。そして一度離れ、再び近寄ってオレの指をなぞる。それから今度こそ正しく手を繋いで、ゆっくりと自分の方へ引き寄せた。
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