セノナリ記憶喪失駄文(未完結) セノが記憶喪失になった。
砂漠での任務でとある遺跡を調査している際に地脈異常の影響を受けてしまい記憶が数年ほど退行してしまっているらしい。
丁度ティナリと知り合う少し前、まだ彼がティナリを監視対象と見ていた頃までの記憶しかない。
ナヒーダによれば記憶喪失は一時的なもので三ヶ月もすれば地脈の影響も抜けて元に戻るだろうとのことだった。
対面して他人行儀なセノに困惑していたティナリだったけれどそれならまた友人をやり直せばいいかと「改めてよろしく」と手を差し出せば、戸惑いはあれどある程度事情を聞いていたセノもその手を握る。
とは言え、昔のセノは他者との繋がりを希薄にしていたこともありそれに準じて交友関係を広く持つつもりはなく、ティナリの事も親友だったと聞いていても今は監視対象としての記憶が濃い。当然積極的に関わるつもりはなかった。
ところがティナリの方は以前と同じく親友として接してくる。
シティに来ればわざわざ顔を見に来るし、怪我をしていれば治療を施し自前の薬を渡してきては、セノが世話を任せたらしいコレイという少女の様子を話してくる。
自分の知らない現実の話をされ記憶がないことへの罪悪感を抱えながらもティナリと接していくうちにセノも次第にティナリへ心を傾けていった。
それどころか友人としてではなくセノはティナリを恋愛対象として好きになってしまった。
記憶のない自分からの好意をどうしたものかと悩んだけれど、自分を見るティナリの目にも恋慕の情を感じていたセノは思い切って告白することにした。
こんな短期間で自分はティナリに恋をしてしまったのだからきっと記憶を無くす前の自分だってティナリのことが好きだったはずだと根拠のない自信があったからだった。
けれど告白をしたセノに対してティナリは動揺し困った顔で「セノの気持ちには応えられない」とハッキリ言ってのけた。
何故、と聞けば少し言いづらそうにしながら「僕は以前君に告白して振られているんだよ」と。
そんなはずないと否定しても残念ながら事実だと返ってきた。
記憶はなくてもセノは変わらずセノだ。
だから僕が君を好きなことに変わりはない。友人に戻っても僕はずっと君のことが好き。
だけどセノは違う。後々君が記憶を取り戻した時にまた振られるなんて流石に耐えられない。だからごめん。
これまでもこれからも友人でいてほしい。でも一時でも君に好きになってもらえて嬉しかった。
申し訳なさそうにそう答えるティナリにセノは何も言えなかった。
そんなとこがあって少し気まずさを抱えながらもそれでも二人の付き合いは続いていく。
その間もティナリに対する恋心は絶えることなくむしろ募るばかりで、セノはティナリに好かれている記憶喪失前の自分に嫉妬すら覚えていた。
記憶喪失になって二ヶ月が経った頃、セノの夢に記憶の断片のような予兆が現れ始めた。
ナヒーダによれば地脈の影響が薄れ始め徐々に記憶が戻っているのだろうとのことだった。
それを知ったセノは言いしれない焦燥に駆られてしまう。
もしもこのまま記憶が元に戻ったら自分のティナリに対する気持ちはどこへいくのだろうか。このまま消えて、何事もなかったことになるのだろうか。
それは嫌だった。
以前の自分がどうであれ今の自分はティナリが好きでティナリに対する執着はどうしたって手放せない。それでも失うのが決まっているのならせめて今だけでもティナリの心が欲しかった。
だからセノはもう一度告白した。
自分勝手な願いだとしても「記憶が戻るまでの間だけでいいから恋人になってほしい」と。
当然ティナリは困った。だって好きな人から二度も告白されて嫌なはずがない。
ティナリだって振られてもなお捨てきれなかったセノへの想いを抱えている。もしも恋仲になれるならと実らない空想を抱いたことだってある。
悩んだ末、ティナリは結局セノの気持ちを受け入れることにした。記憶が戻るまでの一ヶ月間だけの恋人に。
それからは二人で過ごす事が増えデートもした。恋人としての触れ合いだって叶った。
一ヶ月しかないと思えば密度が高くなるのも当然で、ティナリがセノの家に泊まることも増えた。
そんな中でも徐々にセノの夢には記憶の片鱗が色濃くなり、時間はどんどん減って行った。
そうして約束の一ヶ月。その最後の日に別れを告げてまた友人へと戻ってしばらく後、セノはある朝ふと記憶を取り戻していたという。
恋人だった時の記憶はないらしい。
この男は二度も記憶喪失になるのかと内心複雑な思いを抱えながらも恋人のセノとの日々はリアルな夢だったのだと自分に言い聞かせて、ティナリは友人の顔でおかえりと笑った。
記憶が戻った後のセノは妙な喪失感を抱えていた。
記憶を取り戻したはずなのに何故か大切なものを無くしたような、そんな嫌な喪失感。
記憶喪失の間に何か変わったことがあったのだろうかとティナリに聞いたけれど「何もないよ君は昔の君のままだった」と呆れられたりして。
そうか、と納得しかけたところでティナリの目が一瞬遠くを見て瞬いたのが見えた。
セノはティナリのことが好きだった。
それこそティナリから告白されるよりも前、監視対象として見ていたその頃からティナリに惹かれ友人になってしばらく後にそれは恋に変わった。
けれどその頃のスメールは魔麟病が蔓延していたし森は死域に犯され、神座は不安定なままスメールの治安は乱れていた。リサから頼まれたコレイの心配もあり大マハマトラの立場としてもセノには優先すべき事が多かった。
だからティナリからの告白を受け入れられなかった。
ティナリから自分と同じ想いを向けられていると知って胸は歓喜に震えたが、それと同時に自分だけがそんな甘さを享受するわけにはいかなかった。
それどころかティナリを恨んだりもした。
どうして自分に気持ちを伝えてしまったのかと。知らなければ想いを失う苦しさに苛まれることもなかったのに。
勝手だがセノは自らの手で恋心を殺した思いだった。
告白を断ってからもティナリは変わりなく友人として関わってくれた。離別を覚悟していたセノとしてはティナリのその態度に安堵したことを覚えている。甘えた考えとは分かっているが恋人でなくても傍にいられるならそれで、と。
そんな自分だから気づいてしまった。ティナリの目に見え隠れする影に。
しかしだからといってセノにはティナリを問い詰める権限も立場もない。恋人ならまだしもセノはそれを自ら放棄した側だ。
ここに来て自分の昔の選択がセノをじわじわと苦しめていった。
ある日のこと。
任務の帰りにオルモス港に寄ったセノはティナリが欲しがっていた希少な花が仕入られているのを知り花屋に寄った。
ティナリの喜ぶ顔を思い浮かべながら花を包んで貰っていた際に店主からティナリの話をされた。
セノとティナリが親しいのは広く知られておりティナリは交友関係も広い。この花屋ももしかしたらティナリの行きつけなのかもしれない。
そして店主は商品を手渡すまでの雑談のつもりでセノと共通の話題としてティナリの話をしただけだ。
「そういえばティナリさんは恋人と上手くいっているんですか?」と。
何の話だと嫌な予感を覚えながら聞けば、以前ティナリは恋人への贈り物として頻繁に花を買いに来ていたという。お土産のような豪華なものではなく、挨拶用に渡すような軽いものを。
わざわざシティではなくオルモス港に足を運ぶことを不思議に思った店主が尋ねれば、恋人にあげるものだから少し特別な花がいいんだと嬉しそうに話していたらしい。
しかしここしばらく姿を見ないからもしかして恋人と何かあったのかと気にしていたということだった。
そんなことセノは聞いていない。
店主にいつの事かと問えばセノの記憶がなかった期間のことだと知った。
胸がザワつく。
自分の知らない間にティナリには自分ではない特別な存在ができていたらしい。そしてそれをセノに隠している。
嫌な感情が溢れてしまう。
ティナリの気持ちを自ら手放したくせにティナリの心が自分以外に向くのが許せない。何よりティナリからその存在を隠されていたことがどうしても受け入れがたかった。
店主から渡された花を抱える。
セノがティナリへ花を贈りたいという気持ちと同じものを、ティナリも誰かへ贈ったのだ。
そんな想像をして、セノは思わずくしゃりと包装紙を歪めた。