「時々考えるのです」
勇者様は突然そうおっしゃっいました。どこか遠くを見る瞳は、少し影がかかっていて、何かに連れ去られてしまいそう。
「私は竜王と対峙した時、世界の半分をやろうと持ちかけられました」
「ええ、それは伺っています。それがどうか?」
「もしもそれに「はい」と答えていたら、この世界はどうなっていたのだろう、と」
勇者様がそんなこと、と否定しようとしたけれどやめた。その瞬間になにを考えていたかなど、当人にしか分からないこと。安易に他人が否定していい話ではないですから。
「竜王が何を考えてそんな話を持ちかけたのか、今となってはわかりません。しかしもしも頷いていたら、本当に世界の半分は私のものになっていたのでしょうか。それともやはりあれはただの罠で、私を陥れるための策略だったのでしょうか」
「……気持ちは、揺らいだのですか?」
勇者様はバツが悪そうに私から視線を逸らして、頭をガシガシと掻きました。
「…魔の島は瘴気に満ちていましたから、正常な判断ができなくなりつつありました。もしかしたら、竜王はそれにつけ込んだのかもしれません」
「だけど勇者様は頷かなかった。それが答えではありませんか?」
「いえ、私が頷かなかったのは……貴女がいたからですよ」
勇者様はそう笑う。どこか幼い笑顔に胸がど高なって、身体を思わず寄せると彼は私を抱きしめてくださいました。
「貴女の声はいつも私を導いてくれた。貴女がいなければ、私は竜王を倒せなかったでしょう」
「…勇者様」
「……ローラ。私の名前を」
勇者様の親指が私の唇に触れる。ドクンドクンと高鳴り続ける胸が、彼に聞こえていて欲しいと願うのは、おかしいことでしょうか。
「アレフ様」
唇と唇が触れ合うだけの優しい、けれど長い口付け。離れたアレフ様の頬は真っ赤に染まっている。
「……アレフ様、もっと」
「だめですよ、これ以上は私が止まれなくなる。今の貴女に無理はさせられません」
アレフ様は膨らんだ私のお腹をさすりました。
「ねぇアレフ様、もしも本当に世界の半分を手にしていたら、どうするおつもりでした?」
「どうでしょう…自分の好きなように世界を作り替えていたかもしれません。貴女のことも忘れて」
「もしもそうなったら、私はショックで石にでもなってしまうかもしれませんね」
冗談めかしてそう言うと、勇者様は「それは困る」と笑って、私をもう一度優しく抱きしめてくださいました。