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    fucoshnkl

    @fucoshnkl

    まぁなんか、あれこれイベントに参加するまでの道のりをぽいぽいします。

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    fucoshnkl

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    いまやってるおげんこの冒頭部分。
    MP枯渇しててだいぶおつらいので、見て見てします……。

    《ご注意》
    ・言うまでもなくハヤセイですが、今まで発表した話とは別の世界線です。
     端的に言うと、まだつきあってません。
    ・現在市井に蔓延する感染症を彷彿とさせる描写が多いです。

    2021年5月

     ツツジの花の咲く季節だった。

     鉄道博物館屋上のパノラマデッキの植栽は大半がそれで、構内のソメイヨシノが萼まですっかり落ちて鮮やかな緑に包まれる頃、白やピンクの入り交じった花弁が見頃を迎える。訪れた人を懐深く迎える雰囲気を保ちつつも「JR大宮駅近辺を行き交う列車を一望する」という目的以外のものが極力排除されたこの場所で、花を愛でることができるのは一年のうち今だけだ。
     速杉ハヤトは、今日も新幹線の線路に向けて設けられた展望スペースの手すりに寄りかかり、その目的を十分に堪能していた。
    「うーん、やっぱり東北新幹線を見るなら、ここが安定だよなー。」
    初夏の心地よい風が、額にかかる髪を軽く撫でて通り過ぎていく。その横顔を少し離れたところから見ながら、セイリュウは昨年の今頃のことを思い出していた。

     ヴァルハランの事件が終わって間もなく、世界のとある地域で、ヒトが感染すると重篤な肺炎を引き起こすこともあるウイルスが蔓延し始めた。そのウイルスは、従来の同種のウイルスに比べて感染力が極めて高く、瞬く間に全世界へ拡がっていった。感染拡大防止のため、各国間のひとの行き来は大幅に制限され、特に感染者の多い地域では都市封鎖《ロックダウン》などの施策がとられた。この国でも、人々は都道府県間の移動の自粛を求められ、学校や商業施設などのひとが多く集まる場所は長期間に渡って休業・閉鎖を余儀なくされた。
     ハヤトとアズサは、その春より中学校という新たな教育機関へ通い始める予定だったが、当の学校が休校となったために宙ぶらりんの身分になってしまった。鉄道博物館は学校よりひと足先に休館となっていたので、ハヤトはシンカリオン運転士の身分を使って入りびたりを目論んだ。しかし、指導長の三原フタバに「職員が最低限しかいなくて、安全上の問題があるから」とやんわり来所を拒まれ、自宅に缶詰になったまま鬱々とした日々を送るほかなかった。
     そんな中セイリュウは、あれこれと理由をつけてはハヤトのところへ赴いた。もちろん、外出自粛の空気の中で表立って訪問することは憚られるので、黒い粒子でのテレポートだ。上田家ではアズサの両親が「リモートワーク」と称して在宅で仕事をすることが増えており、その目を盗んで出かけるのは多少骨だった。しかし、ハヤトとの楽しいひとときを思えば、少々の冒険も苦ではなかった。
     その日も、セイリュウはなんとか隙を見つけてハヤトの部屋を訪れた。ハヤトはセイリュウの顔を見ると、待ってましたとばかりに今月号の時刻表を広げてみせた。
    「今日は、新幹線の新しい時刻表を作ってみようと思ってさ。」
    「……どういう意味だ?」
    「昨日、5月末から新幹線の定期列車の運行本数を全体の6割程度にするって発表があったんだ。だから、今の時刻表から、どういう感じに減らしたらいいか、自分たちで考えてみたらどうかなって。とりあえず、ぴったり6割目標でさ。」
    「ふうん。おもしろそうだな。」
    セイリュウがうなずくと、ハヤトはぱっと顔を輝かせた。
    「でしょ! セイリュウはわかってくれると思ったんだ!」
    このハヤトの顔を見るたびに、セイリュウは何か面はゆい気持ちになった。いつかハヤトに「セイリュウはオレにとって初めての鉄道仲間だよ」と告げられたことがあったが、セイリュウにとってもハヤトは初めての鉄道仲間なのだ。腹の底からスキなことを語らうひととき、打てば響くようなやりとりの心地よさは、年上の者に囲まれて背伸びせざるを得なかった地底では味わえなかった喜びだ。……それにしても新幹線の減便とは、客観的に見ればなかなかの緊急事態のはずだが、それもこうやって遊びの種にしてしまうあたり、ハヤトの鉄道思考回路には恐れ入る。
     そんなわけで、ふたりは時刻表の前で膝をつき合わせ、ああでもない、こうでもないと検討を始めた。議論は次第に白熱していき、お互いの肩が多少触れあってもまったく気にならないほどだった。
     しばらくして、セイリュウがふと顔を上げると、驚くほどすぐ近くにハヤトの横顔があった。近すぎて、まつげの一本一本まではっきりと見える。まつげは思ったより長めで、濡れたように光っていた。キラキラと輝く瞳にかかるさまは、午後の光を反射する川面の上になびく柳の枝のようだ。それが時刻表を追う動きに合わせてぱたぱたする様子に目を奪われていると、急に口数が減ったのを訝ってか、ハヤトも時刻表から目を離してこちらを見た。
     その瞬間、なにかふわりとした空気が、ふたりを包み込み始めた。その空気に押しのけられるように、周りの景色が遠のいていく。空間がどんどん拡がっていくように感じると同時に、二人で小さなドームの中に閉じ込められたようにも感じる。胸の内に何か焦りにも似た気持ちがこみ上げてくるのに、身体はまるで時間が止まったようで、身じろぎすらできない。眉間にもやがかかったような熱を感じながら、セイリュウはハヤトの瞳を見つめ続けていた。
     そのセイリュウの瞳を見つめ返すハヤトの瞳にも、次第に陶然とした輝きが宿っていった。頬はうっすらと桜色に染まり、ゆるく開いた口元から、浅く息をつく気配がする。その瞳に一瞬逡巡するような光が走ったと思うと、ハヤトはゆっくりとセイリュウの方へ顔を近づけてきた。セイリュウは気持ちだけ身構えたが、やはり身体は動かなかった。やがて、その顔がセイリュウの視界から外れると、ほどなく左の頬に柔らかく、温かい感触があった。頭の芯を、突き抜けるような恍惚感が駆け抜ける。その狂おしさに、セイリュウは思わず身ぶるいした。
     次の瞬間、ハヤトは部屋の向こう側へ吹っ飛んだかと思うほどの勢いで、セイリュウから身体を離した。身体の硬直が一気に解けたセイリュウがその顔をまじまじと見返すと、ハヤトは耳の先まで真っ赤にして、しどろもどろになりながら何か言い訳を始めた。
    「ごっ、ごめん‼︎ えと……その……そんなつもりじゃ……なかったんだけど……なんか……当たっ……ちゃったっていうか……。」
    セイリュウは、実際に出てくる言葉よりも多くぱくぱくと動くハヤトの口を、ただ呆然と見つめていた。
    「……へ、部屋が、暑くてぼーっとしちゃってたかも! あ、そうだ、ずっと話してて喉渇いたよね! 飲み物持ってくるね!」
    ハヤトはひとりでまくしたてると、半ば這うようにして廊下に続く扉から部屋の外に出て行った。
     セイリュウは、ひとり部屋に残されたまま、ハヤトが出て行った扉を見つめ続けていた。先ほどまでの高揚感が、潮が引くように去っていく。

     そんなつもりじゃない。

     ハヤトの言葉が、ことさらに冷たく、身体の芯から熱を奪う。セイリュウは、自分がショックを受けているのだと気づいた。——なぜだ。
     みぞおちにずんと沈んでいくこの感情は、しいて言葉にするなら「失望」だった。かつて『ハヤトたちが敵意のないゲンブを捕らえ、命を奪った』と思い込まされたときに感じたもの。それとよく似ている。しかし、あのときと今回はまったく違う。ハヤトは、何もしていない。セイリュウの頬に唇を触れさせた以外は、何も。——だったら、どうして。考えても考えても、思い当たることはない。わかるのは、自分の手から、何かが収まる直前ですり抜けていった、ということだけだった。
     しばらくして、ふたり分のオレンジジュースを持って戻ってきたハヤトは、いつもの快活な調子を取り戻していた。しかしお互いにぎこちなさが残るのは否めず、セイリュウは予定より少し早めにハヤトの部屋を辞した。そしてその日以降、ハヤトがセイリュウを自室に誘うことはなかった。
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