ギャクアバの経緯ギャクアバ・テンマドロ。
彼は天使として、 冥界最大の希少となる鬼才の能力 「ゲノベ」 を持って生まれた。
ゲノベとは、特定の者の体液を摂取することで、憑依型でも敵わない唯一「天人」に憑依できる能力である。
この能力をもって生まれた者の定めとは、天使のため、悪魔を妨害すること。
天罰型のある財団の間で昔から決まっていたことであった。
そして、このギャクアバの教育が、あろうことかあの天使トワイラに任せられた。
反対の意見は沢山あった。天罰型の誰かがやるべきだとか、なぜよりによってあのトワイラなのだ、とか。
当時問題はあれどエトワール家出身の定命型として名を馳せていた彼は、悪業を除けば優秀な天使であった。
そのため、ギャクアバを育てる役目を任せられたのだ。
もちろん、トワイラには協力する気など更々なかったが、何を思ったかへえへえと承諾した。
ただし、それは天罰型やゲノベを利用すると定めた財団たちに一切の口出しをさせず、自分のやりたいようにやる、何が起きても責任は負わない、という条件付きだった。
そしてギャクアバは、トワイラの手によって育てられることになった。
トワイラは、完璧に責務を果たさせるためには、感情が邪魔だと考えていた。そのため、感情を無くさせる計画を立てた。
赤ん坊の時から暗い倉庫に放置し、1日1回だけ様子を見に来ては、泣き叫ぶ赤子を蹴り、放置した。そして育つ中で彼を酷くいたぶり、涙も出ないほどに、死なない程度に拷問に近い教育をし続けた。それは言葉にもできない恐ろしい残虐劇であった。
逃げ出そうとか、騙そうとか、そういう細かい感情すらも失わせるためにはそれが必要だった。
それを、何百年も続けたのだった。
そして、予定通り感情を失って成長したギャクアバに、特例として指示された任務が
「悪魔になりすまし、重要な情報を天使に流して悪魔を妨害する」 というもの。
ギャクアバは天国を出た。
そして基本教育(単にトワイラが持ってきた教科書を大量に読み、暗記させられた)と同時に鬼畜教育を受け感情を失っているため、言われるがまま三途の川へ、そこで座り込み泣いていた悪魔を殺害した。
その体液を飲み干し、 悪魔の記憶、 容姿、 性格を手に入れた。
その悪魔の名前は、ホッパー・ゼントローラ。
彼の実年齢が4歳くらいの時だった。
チャジャと喧嘩をし、「兄ちゃんなんかいらない!」と言われた。
「僕だってこんな家出て言ってやる!!」と飛び出したホッパーが落ち込んで、三途の川に来ていたのだ。
そのホッパーをギャクアバは受肉し、以降チャジャの兄としてなりすまして悪魔として生涯を歩んでいた。
そのため、あのホッパーの性格や髪型はギャクアバの好みであり、
本当のホッパーとはおそらく異なるものである。
当時の朱撈であるブバダはそれに気づいていた。
ブバダは、幼少期のホッパーと面識があった。
話したこともあり、愛着があったのは確かだった。
でもチャジャやテライのことを思ったり、自分が愛した体を相手では、中身が違っても罰する気になれなかった。
でも、ギャクアバは未だ悪魔の妨害をしていなかった。
その原因となったのがテライだった。
獄校で初めて出会い、不気味な雰囲気を放つホッパーに誰も近づかなかった中、テライだけが彼に声をかけた。
そして、友達になろうとしてくれた。
互いに成長する中で、ギャクアバは多大な優しさを、テライから受けた。
今まで優しさなどに触れたことのなかったギャクアバにとって、もしくはトワイラにとって、彼のような優しい悪魔に触れ合うことは不本意だった。
しかし、不思議な力のあるその優しさが封じられたギャクアバの心を開いたのだ。
ギャクアバは彼の優しさに触れ、彼の振る舞いから習って、明るい性格を演じることにしたのだった。
そして元より、彼は軽い感情を少しずつ取り戻していた。
そのように悪魔として生活するにつれ、自分の天使としての役割に疑問を持ち始めたギャクアバ。
テライのように優しい心を持った悪魔たちを欺くことが、本当に正しいのか。
それは、たとえ天使であっても必要なことか。
そんな中、状況報告をやりくりする間に、ギャクアバはトワイラがテライに執着を見せていることを知った。
それがきっかけとなり、ギャクアバは確信した。
やはり、これは間違っている。
こんなことは、してはいけない。
ギャクアバは任務を辞めた。天使たちに報告をするのを辞め、あくまで悪魔として生き、テライを守ることに尽力した。
ある意味でテライは自分の恩人だ。
そのテライが、あのトワイラに狙われているのは、極めて危険な状況だ。
自分はどうなってもいい。
とにかく、テライには生きてて欲しい。
そう思って、テライと定期的に文通を行い、 生きているか、何をしているかを把握した上で、 テライのことを守り抜こうとした。
その途中、異変を感じたトワイラがギャクアバを尋ねた。
「育ての親に何の連絡もしないで何やってるんだ?」
と尋ねると、ギャクアバは何も言わなかった。
ただ、この計画にあまり興味が無いトワイラはそれを真に受けず、いくつか釘を指して彼を放置した。
そしてそのうち、ギャクアバがテライが死することを恐れ、羽を失った彼に羽を譲り堕凶魔となった。
ギャクアバにとって、羽というのは無価値であったからだ。
しかし、それはすぐに天罰型へと知れ渡った。
ギャクアバが裏切った。あいつは天使を裏切ったのだと。
この件でまず責められたのはトワイラだった。
お前の教育が正しくなかったからこうなった。
財団からそう言われた。
しかし、トワイラは言った。
「なら俺に頼まなきゃ良かったじゃん?
お前らの言う通りに動くなんて一言も言ってねえよ。」
それは全くの事実であり、誰もそれに言い返すことは出来なかった。
ギャクアバは、天国へ呼び戻された。
そして尋問を受けたが、ギャクアバは一切口を開かなかった。
結果、天使に対する反逆者とされたギャクアバ は、天国から永遠に追放されることになった。
天使としての名前を奪われ、彼はホッパー・ゼントローラという悪魔として生きていくことになったのだ。
追放前夜、檻の中にいたギャクアバに声をかけた人物が居る。そいつは彼に天国で生きることの出来る道を教え、誘ってくれた。
しかし、ギャクアバは断った。
天国からの追放は、ギャクアバにとって好都合だった。
テライのそばにいられるし、何より天使は間違っている。
自分が自分らしく生きることができる道だからだ。
そして追放されて以降、ギャクアバは気楽に生きていた。
天使として責務を背負ったまま生きるよりもずっと楽で、ずっと楽しかった。
失われていたはずの明るい感情は、とっくに満足いくほどに戻ってきていた。
そんな中。
ギャクアバが逆らった理由が、テライに関係することを知ったトワイラは、いくつかの恨みも兼ね、見せつけるかのようにテライを殺害したのだ。
殺されたテライを見て、ギャクアバは違和感を覚えた。
大好きな、恩人のテライが、死んでしまった。
なにか、なにか、鈍い痛みがある。
この気持ちはなんだ。
ギャクアバには、悲しみや怒りの感情は理解できなかった。
だからこそ、テライが心に抱えていたものを汲み取れず、彼を救えなかった。
彼は明るい感情だけしか思い出せなかったのだ。
そんな中、連行されているトワイラはホッパーを見て言った。
「ぜぇんぶ、てめえのせい」
その時、ギャクアバの中で何かが弾けた。
そしてトワイラのことを睨みつけ「お前など俺の親ではない」と、囁いた。
ほんの一瞬だけ、彼は怒りを感じたのだった。
以降、ホッパーの中には怒りがあった。
テライを奪われたことへの怒り、守れなかった自分への怒り。
そして、今になって湧いてきたブバダへの恨み。
この体の持ち主の弟であったチャジャの親友、ビャクニブのことだった。
ビャクニブが行方不明になってから、チャジャがどれほど必死に彼を探そうとしていたかを知っている。
そして、ビャクニブの父親がブバダであることも。
チャジャは自分の弟だ。
俺の弟がこんなに必死になってたのに。
あんたは育児放棄してたんだろ?だから捨てられた。
なのにあんたはその母親を育児放棄の罪で牢屋にぶち込んだ。
おかしいよな?あんたも同罪だ。
あんたがビャクニブの面倒をちゃんと見てりゃ、チャジャがこんなふうに心を悩ませることもなかった。
羽を失うこともなかった。
あんたのせいだ。
あんたが、ビャクニブを大事にしなかったから。
そしてブバダもまた、ギャクアバを恨んでいた。
まだ幼子だった。ホッパーには何も罪がない。
心の優しい、チャジャにとっていい兄だった。
それを、無差別に殺した。
トワイラに最終的に逆らったとしても
お前が殺したことにかわりない。
なんでそんなことしたんだ。
そういう気持ちが、ギャクアバとブバダの間で渦巻いていた。