死んでも、なんて──ぱちん、とスイッチが弾かれた音がした。
閉じた瞼にすら眩しい光が届き、薄闇に覆われた視界が明るくなる。
「センター長さん、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよ?」
ぼんやりとした頭を持ち上げると、いつものテーブルの上には散乱した資料と、つけたままのパソコン。見られて困るものは開いていないようだ。
「……すみません。資料のまとめをしていたら、つい」
軽くため息をつきながら、車椅子の背もたれに寄りかかると『ギッ』と不快な音を立てる。眩しくなった所内の明るさに目を細め、上半身を伸ばすと身体の節々が痛むのを感じた。
そういえば、何日ここに籠っていたのだろうか。もう長いこと外の景色を見ていない気がする。
ノートパソコンを閉じると、表のパネルが目に入る。調査員であるあざみとジャスミンが、調査先のお土産とどこから見つけてるくる各地のステッカーがベタベタと貼ってあった。微笑ましく思うと同時に、意識していなかった疲労感に襲われる。
──そうだ、外が見たい。
今日は晴天と天気予報は告げていたはず。
「あさみさん、少しお手伝いしていただけますか」
傍らのソファで、手帳のメモを見返しているあざみに声をかければ『喜んで!』と飛んできた。
「外が見たいので、屋上まで車椅子を押して欲しいんです」
「え、でも」
「わかってます」
「……わかりました。それじゃそこのブランケットも持って行きましょう!」
言うが早いか、ばさりと動かぬ脚にブランケットをかけ、さあ出発です!と押し出される。
チン、と到着の音と共に屋上に滑り出せば、雲ひとつない空模様。ただし、視界に入るのは暖かな日差しではなく、煌々と輝く電気の光と遠いどこかの命が燃え尽きた光だが。
「今日はいい天気ですね!風もそんなに強くないし、気持ちいいですよ」
屈託なく笑うあざみに微笑みを返し、車椅子をゆっくりと押してもらう。
「あ、そうだ。これ」
あざみが鞄の中から取り出したのは、小さな包みだった。
「お土産です。調査先の名産品だそうですよ」
「ありがとうございます」
礼を言って受け取ると、小さめの饅頭が2つ入っているようだった。
「いただきます」
かぶりつけば、上品な餡子の甘さが広がる。
「お口に合いますか?」
「ええ、とても」
そう答えると、あざみは安心したように微笑んだ。
「……月が綺麗ですね」
唐突に、あざみがそんなことを呟いた。
月?と空を見上げれば、確かに綺麗な満月だ。
しかし何故いきなりそんなことを言い出したのだろう?とあざみの方を向くと、彼女は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
その笑顔を見た瞬間、何故か心臓が高鳴った。そして同時に、胸の奥底から湧き上がる感情があることに気づいたのだ。
それはきっと恋慕の情だったと思う。
今まで感じたことのない胸の疼きに戸惑いながらも、自然と言葉が口をついた。
この気持ちを伝えたい、そう思ったのだ。
「月が綺麗ですね」
「そうですね」
一瞬目を丸くしたあざみだったが、すぐに笑顔に戻る。
「でも、私は太陽の方も好きですよ」
「太陽?」
意外な答えに思わず聞き返すと彼女は空を見上げた。そこには大きな満月が浮かんでいる。その輝きはまさに太陽のようだと思った。
「だって、太陽がないと植物も育たないしお日様がないと元気が出ないじゃないですか」
ああなるほど、確かにその通りだ。
「それに、月は夜しか輝けないから」
「……え?」
思わず聞き返すと、彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「なんて、冗談ですよ」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
あざみは太陽のような人だ。どんな時でも明るく元気いっぱいで、周りの人を自然と笑顔にさせる力がある。そんな彼女だからこそ、自分は好きになったのだろうと思う。
そんなことを考えていると不意に彼女が口を開いた。
「あの……さっきの、は」
「?」
「その……告白、ってことでいいんですか……?」
顔を真っ赤にしてそう聞いてくるあざみを見て、こちらも顔が熱くなるのを感じた。言葉の意味が『正しく』伝わっていたとは……。しかしここで誤魔化しても仕方がないと思い、正直に自分の気持ちを伝えることにした。
「……はい」
そう答えるとあざみは更に顔を赤くした。そしてしばらく沈黙が続いた後、意を決したように口を開く。
「あのっ!私でよければ……!」
そんな彼女の返事を聞いて思わず笑みがこぼれた。ああ、やはり自分はこの少女に惹かれているのだと改めて実感する。そして同時に、彼女も同じ気持ちを抱いてくれていたことが嬉しかったのだ。
「ありがとうございます」
そう答えると彼女は恥ずかしそうに俯いた後、顔を上げて言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そんな彼女の笑顔を月の光が優しく照らしていた。