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    R_Tentacle

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    R_Tentacle

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    最初の構想ではもっと、こう…カッコ良かったんです

    君の世界を変えたい そこにいたのは、怒りと憎悪の化身だった。

    「やめろ!!」
    緑色のドレスと長い黒髪を振り乱して式場で暴れる彼女を、なんとか後ろから捕まえる。
    「っ!?はなせぇええええ!!」
    突然体に電流が走り、視界が歪む。なんとか堪えて周囲をスキャンしたら、確保した女性から電気が発せられていた。即座に意識を刈り取れば帯電は電源を落としたかように消えたので、一安心して彼女を抱え直した時固まってしまった。

     腕の中の女性は、見るからにやつれていた。


    ***


     もう何もかも、どうでもよかった。

     せめて一矢報いようと、せめてあいつに一生モノの傷を残してやろうと、最後の力を振り絞ったのにこれだ。きっとあいつは私の刑を可能な限り重くして、確実に私の牙をへし折って被害者面するのだろう。なんなら暗殺くらいしかねない。なんであんな男と関わってしまったのか…。
    「877番、面会だ」
    妹には極力関わるなと伝えたはずだ。賢くも身内思いのあの子が、捕まったと聞いていてもいられなくなったのだろうか。確実にとばっちりを受けるからと口酸っぱく言ったのに。
     不安を抱えて面会室の前まで行けば、なんとあのレトロヒーロー様が反対側にいた。
    「看守さん、参考までに聞かせて。あいつって犯人更生もやってるの?」
    「…聞いた限りではない。ま、お前が記念すべき第1号になったんだろ」
    「うわぁ…」
    めんどくさいことこの上ないとため息つきながら部屋の中に入り、大人しく腰をかける。さっさと終わらせてしまおう。きれいな理想は、他の誰かに押し付けてしまえばいい。
    「…それで?私になんの用かしら?」
    眼前の生真面目そうな顔の男にやる気のない様子を隠さず見せれば、彼は少し言葉を探すような間の後に口を開いた。
    「私は、被害者の言葉が素直に信じられなかった」
    重々しい様子でそう言うものだから、少し笑ってしまった。
    「気狂い女の逆恨みとか、そんな感じだったでしょう?」
    「やはり違うのか」
    「どっちでも関係ないわ」
    「そんなはずはない!」
    どうやら熱血漢らしい。赤がよく似合う。これはさっくり諦めてもらうのは難しいか。
    「私は激情に呑まれた貴方と、今の貴方を見た。被害者の言葉も聞いた…まだ創られて1年が経過したばかりの身だが、それでもわかるものはある。どちらが偽っているのかはわかる…!」
    ああダメだこれは。信じがたいが、創られて一年ぽっちも納得のまっさらさだ。
    「出直してらっしゃい、ばぶちゃん。今の貴方にできることはないわよ」

     ならば、私が教訓になる他ない。

    「看守さん」
    「なんだ?」
    「どうせ、あいつらに目をつけられたんでしょ?盗聴器はないみたいだし、自暴自棄になった私が彼を追い払ったと伝えるといいわ。現状ならその報告で怪しまれないはず」
    「お前…気付いてたのか」
    「これでも最初は正攻法使おうとしてたのよ、私」
    唖然とするニューヒーローに私は微笑む。
    「世の中、黒を白にできるやつなんでいくらでもいるのよ。良い勉強になったわね」
    被害者は少ないに越したことはない。





     二週間後、再び彼が面会しにきた。まあ、もう1回は来そうだなとは思っていた。
     前回とは違う看守に連れられて面会室に向かう。はてさてまだ諦めていないのか、はたまた何もできなかったと謝罪しにきたのか。どっちもあり得そうだなと考えながら、前回と同じ表情を浮かべて椅子に座る。
    「久しぶりね、ばぶちゃん。今日は何かしら?」
    彼もまた前回同様、少しの間の後に口を開いた。
    「今回の看守はこちら側だ。監視カメラも私がハッキングして偽りの映像を代わりに流している。前回は生半可な気持ちで面会して、申し訳ない」
    一瞬、何を言っているのかわからなかった。恐る恐る後ろの看守を見れば、いたずらが成功したような笑みを浮かべていた。
    「…貴方、黒い手段も取れたのね」
    「仲間の提案だ、私の発想ではない。こうでもしなければ話は聞けないと判断した」
    だから教えてほしいと頭を下げる姿を、しばし眺める。少なくとも彼なりに本気らしい。想定外だが、これは様子を見ても良いかもしれない。少なくとも、私以外に被害が及びそうなら事前になんとかしてくれそうだ。
    「前も言ったと思うけど、最初は正攻法であいつに…あの時タキシードを着ていた男に償わせようと思ったのよ」
    「ああ」
    「でもね、権力者ってのは本当にどうしようもないのよ。弁護士も警察も、ぜーんぶ抑え込まれちゃったわ。私が体に鞭打って病院で診断書やら証拠やらを真っ先に掻き集めなかったら、きっと全部なかったことになっていたでしょうね」
    ガラスの向こうの体が強張る。本当に素直な子だ。
    「…何が、貴方をそこまで駆り立てた?」
    「あら、調べなかったの?」
    「貴方を話題に出した途端、看護師が怯えた」
    「ああ、後からちゃんと釘刺したのね。用心深いこと」
    それなら最初から馬鹿なことをしなければ良いのにと、あの緑眼を思い出す。
    「所謂痴情の絡れってやつ。婚約者がいるのに、結婚まで遊びたいからってそこを隠して私と関係を持ってたのよ。いけしゃあしゃあと私との結婚を匂わせながら、ね」
    バキッと何かが割れる音がしたので音源に目を向けると、彼側のカウンターにヒビが入っていた。
    「ばぶちゃん、それどう誤魔化すの?」
    「……私が別の理由で怒ったことにする。続けてくれ」
    一抹の不安を感じながらも、言われるがままにした。
    「で、私はしっかり証拠を集めた上で攻めたんだけど…今思えば、もうちょっと冷静でいるべきだったわ。お腹の中に無力な命がいたんだから」
    灰と白の顔でも血の気は失せるらしい。余計な知識が増えた。
    「ま、まさか…」
    「一人で攻めたばっかりに、階段突き落とされてね。病院で目が覚めた頃にはお腹は空っぽ…正直、あの時点で暴力に走らなかったことを褒めてほしいくらいよ。ショックで電気の力に目覚めたんだから」
    ズビッと鼻を啜るような音が後ろから聞こえてきた。ヒーローに手を貸すだけのことはある。
    「…ばぶちゃん、私はね、あいつが一生後悔する出来事になりたかったのよ。あの子のためにも、正攻法で勝ち誇ってみせたかった。でも無理だった…そうなったら、もう手段なんて選んでられない。賢い判断なんて蹴っ飛ばすわ」
    パリッと電気を一瞬纏って見せれば、彼はすぐ身構える。心乱されても警戒心は十分。なら大丈夫だろうか。
    「ねえ、ヒーロー。貴方に、私が救えるかしら?」
    挑戦的な、嘲笑うような笑みを浮かべれば、黄色い目の奥に火が灯った。
    「それこそが、私の使命だ…!」





     いやはや、スーパーヒーローを名乗るだけのことはあるらしい。3日後にはやる気に満ち溢れた様子で、これまた負けないくらい闘志を漲らせた弁護士を連れて戻ってきた。
    「よく見つけたわね、ばぶちゃん」
    「私を創った方の雇い主が敵のことをご存知で、喜んで協力を申し出てくれた。どうやら親の方もどうしようもないらしい」
    なるほど。ずいぶんと周囲に恵まれているらしい。
    「ちなみに、その雇い主って?」
    「カプセルコーポレーションのブルマ社長だ」
    たっぷり5秒後、私は爆笑した。
    「ウッソでしょ…!王様の次に来る最強クラスのコネじゃない!」
    「事実だ」
    「本当ですよ。名刺はお渡しできませんがご覧の通り、カプセルコーポレーションの顧問弁護士です」
    ああ、終わった。あいつらは地獄行きだ。そう考えるとおかしくてたまらない。
    「あーあー、まさかどん底でジャックポット決めるなんて…人生って何が起こるか本当にわからないわね!良いわ、私が掻き集めた証拠の原本の在り処を教えてあげる!」
    そうして証拠を密かに管理している妹のことを教えると、彼の瞳が輝いた。
    「信じてくれるのか…!」
    「こーんな最強カード切られたらね。やけ酒に付き合った時に立て替えた代金を払ってほしいって言えば金額を聞かれるから、9万2千円って答えて。それが味方の合言葉」
    これで、私の1番の目的は果たされる。私の罪状は消えないだろうが、そんなもの正攻法を諦めた時点で覚悟の上だ。物を壊したり関係ない人を傷つけたりしてしまったことは事実なのだから。
     そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、彼は顔をキリッとさせて私に言った。
    「必ず、貴方を救った上で彼らに償わせてみせる」
    「…本当に熱血ねぇ、ばぶちゃん」
    一体、何がそこまで彼を掻き立てるのやら。





     事態が動き出すと彼の代理が面会に来ることもあった。
    「聞いたよ。1号のことを『ばぶちゃん』って呼んでるんだって?」
    彼の青い相方はずいぶんとフランクだ。得意不得意を補い合えるように設計されているのだろうか。
    「あら、実際そうでしょう?人間なら二歳くらいまでは赤ん坊よ」
    「ボクらは人造人間なんだけどなー…ま、面白いから良いけど」
    「問題の彼はどうしたの?」
    「弁護士さんと一緒に飛び回ってる。こっちに来るかギリギリまで迷っててさー、お姉さんのことが気になってしょうがないみたいで」
    口にした光景を思い出したのか、青い彼はくつくつ笑い出す。
    「こんなタチの悪い女に弄ばれる相方が心配にならないの?」
    悪ぶってそう聞いても、彼の笑みは消えない。
    「君、振り回すの上手そうだから。1号には良い刺激になるさ」
    そこから出られたら一緒に振り回そうねーと陽気に去る姿を見ながら、私はひとり妙に納得した。

     青い方の婚約者を名乗る女性が来た時は流石に驚いた。
    「おませさんなのね、彼。生まれて1年足らずで結婚の予定があるなんて」
    「私達とは色々勝手が違いますから」
    モンスタータイプの血筋なのか、肌が青い。聞けば普段はブルマ社長の秘書兼ボディガードをしているのだという。
    「社長さん、ずいぶんと乗り気なのね」
    「どうも、問題の彼が社長の旦那様をパーティで馬鹿にしたことがあったらしくて…」
    「旦那さんを?」
    ブルマ社長が良識ある人でなければとっくに地獄行きになっていたのではなかろうか。我ながら男を見る目がなさすぎて頭が痛い。
    「はい。まあ、あの人も黙って言われるがままでいるタイプではないんですが」
    「というと?」
    「そいつが使ってたフォークをナプキンで拭いた後、目の前で瞬く間に直径2センチほどに丸めて『次は貴様だ』って言ったそうです」
    いや本当に、なんでまだ生きてるのあの男。
    「…私、目が腐ってたのね」
    「ま、まあまあ!結婚するまでわからなかったとかよくある話ですし!」

    「昔ならテーブルと床が犠牲になってたわねーって、ブルマ社長が笑ってましたね」
    「そろそろ貴方達の常識外れっぷりに突っ込んだほうがいいのかしら…」





     「━━━ねえ、どうしてそこまで頑張るの?」
    久しぶりに一人で面会しに来たから、思い切って聞いてみた。もうすぐあいつがギロチン台に登るからこそ、この疑問は解消しておきたかった。きっと全て終わればもう会えなくなるだろうから。
    「…最初は、貴方の激情がわからなかった。その理由を理解しなければ、真に事件解決はできないと思った」
    猫のような瞳は、相も変わらず炎が座している。
    「話していくうちに、貴方の激情は思いの深さから来ていると判断した。怒りも憎悪も、全ては貴方が真剣に愛したからに他ならない……さらに貴方は、逆境にあっても目を逸らさずに物事に向き合って進み続ける精神的な強さも持っていた。その2つと奴らの理不尽の結果生まれた貴方の暴力は人間社会においては認められないものだが、根元にあるものは否定されてはならないと…少なくとも、私は思っている」
    ああずいぶんと、私も絆されたものだ。頰杖をついて、小さいながらも穏やかな笑みを浮かべて彼の言葉を聞いているのだから。

    「強く美しい貴方が、戦う術を奪われたまま踏みにじられるのは…許せなかった」

    「……ばぶちゃん、貴方もおませさんなのね。こんな状況で口説いてくるなんて」
    そう言ってからかったら、ワンテンポ遅れて彼がエラー音のようなものを出しながら沸騰した。
    「ちっ、ちがっ!?お、俺はっ…いや私はそういうつもりでは!」
    「あら、『俺』が素なの?私と貴方の仲だし、別にかしこまらなくてもいいわよ…ああ、それとも仲良くなったつもりなのは私だけかしら?」
    「忘れてくれ!…あいや、仲良くなったのは忘れなくていい!って、あっ、こ、これも口説いているというわけではなく━━━!」
    あの弁護士が来た時の悪役のそれに似たものとは違う、ただただ面白くて楽しい大爆笑をあげる私に彼が必死に弁明する。

     こんなに楽しいのは、いつぶりだろうか。





     あの弁護士がどうやったのかは知らないが、私の豚箱送りが取り消しになった。当時の精神状態では責任能力はないと判断されたらしい。ついでにあいつは親共々実刑判決かつ、どうやら婚約者側にも嘘をついていたらしくそっちの民事裁判がこれから始まるらしい。流石はカプセルコーポレーションの弁護士、敏腕ってレベルではない。
     私は釈放された後、ブルマ社長のご厚意甘えて彼女が持つ別荘で療養している。なんなら遠回しなリクルートもされた。何故そこまでと聞けば、この世の全てを持っていると言っても過言ではない彼女は笑ってこう言った。
    「1号があんなに頑張ってたらねぇ…応援したくもなるわよ」
     貴方も幸せ者ねと言われた私は、どんな顔をしていただろうか。

     そうして彼はやってきた。どこから調達したのか、大きな薔薇の花束を持って。青い兄弟にぐいぐい押されながら。
    「あらあら、すごい数。何本あるの?」
    いつものようにくすくす笑いながら尋ねれば、聞き取れないくらいか細い声で彼が何か言った。
    「ごめんなさい。私、人造人間じゃないから今のは聞き取れないわ」
    相方に背中を強めに叩かれてよろめきながら近づく彼の顔は、薔薇に溶け込めそうなくらい真っ赤で。
    「で?何本かしら?」
    下から覗き込むように彼を見上げれば、覚悟を決めたのか、いいかげんからかわれるのが嫌になったのか、やけっぱちと言わんばかりの表情で彼が言い放った。
    「108本だ!!」
    結婚関連の雑誌を読んでいた時期があったおかげで、その意味を私はすんなりと記憶から引っ張り出せた。
     ああ、最近どうにも頬の筋肉を酷使している気がしてならない。彼は私を笑わせる天才だ。
    「貴方って本当に可愛いわね、1号」
    初めてそう呼んで唇を塞げば、あのエラー音が鳴り響く。

     彼が私にだけ鳴らす、世界一可愛い愛情表現が。
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