ぼんやりのその訳は。 何でもないふりして、おやすみの挨拶をして、僕はゼルダが階段の上に消えるのを見送った。
それから、努めていつもどおりに、自分の部屋の扉を後ろ手に閉めて、振り向かずに鍵をかける。
そのまま、扉にもたれて、ズルズルと座り込んだ。
隣からはセバスンの気配がする。
だから声は漏らせない。
手で口をおおって、詰めていた想いを大きく吐いた。
顔が熱い。赤いかもしれない。
大丈夫だったかな?
何とか立ち上がって、フラフラ覚束ない足でベッドに倒れ込んだ。
寮のベッドは、少しだけ固い。
それでもこの世界で一二を争うくらいには落ち着く場所だ。
その大好きな落ち着く場所のもう一つ。
幼なじみの隣が、どうも最近落ち着かない。
わかってる。
わかってた。
ちょっと前から変だったんだ。
どっちが先か。
何がきっかけか。
そんなくらいだったと思う。
ゆらゆら揺れるやじろべえみたいに。
境界線をゆらゆらしてた。
そんな僕ら。
脳裏に今日の嬉しそうな彼女が浮かぶ。
予選を突破して、鳥乗りの儀のメンバーに選ばれたと話すと、すごく喜んでくれて。
そのかわいい顔を笑顔にして、ますますかわい顔で抱きついてきた。
僕もワクワクしてたし、あまりに突然で、なんだか自然で。つい昔みたいに抱きしめてから、しまったと思った。
一度背中にまわした手が、どうしたもんかと空をさまよった。
『ねぇ。まだ内緒なんだけど、今年は私が女神役なの。一緒に儀式をしましょう!約束よ!』
間近で笑う彼女に、何て答えたろ。
確か『うん』と、は言った気がする。
どうしよう。
どうしよう。
嬉しい。
けど、どうしよう。
誘われちゃった。
どんなつもりなのかな?
そのまんまかな。
儀式には、ジンクスがある。
必ずしもじゃないけど、優勝者と女神役はーー。
「あぁぁーーぁーーっ!」
考えたら思わず声が出た。
チュチュみたいにベッドの上をモゾモゾと動く。
「っ、リンク?! 君、その……大丈夫?」
衝立を挟んだ隣の部屋から、躊躇いがちなセバスンの声がして我に返った。
「ダイジョウブ。ゴメン。ウルサクシテ。……その、ありがとう」
動揺から変な声が出て、申し訳なくて、恥ずかしくなる。
「そう? ならいいんだ。ごめんね。ボクこそマナー違反だ。隣から声かけたりして」
「セバスンの優しさは、わかってる。おやすみ」
「おやすみなさい、リンク」
安心した彼の声に、僕もほっとした。
でも、すぐに頭をいっぱいにするのは、約束の事。
たぶん優勝するのは無理ではないと思う。
けど、バドだって死ぬ気でくるだろうし、他の二人は彼を手助けするだろうし、気は抜けない。
なのに何だろう。
ゼルダの前で跪いて、彼女から祝福を受ける。
そんな事しか考えられなくなっちゃった。
(あーー、助けて! 女神さま)
そう祈ってもなぜか最後に浮かぶのは、彼女の笑顔。
僕の幸運の女神は、きっとゼルダなんだろう。
なら、きっと大丈夫。
明日から練習をしっかりやろう。
そうして、僕はそのまま夢の中へと落ちていく。
また、あの夢を見なきゃいいな。
次の日。
そう思ったのに、まったく練習に身が入らない。
ゼルダから見てもぼんやりしているそうで、怒られた。
怒った顔は、怖いよりもかわいい。
しょうがない。
バードに乗っていると、どうしても鳥乗りの儀で優勝する幻を見るんだ。
その後、君に何を語ろうかともーー。