君と僕の距離「綺麗ね」
と、ゼルダが囁く様に言った。
「そうだね」
と、驚いて、咄嗟に返して黙り込む。
夜は外に出られない。
まだ騎士学校中等部の僕達は、その許可もないし、実力もない。
だから皆が寝静まった校内の寮の一室で、二人肩を並べて空を臨む。触れるか触れないか。けど、ぬくもりを感じる距離。
鼓動が煩くて、息が苦しい。
「また来年も一緒に見ましょうね」
「うん。そうだね」
どんなつもりで言ってるの?
問いかけたいのに、口に出せない。
数日前にホーネル先生の授業で習った古典の一節が頭を過る。
『月が綺麗ですね』──それは、昔風にこっそり愛を告げる台詞だそうだ。
なんて答えたらよかったのかな?
今更、悩んできた。
こっそり隣のゼルダをのぞき見る。
何も遮る物のない空で、ぽっかりと浮かぶ月が、暗くした部屋の中、彼女の顔を柔らかく照らしていた。
「なぁに?」
「……ううん。なんでも」
視線に気づいたゼルダがこちらを向いた。
心臓がドキリと大きく鳴る。
「月が綺麗だ」
「そうね」
ゼルダが応える。
その声は、なんだか胸に染み込むようだった。
それが、今の僕らの距離。
また来年。この部屋で君と同じ月を見られますように。
そう願って、そっと隣の彼女の頭に自分の頭をくっつける。
すると、ふふふ、と。ゼルダが小さく笑った。