ある日。「………君、またそんな所で寝ているのか」
うとうとしていると、後ろから呆れ声が聞こえた。
きっといつもの『彼』だ。
「あれ? ここってどこだったかな」
「はぁ…そのタレ目かっ開いてよく見てみなよ」
「ん?」
廃れて壊れた建物に、腐った泥のような水。所々に咲いた闇花。頭上に蠢いているのは暗黒竜ー…
「あらまぁ」
捨てられた地の辛うじてマンタがいるエリアだった。
「眠い時にこんな場所に来るなよ。草原にしろって言ってるじゃないか」
「ふふ、あなたは優しいんだね。わざわざ僕を起こしに来てくれるなんて」
「うるさい。ついでだ」
「あ、ノルデ」
体を起こし、第一に目が合ったのはとんがり帽子に黒マントの少年体躯。不服そうな顔をして自分を見下ろす彼ーー…の次に目が合ったのは青いサーチライトだった。
「ん?」
バチっという弾ける音と共に怪物が唸りをあげる。彼が逆光を浴びて輪郭が赤く照らされた。
「後ろ、龍だよ」
「ほら言わんこっちゃないじゃないか!」
彼は慌てて自分を引っ張っていき、岩陰に身を寄せさせた。ノルデは一人旅をしていて、流石龍の回避には気転が効いている。
肩を縦に揺らすノルデは、吊り目を更に釣り上げていた。
「…『龍だよ』じゃないんだよ…逃げろよ」
「ふふ、そうだね。怖かった」
「怖い…? 君のどこにそんな感情が」また彼は呆れる。
「あるよ、ほら」
バロンは彼に手を差し出した。手を繋いだ時、聴こえるのは生きる光の鼓動。
ノルデとバロンは片方ずつの手のひらを重ねて握った。僕たちの中には言葉以上に明確な音がある。
「…………」
「ふうん」
彼は興味なさげに外に目をやった。顔は見えない。
「鼓動が早いのは君が『怖い』と感じたという証拠だ…珍しいこともあるものだね」
「珍しくないよ。だって、びっくりしたんだよ。怖いじゃない…あれは龍だもの。わかるでしょ」
自分は結構本気だ。あれに対する怖い感情くらい知っている…つもりなんだ。知っているだけかもしれない。
「…いつもヘラヘラしてるから気付けないんだ、ばか」
「そうは言うけれどあなたは僕を助けてくれる」
「…もう2度と助けない」
「それ、前も聞いたよ。ありがとうノルデ」
「うわー!調子狂うからもう何も言うな!」
僕は素直に礼をしただけなのに、彼はどうも素直になってくれない。いつものことだけれど。
でも僕は、この空間が心地よくて、好きだ。
「僕は楽しいけどね」
「………楽しくなくはないけどさ」
1人が好きな僕らの、自由な日々の、とある一瞬。