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    視力検査のC

    @savoy192

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    視力検査のC

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    それだから君は厄介さ(未完)①

    ややこしい設定ですが、n巡後の1部舞台でダニーの死から1年後ぐらいで、エリナさんとはまだ会っていません。
    ディオ君の悪意に鈍感なジョナさんと、ジョナさんの心の隙間に付け込みたいディオ君の話。
    友情寄り?でお互いに本心を測りかねてぎくしゃくしている……みたいな関係です。

    ややこしい設定ですが、n巡後の1部舞台でダニーの死から1年後ぐらいで、エリナさんとはまだ会っていません。
    ディオ君の悪意に鈍感なジョナさんと、ジョナさんの心の隙間に付け込みたいディオ君の話。
    友情寄り?でお互いに本心を測りかねてぎくしゃくしている……みたいな関係です。

    それだから君は厄介さ



    a.夕焼けの赤い色は

     ジョースター邸を北に1マイルほど進んだところに、背の低いシダの草が群生する丘陵地があった。
     緑の海が、地平の果てにまで広がっていた。
     そこに黒の頭髪と金の頭髪がふたりぼっちで浮かんでいる。ふたつの頭は夕陽の光に照らされながら、背の低い草原の中を粛々と歩んでいた。
     辺りは草の匂いに満ちて、しっとりとぬれた爽やかな匂いが鼻腔をやわらかく擽(くすぐ)っている。
     にわかに風がごうと吹き、遅れて土ぼこりが髪に絡み付いた。突然の不快感に黒髪の彼は頭を振って思わず空を見上げてしまう。じわりと照りつける陽射しは、いつの間にか鬱々と立ちこめる雲に遮られていた。空は明らかに雨の兆候を示していた。

     ジョナサンとディオは屋敷を離れて丘の上を散策していた。
     暮れ時の冷えた風を体全体で受けながら、馴染み深い遊歩道をさくさくと踏みしめていく。足元に茂るシダの葉に、ひざ小僧を柔く擽(くすぐ)られる。
     そのうち、しっとりと冷えた風がジョナサンの髪間の地肌をも撫で上げてきた。その生々しい感触といったら。背筋に寒気が走り抜けたのち、腕には無数の粒が浮かび上がった。ジョナサンは捲っていたシャツの裾を下ろし、少しでも暖かさを得ようとした。
     
     ふと、小さなごみが目に入った気がして瞼を強く擦り始める。風に牧草の屑が混じっていたのだろう。
     するとあまり間を置かずに、ジョナサンの後方からは小さく笑う息が聞こえてきた。
     ジョナサンがよく耳を澄ませてしまったのがいけなかったのだろうか。ディオは風に混ぜて誤魔化しているのかもしれなかったし、或いはあからさまに聞かせているのかもしれなかった。
    そう思わせるような、嫌な哂(わら)い方をしていた。
    「なんで今笑ったのさ」
    その小馬鹿にするような忍び笑いが癇に障って、ジョナサンは連れ添っていた義弟を咎めた。
    「いや?別に」
     しかし当のディオはどこ吹く風といった顔。視線は西を向いていた。白い夕日に眩しそうに目を眇め、口元に薄い笑みを留めた、本意を悟らせぬその顔ばせ。
     いったいこの義弟は何を考えているのだろう。
     はぐらかされたことにムッとして、ジョナサンは小声で反抗を試みた。
    「……そうやって僕を馬鹿にするのやめてくれよ」
    「何か言ったか?」
     ほんとうに小さくぼそりと呟いたつもりだったのに、ディオはそういった陰口については耳聰いのだった。横目で探るような視線がきろりと向けられ、ジョナサンの心臓は一瞬強く跳ねてしまう。
    「別に!」
     相手の真似をして皮肉るなんて子供じみている、と自分でも思いつつも、ジョナサンは彼に一矢報いずにはいられなかった。彼はいつもこうなのだ。
     ディオは未だ丘の上で西の方を見続けている。
     ジョナサンはそっぽを向いて道の先へ行こうとした。
     そのまともに取り合おうとしない態度はいったいどういうわけだろう。話を聞いてもらえないのは嫌な気分だ。
     しかしそんなジョナサンの気持ちなど知るはずもなく、ディオは感傷的な、あるいは警戒するような眼差しのまま、様子を少しも変えなかった。
     立ち止まったまま、僅かな陽の光に金糸は透け、毛先を風に靡かせている。
     彼は遥か遠くの景色を見ていた。
     ジョナサンはすたすたと十歩ほど丘の下へと降りてしまっていたが、やはり彼が付いてこないのが少し心配になった。
     (やっぱり無視するのはダメかもしれない)
     先へ踏み出したいのをぐっと堪えた。意を決して丘の上を振り向き、そして義弟の視線の先を追った。

     昼過ぎまでは晴れていたはずだった。それなのに、いつの間にか、鼠色の雲が西の空を覆い隠し、次第にこちらの頭上をも包み込もうとしていた。
     夕日の影は既に見えなくなっていた。気温は涼しいを通り越してもはや肌寒いほど。空模様のあまりにも急激な変化に、ジョナサンは首の後ろがぞわりと震えるのを感じた。にわかに鳥肌が広がって、なかなか収まる気配がなかった。
     鳥のうるさく喚く声が森の彼方から響いている。
    「ディオ、雨が来るよ」
     やはり不安を隠しきれず、ジョナサンは震える声で丘の上の義弟に呼びかけた。
    「そんなの見りゃわかるだろう。だからそろそろ屋敷へ戻ろうって言ってるじゃあないか」
     ディオは雨雲から視線を引き剥がし、即座に大声で答えた。今度はジョナサンの方をきちんと見据え、微笑みすら浮かべている。
     ジョナサンは、そんなことは初めてきいた、と思いつつも返事が返ってきたことに少し安堵した。どうやらディオは僕を少しからかいたかっただけのようだ。
    「わかったよ、ディオ。帰ろう」
     ジョナサンはやや呆れを含ませながらも、再びディオに明るく呼びかけた。そして素直に丘から降りてきたのを確認すると、二人で屋敷への帰路に就いた。
     草の道を踏みしめているうちに、空気は次第に湿りを増して、雨粒が混じっているようにも感じられた。重く垂れ込めた空は厳粛に二人に帰宅を促している。

     ふいに、ジョナサンは愛犬ダニーのことを思い出していた。
     彼はこんな夕方の散策時、いつも後をついてきていたはずだった。
    彼の気高い吠え声はもう二度と聞こえることはない……そう思うと、急に身を引き裂くような寂しさが襲ってきたのを感じた。


    ◇◇◇

    b.不穏の朝

    夜明けはとっくに過ぎていて、窓の外は憎たらしいほど晴れ渡っていた。朝日で木々は緑に萌え、鳥がうるさく喚いている。それらは雨夜を無事に乗り切ったことを喜んでいるかのようだった。
    雨の降った翌朝はいつもこうなのだ。寝室のカーテンの隙間から入り込んでくる白い陽の眩しさに、ジョナサンはかえって気分が落ち込むのだった。それが特に、あの彼と上手くいってない時はそうだ。カーテンを開け、大きく伸びをしても、心があまり沸き立つ気はしなかった。


    「ロンドンに出掛けるって?」

    起き抜け後、僕は朝から何やら慌しそうにしているディオの様子に目を留めた(と言っても彼は焦りをあまり表に見せようとしないので“比較的”そう見えるだけなのだが)。朝の祈りもそこそこに、少し彼の動向を見守っていた。
    どうやら彼は屋敷を往復して荷物をまとめているようだった。ディオはどこか旅行にでも行くのだろうか?と支度を手伝っていたメイドに尋ねると、ディオ様はロンドンに御用事があるのだそうですよ、との答えが返ってきた。ひとまず礼を伝えるが、どこか釈然としない思いが拭えなかった。
    諸々の準備が一段落したと思われた頃、僕は2階の回廊にいたディオに話しかけた。
    「なんだ、ジョジョか……ああ、今日の正午にはここを立つよ。誰に聞いたんだい?」
    ディオは衣装室から出てきたところらしく、秋用の外套を肩に掛けていた。目を緩く細め、極めて朗らかに尋ねてきた。
    「アナベルに聞いたんだ」
    「なるほど」
    彼の声音は平静そのものだったが、僕はそのすぐ後に、あの口軽め、と彼の唇が音もなく動いたのを見た。ひやりと胸中を冷たいものが走ったが、僕はその温度を無視してしまった。
    「随分急じゃないか、ディオ。何かあったのかい?」
    会話を続けようと、ぎこちなく微笑みを作る。
    「別に急でもないさ、僕の中ではな。ほら、今日来るはずだったマーロウ卿がお風邪を召されたからって、僕らしばらく来客も何も無くてヒマだろう。だからこの機会に昔馴染みに顔でも見せに行こうかと思ってね」
    ディオが少し気取った言い方をしているのがどうにも引っかかったが、彼はきっと友人に会うのが楽しみなのだ、と得心した。
    「ディオは友だちに会うのが好きなんだね」
    「そうか?別に人並み程度だとは思うが……ああ、それこそジョジョ、お前、そんな人見知りでこの先やっていけるのか?最近は特定の友人がいないみたいじゃあないか……図書館にばかり逃げ込めば良いってもんでもないんだぜ」
    ディオは肩を組んできて、からかうように僕に笑いかけてくる。
    その時僕は余計なお世話だと返すつもりだったのだが……相手の顔面が目の前にあったがために、思わず彼の目をまじまじと見てしまった。
    同情に似せた嘲笑。
    彼の目の奥はそれを物語っていた。
    なんてことのない会話の延長でさり気なく毒を含ませ、その効果を見て彼は楽しんでいる。ディオにとっては自然体なのだろうが、そういったところが僕はやはり苦手だった。
    「……それは……」
    気にしていたことを指摘されて僕は暫し言葉に詰まってしまった。
    「……自分でよくわかっているよ」
    ためらいがちに目を伏せたあと、何とか他の話題を探そうとした。しかし次のディオの一言がやはり余計だったので、その必要はすぐになくなった。
    「ま、お貴族様は人脈の広さが命だろ?お前も早く付き合いだとか嗜みだとかを覚えないとマズいんじゃあないか?」
    「なっ……『お貴族様』って」
     その物言いはあんまりじゃあないか。
     紳士を目指している自分の目標を否定された気がした。
    「そんな言い方は止せよ。君も今はその一員で、ジョースター家の子息なんだぞ」
    「ああそうだな!」
     彼はいきなり身を引いて、僕の肩を掴んでいた手をパッと離し、吐き捨てるように、しかし高らかに宣言するようにこう言ってのけた。
    「我が身可愛さに躙り寄って互いの顔色を伺い合うような奴らの一員さ!ぜひ参加してやろうじゃあないか。権力欲、金銭欲、数多の欲望ひしめくその渦中にな!」
     上流階級への宣戦布告。それを突きつけたディオの胸に、僕は勢いのあまりよろめいてぶつかりそうになった。しかし彼はそれもヒラリと躱して、したり顔で廊下の角の向こうへと消えていった。
     君が貴族をそんな風に見ているだなんてショックだ……と僕は打ちひしがれながら、その後ろ姿を呆然と見送った。
     頭の中では、義弟の架空の高笑いがだんだん大きくなって、響きわたっていた。何だか突然に裏切られたかのような、不意打ちをくらったかのような、そんな虚しさが湧いてきた。

     (……いや、僕は薄々気づいていたはずだ。)
     
     ディオが貴族社会に敵意を抱いていることは。彼の境遇を考えれば無理のないことだった。
     それでも。
     だからこそ、僕は彼のことを『家族として歓迎』したいと思っていた。そう、いつか言おうとして……いまだに言えていない。ほんとうは、僕は彼と対等な関係になりたかったのだ。反抗的なところもある彼と過ごすうちに、そう、いつしか心に決めていた。

     (でも、そう言ってしまっては、余計に彼を怒らせてしまうのかもしれない)

     拒絶される不安……それに苛まされるのはもう嫌だ。とてもじゃないが身が持たない。
     ああ、僕はなんて精神が弱いのだろう。今も保身ばかりを考えている。
     一体どうしたら……

     回廊を歩き回りながら、僕は義弟への思いを言葉にする機会を失い続けているという事実に思い至った。
     袋小路に当たっては、またグルグルと同じところを行き来する。そんなことを繰り返した。

     (誤魔化しようのないほど、僕らの関係はギクシャクしてしまっている。それなのに、どうしていつも上手く行かないのだろう。本当はもう少し話すべきことがたくさんあるはずなのに)

     自分の用事に戻ろうと、自室への廊下に足を進める。真鍮のシャンデリアが厳しい表情で並んでいて、まるで生徒が難問を解くのを待っているかのようだった。焦りは自然と足を早め、部屋に入ってドアを閉めたところでやっと僕は一息つくことができた。そのままドアに寄りかかって、何とか動悸を落ち着かせようとする。胸を大きく上下させた。
     ふと、窓の外に目が行って、烏が群れをなして飛んでいるのを見た。よく見ようと窓枠に近づいて、丘の向こうで、近所の子どもたちが集まって何やら流行りの遊びをしているのを見た。僕は……いつから近所の子たちと遊ばなくなっただろうか。それはつい最近のような気もするし、ずっと前からだったような気もする。一体何がきっかけだったのだろう?失って傷つく痛みを知ったのは……
     ……ううん、これ以上深入りするのはよそう。きっと忘れた方が良い出来事だ……

     ふと湧いた疑問は、日常生活にふわりと溶けていった。



    ◇◇◇


     ジョジョのやつ、ダニーの死のショックの方がよほど大きいのか、前後に俺が何をしたのかあまりよく覚えていないようだ……どうも都合の良い事に。
     しかし、そう俺が仕向けているのは事実なのだから、“今のところ上手く行っている”と喜ぶべきだろうか。確実に奴の心には砂漠ができている。
     それにしても……どうして上手くいっているのか、自分でも不思議なくらいだ。決して物足りないわけではない……が、本当は何か起こるべきだったのではないだろうか?そう思わせるほどに何か重要な因子が欠けている気がする。いや、計画に波風が立たないに越した事はないのだが……
     妙に胸騒ぎがしてならない。



    b´.決意の夜

    「ディオ、こんな天気の悪い日に出掛けなくたっていいじゃあないか……今夜は嵐が来るそうだよ」

     また別の日、ジョナサンは昼過ぎから出掛けようとするディオを呼び止めた。彼は玄関ホールで夜風に備えて厚手のロングコートを羽織り、髪の乱れを整えて、旅行用のハットを被ったところだった。ジョナサンを見る青い瞳は不快感で揺れていた。
     あからさまに眉を顰めながら、ディオは非難を込めて牽制した。

    「お前に俺の行動を決める権限でもあるのか?」
    「そうじゃあないよ……ただ、心配だったんだ。風邪でも引いたり事故に遭ったりしたら、どうしようかと」
    「フン、余計なお世話だと忠告しておくぜ。生憎だがそれほどヤワじゃあないんでね」

     ディオが棘を含ませると、ジョナサンはそんなつもりはなかった、と目に見えて傷ついた。深緑の瞳に困惑の色が滲み、思いつめたような表情を見せた。
     そして、なぜだか、ディオはそれをどこか心地よく思ったようだった。もちろん彼にはその自覚はなかったのだが……きつい眼差しが少し緩んで、ジョナサンのその悲しげな顔を興味深く観察していた。
     (そんな風に見ないでくれ……)
     ディオの視線を感じて、ジョナサンはもの言いたげな視線をやる。
     しかしそれもやんわりと無視される。ディオは、ふ、と笑うと、悠々と玄関ホールを突っ切って、扉を開けて屋敷の外に出て行ってしまった。
     (一体ぜんたい何なんだ……!ぼくが悪いのか…ディオの行動がまるで分からないぞ……ッ!)
     残されたジョナサンは今日もきちんと話せなかった……と悔やんだ。遠ざかる車輪と馬蹄の音を聞くことしかできず、ただ瞼の裏に彼の後ろ姿を何度も浮かべ、疑惑と葛藤と多少のツッコミとを抱えて、よくわからないまま部屋に戻った。


    ◇◇◇

    b".路地裏会合

     薄汚れた家々の谷間を金髪の少年は練り歩いていた。
     曇天の空は工場の煙突から排出されたスモッグで濃い灰色に霞んでいる。辺りを行き交う人々は、みな質素で使い古された襤褸の服を着ていた。
     
     少年は彼らと同様の身なりでうろついていた。ハンチング帽を被り、足首までの麻ズボンを履き、厚すぎないコートを羽織っている。一見すると浮浪者のようにも思える格好だ。雑踏の有象無象の人々に溶け込むように振舞いつつも、時折人目を警戒しているようだった。
     未舗装の、剥き出しの道路を歩くうち、少年のズボンの裾は砂にまみれた。調理済のスープを売る露商や、年端も行かぬ靴磨き屋の前を通り過ぎる。ごく自然に、少年は街の裏地へと入り込んでいった。
     少年はこの界隈に住んでいたことがある訳ではないのだが、この辺りの事情にはよく通じていた。どこにどんな店があるのか、どこにどんな生業の者が住んでいるのか、よく知っていた。
     少年の生まれつき優れた勘と、自分で何度も歩いた経験とが、行先を教えてくれていた。

     (ここはもう廃業しそうだな……客足も途絶えて店主もヨボヨボだ……もう一本隣の通りに行ってみるか)

     貴族の養子になったはずの少年が、こんなスラム街を彷徨(うろつ)いているのには厳然たる理由があった。身をやつしてでも成し遂げなければならないことがあった。

     (……復讐だ。
     俺には覚悟が必要だ。憤怒と憎悪とに身を焦がした、あの熱を忘れるな。
     機を伺い何ともしても息の根を止めるのだ)

     なにやら少年は善からぬ事を企てているようだった。慣れた様子で街を徘徊し、目的の店を探しているようだ。懐の金貨袋を周りに気取られぬように抱えつつ、求める物を探していた。
     そして年若い子どもには似つかわしくない──いや、若いからこそだろうか──身に余る誇大な悪を今まさに構築せんとしていた。

     (数多もの淵を這い上り、高みへの糧へとすること無くば果たしてこの恨みを晴らせようか。
    自分が社会の下層に生まれついたからには上を目指して這い上がるしかない。血膿に絖(ぬめ)る茨道、火よりも熱く氷よりも冷たい泥の河。ここはそういうところだ。この世の地獄さ。病める者はますます病み、貧しい者はますます貧しくなる……川底には餓死者の死体が沈み、そのまま海に流れ着くまで放置されるような場所だ……あるいはバラされて臓器売買のタネにもなっている……この世の理不尽を体現したような場所だ、このクソッタレの貧民窟は!
    だがな、俺はこんな暗く、狭いところで自分の人生を終えたくなかったんだ。あのお人好しのジョースター卿の養子となった今の俺には、無限の可能性がある。俺はこの身一つで必ずやのし上がってこの世の頂点に立ってみせる。
     それにはまず金が必要だ)

     少年は、かつて生まれ育ったこの陰気な街の沙汰からは、いずれ手を引くつもりでいたようだ。しかしちょっとした小遣い稼ぎができる上に、違法物品を容易に入手できることから、なかなか縁は断ち切り難かった。それどころか、悪徳業者に貸し借りを作り、犯罪の温床を自ら育てつつあった。とどのつまり、少年はますます深い闇の世界に入り込みつつあったのだ。

     (ちょっとした刺激で人間の肉体はいとも容易く死に向かうものさ……まぁそう時間も掛かるまい)

     少年は界隈のあちこちを歩き回ってようやく店の目星をつけたようだ。笑みをしまって襟を直し、些か緊張した面持ちで、路地裏のその薄汚れた店へと近づいた。こんなところに少年は一体何の用だろうか。念の為にとちらと脇目で省みる。あとを付けられていないか確認して、忍ぶように店の中へと入っていった。

    ……程なくして少年は店を出てきた。固く険しい面持ちを見るに、店の者との交渉は上手く行かなかったのだろう……風に紛らわすように舌打ちして、街の雑踏へと消えていった。
    その後、彼は安宿を梯子して体を清め、身なりを整えた。
    場所を転々とし、ロンドンを出る頃にはすっかり貴族の少年らしい風体に戻っていた。



    c.昔について


     次の日は珍しく澄み渡るような青空で、風もほのかな陽気さを湛えてほほをくすぐりながら通り過ぎていた。それほど天気が良かったので、ジョナサンとディオは、2人で課題の息抜きにピクニックにでも行くのはどうかねと、ジョースター卿に勧められた。
     ジョナサンとディオはもちろんぎこちない関係のままであった。それでジョナサンは少し躊躇われたが……普段ジョースター卿からは、子どもたち同士の親睦を深めるように耳にタコができるほど聞かされてはいた。それで半ば仕方なく外に出掛けることになった。
     最初は浮かない気分のジョナサンだったが、眩しい日光を浴びてきらきらと輝く森や湖畔の水面を見ているうちに、「天気の良い日のピクニックは良いものだな」と思い始めていた。
     しばらく歩き回って、ようやく湖畔のほとりに、ひと2人分が座るにちょうど良い窪みを見つけた。ジョナサンとディオはそこでひと休みすることにした。瑞々しい草の上に腰を下ろして、持参のバスケットをそっと置いた。
     最初は、静かな湖畔の水面の泡が浮かんだり消えたり、風の凪ぐたびに変わる模様をぼんやりと眺めているのみだった。が、話の種にとディオがロンドン旅行で見たものの話──大道芸だとか蒸気機関の車だとかの話をジョナサンに聞かせているうちに、ジョナサンはたいそう興味を引かれた様子だった。二人にしては珍しく、次から次へと会話が弾んでいった。

     そうしているうちに、話題はディオの昔話へと移ったようだった。

    「ディオ、僕はね、君が食べていたっていうソーセージを食べてみたいんだよ」
     ジョナサンのその言葉に、ディオは一瞬、絶句したような顔を見せた。少し視線を湖の波打ち際に向けてから、ジョナサンに向き直って、呆れた調子で言った。
    「君はそんな労働者みたいなことしなくても良いだろ。」
     からかうような、かつ警戒するような眼差しを向けるディオだった。
     生まれた頃から貴族として育ってきたジョナサンは、特に悪びれる様子もなく、こともなげにこう言ってのけた。
    「でも僕だってソーセージを好きに食べてみたいと思う時があるんだ。」
     はっきりと真面目に主張したジョナサンに、ディオは思案深げに顎に手を当てる。
    「ふーん、ソーセージか……ソーセージね、なるほど」
    「やっぱり駄目だと思うかい?」
     ジョナサンは恐る恐る尋ねた。その視線を汲み取るように、ディオは珍しく目を細めて笑った、ようだった。
    「いや、別に駄目という訳じゃあないさ」
     ディオは声音も努めて和らげようとしていたが、どこか冷ややかな響きは隠しきれていなかった。もちろん、ジョナサンはそれには気づいていなかったが。
     ディオはもう一度表情を取り繕うと、仲の良い友人のように語りかけた。
    「ただ、君は意外とジャンクなものに興味を示すんだなと思ってさ。君は皆に隠れてパイプを吸っているつもりなんだろうけれど、バレバレだぜ。臭いが服に付いてるから。」
    「えっ……そうだったのか。何だか急に恥ずかしくなってきたな……」
     ジョナサンは少し視線を下げてから、急に思い出したかのように顔を上げた。
    「屋敷の皆はどうして僕に注意しなかったんだろう?」
    「そりゃあ、君が主人なのだから気を遣っているんだろ。それに、君はあと数年もすれば成人だ。特別咎めるようなことでもないだろう?」
     ディオはまた無表情で、特に感慨もなく言った。ジョナサンは少し、ディオの言葉に取っ掛かりを覚えた。
     そんなジョナサンの横顔を盗み見て、ディオは自然に明るい声音でこう言った。
    「ま、ソーセージなら港街の食堂ですぐありつけるさ。今度紹介してやらないこともないぜ。お義父さんには内緒でな。」
     悪巧みをするような笑みを浮かべながら、ディオはジョナサンの耳元で囁いた。
     ジョナサンはまだ、先ほどのディオの言葉の意味を考えていた。
     (以前、彼らは僕に対して遠慮なく注意したと思うんだけど……いつからだろう?身嗜みに口煩いメイドがいなくなってしまったのは?
     あれこれ言われなくなったその理由は、僕が大人に近づいているから、ということだけだろうか?本当に?)
     
     ジョナサンがあれこれと考えている間、ディオは湖畔の方へと目をやってのんびりと欠伸をしていた。
     少し疲れて、気が抜けたからだろうか。いつの間にか、ディオは姿勢を崩し、後ろの方へ両肘をついて草の中に寄りかかっていた。脚も、片方を少し曲げながら組んでいて……それがまたサマになっているように見える。ジョナサンはそれをどこか悔しく感じた。
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