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    視力検査のC

    @savoy192

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    視力検査のC

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    夜道にて猫又と遭うこと

    ディ.オジョナ?

    首の後ろで柔らかく滑(ぬめ)りを帯びた、桃ほどの重さのあるものが落ちる音がした。それは夕暮れの平穏な田舎にはおよそ似つかわしくない音と言えた。
    続いてずるり、と何かを引き摺って歩くような音がする。段々とこちらに近付いてきており、ぺしゃり、ぺしゃりと水を撒き散らすようなのも付随していた。
    帰路へと就いていたジョナサンははたと足を止めて、砂利混じりの地面を荒さぬようそっと右足を横にずらした。こちらが立ち止まると向こうも態とらしく大人しくして、動向を伺っているようで、息を詰める音が僅かに聞こえた。どうやらあちらもこの静まり返った細道で同じ方向に向かっているらしい────
    わざわざ付けてくるだなんて律儀だな、と思いつつもジョナサンの直感は相手が一筋縄ではいかない存在であることを示していた。背中を流れた嫌な汗を振り払うかのように、一思いに後ろの夜道を振り返ってしまう。思いの外、体はすんなりと動いてくれた。
    月の無い夜だった。鵺(ぬえ)の鳴き声はとうに去り、生き物たちも今宵は棲家に籠ることに決めたらしく林からも気配を臭わせることはなかった。手元にある燈以外に目を助けるものは他に無く、灯光より先の景色は闇に交じってその輪郭は不確かで、何かが《ある》とも《ない》とも覚束なかった。
    その奥から、緊張を長引かせても無駄だと知れたのか、のそり、と何か大きなものが空気と一緒に揺れた感触がした。それは近づくにつれ、闇の中に薄ぼんやりと浮かぶ白い影がある……。熊のように大きな影が、足音を立てずにしなやかに歩み寄ってくる。だからジョナサンは初めそれを虎だと思った。
    しかし燈の光の届くところの円の縁にそれが足を踏み入れて、段々と正体を明かし始めたところ、それは森の王たる虎とはやや背格好が異なるように思えた。確かにそれは通常よりも一回りも二回りも大きかったのだが、尖った耳と大きな目を持つそれは山を駆ける猫のように思えた。大きな耳を微動させ、長い髭を伸ばしてやはりこちらの出方を伺っているようだった。
    ジョナサンはその猫の大きさにも驚いたが、それよりも遥かに、燈光を反射して毛先を煌めかせる見事な金色の毛並みに目を奪われた。まるで神話の世界を抜け出て俗世に迷い込んでしまったかのような、白く美しい猫だった。ジョナサンは精霊にでも遭ってしまったかと思い、畏怖からじりじりと後退(あとずさ)ろうとする。よくよく見ればその尾は二つに割れており、化生の者であることは明らかだった。
    「うわっ」
    半歩足を引いた瞬間、その猫又はジョナサンに向かって飛びかかってきた。
    勢いを付けて体重を掛けられたために、日頃から体幹を鍛えているジョナサンも流石に少しバランスを崩してしまう。すんでのところで踏ん張ったが、猫の柔らかい尾で脇腹を擽(くすぐ)られ、身を捩った拍子に背中を固い地面に打ち付けそうになった。辛うじて、受身を取ることはできた。が、砂利で背中の何箇所かには切り傷を作ってしまった。起こそうとした肩は目の前の猫又に押し倒され、更に重く重くのしかかられてしまった。
    「フフフフ……こんな形で逢うことになるとは夢想だにしなかったが、これも宿命か運命と言うべきか」
    ジョナサンは肩と脚から猫又の手足を退かそうとして苦闘したが、目の前の口から人語が発されたことに気付いて驚いて顔を上げた。
    「その声……君は、」
    はて、今自分は何を言おうとしたのか。こんな天上の生物は初めて見たというのに。何故だかどこか懐かしい感触がするのだ。獲物を捕らえたかのように眼を炯々と輝かせる猫又をまるで古い知己でもあるかのように感じる自分がとても不思議でならなかった。
    瞳を揺らして黙り込んでしまったジョナサンに痺れを切らしたのか、猫又は反応を促そうと平たくざらついた舌でジョナサンの顔を、顎の下から頭頂部までをべろりと舐め上げた。猫又の舌があまりにも大きいのでたっぷりと涎に塗れたが、ジョナサンは不思議と嫌悪は感じなかった。寧ろ仲違いしていた幼馴染みと長年の時を超えてやっと心が通じ合ったかのような、そんな喜びの予感すら湧いてきそうな────。初めて遭った相手に何故そんな感情が起こるのかやはり奇妙に感じられてならなかったし、ジョナサン自身は理屈の通らぬことはあまり間に受けない質ではあったのだが、「きっと自分の知らぬところで縁があった猫なのだろう」と得心して、猫又の太い首に手を回して彼の愛撫を許容していた。些か血腥(なまぐさ)い臭いが鼻を刺すが、彼から漂ってくる匂いは陽だまりのそれのようで、柔らかく滑らかな毛並みが冷えた肌に心地よい……そのうち服を肌蹴られても、彼の爪が肩に食い込んでも、牙が首に深く沈み込んでも、ジョナサンは催眠術に掛かったかのように、昔からの友人を受け入れるかのように身を委ねていた。

    その後この周辺でジョナサンを見掛けた者はなかったという。
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