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    kou

    @kou_hisumeragi

    アロルク沼にいる文字書き

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    kou

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    ジューンブライド💒🐶

    ワルドギ♀
    ワルショタドギ

    三人婚します🐶

    #ワルドギ♀
    #ワルショタドギ

    犬の嫁入り 僕は今日、あの人のもとへと嫁ぐ。弟とともに。
     こんなにめでたい日はあの日のことを思い出す。

    🐶🐶🐶

    「ドギーちゃん、ドギーちゃん。もう、どこに行ったのかな」

     ボクの名前はショタドギーお兄さん。
     ボクはいまかくれんぼの真っ最中。庭先に干してある洗濯物に隠れてお姉ちゃんことドギーお姉さんをおどかすつもりなんだ!

    「ばぁ!」
     洗濯物の真っ白なシーツを被ってお姉ちゃんの前に飛び出ると
    「わぁ!」
     といってお姉ちゃんは尻餅をついた。お姉ちゃんはイテテと腰を撫でると、ボクのほっぺを両手で挟み込み
    「ドギーちゃんの……いたずらっ子~」
     とほっぺをモチモチしてきた。
    「わっ、わっ、くすぐったいよ、お姉ちゃんっ」
    「いたずらっ子はこうだ!コショコショコショ~~」
    「きゃあ~~~」

     庭先でキャッキャッとじゃれついている仲睦まじい姉弟は、長年こうしてふたりきりで過ごしてきました。
     ふたりには両親というものがおりません。ショタドギーお兄さんが赤ちゃんの頃に戦火に巻き込まれ亡くなってしまったのです。それからというもののドギーお姉さんは、ショタドギーお兄さんを育ててるべく女手でひとつで頑張ってきました。同年代の友人たちが次々に嫁入りしていっても彼女はそうはしません。自分が嫁入りしたら弟がひとりぼっちになってしまうからです。弟が立派な成犬になるまでは嫁入りなどは夢のまた夢でした。

    「お姉ちゃんみてみてっ!ボクおよめさんみたいでしょ」
     ショタドギーお兄さんはシーツを白無垢のように被り、お姉ちゃんのまわりをくるくる回っています。無邪気な弟を前に穏やかな笑みがこぼれます。
    「ふふっ、そうだね」
    「お姉ちゃんもおよめさーん」
     といってシーツをドギーお姉さんにも被せてきました。
    「お姉ちゃんきれい!ワルサムライにも見せたい!」
     ワルサムライの名前を出された途端、ドギーお姉さんの頬に紅がさしました。具合でも悪いのでしょうか。
    「お姉ちゃん、お熱でもあるの……?」
     ショタドギーお兄さんは赤く火照った頬に頬擦りをしながらたずねます。
    「う、ううんっ、ないよ」
    「ほんと?」
    「ほんとだよ!お姉ちゃんはすごく元気だよ」
    「よかった~」
     ショタドギーお兄さんはシッポをパタパタと振りながらお姉ちゃんに抱きつきます。ショタドギーお兄さんはお姉ちゃんに抱っこしてもらえるのが大好きなのです。

     ピクっ!

     ドギーお姉さんは何やら異変を察知したもようです。
    「ドギーちゃん。庭の植え込みに隠れてて。お姉ちゃんがいいっていうまで出ちゃダメだよ」
     突如お姉ちゃんから引き剥がされたショタドギーお兄さんは不安げにお姉ちゃんの服の裾を掴みます。
    「くぅーん……」
    「そんな寂しそうな顔しないで」
     ドギーお姉さんはショタドギーお兄さんのふわふわのお耳をヨシヨシと撫で、ぬくもりを噛み締めるようにギューッと抱き締めます。
    「お姉ちゃんにもしものことがあったら、ワルサムライを頼るんだよ」
     ドギーお姉さんはショタドギーお兄さんを庭の植え込みに隠し
    「絶対に出てきちゃダメだからね」
     と言い残すとひとり玄関の方へと向かっていきました。ショタドギーお兄さんはどうしてそんなことをいうのかと不安でたまりません。

     ドギーお姉さんが向かった玄関の方からは複数人の足音となにやら話し声がします。
    「よお、ドギーお姉さん。約束の日だぜ」
     着物を着崩し帯刀しているいかにもガラの悪そうな男たちがいました。ちまたで金貸しを生業にしているものたちです。
    「すみません……まだ、返せそうになくて」
    「おいおい、踏み倒そうってか。可愛い顔して怖いねぇ~」
     ドギーお姉さんをチクチクと追い詰めている男は、ちまたでは『いやらしい金貸し』と呼ばれている男です。トレードマークは十手で、借金を踏み倒そうとしたものたちはコレで懲らしめるという怖い噂があります。
    「ちゃんとお返しします……もう少し待って貰えませんか」
     ドギーお姉さんはカタカタと震えながらいやらしい金貸しに頼み込みます。
    「今日まで返せなかったらどうなるか。あの時の“約束”忘れてねぇよな~」
     いやらしい金貸しは手のひらの上で十手をペチペチとわざとらしく叩きます。
    「ヒッ……!」
     ドギーお姉さんは怯えながら
    「……覚えています」
     とか細い声で答えました。
    「そうか。なら、自分と弟どっちを犠牲にするかは決まったか」
    「……ッ!弟は関係ない。巻き込まない約束だっただろ。連れていくなら僕を連れていけ!」
     ドギーお姉さんは震えながら啖呵を切ります。かわいい弟のためなら勇気を振り絞って立ち向かえるのです。

    「じゃあ、決まりだな」
     いやらしい金貸しはドギーお姉さんの柔らかな頬を掴みながら薄汚い笑みを浮かべています。ドギーお姉さんは恐怖を胸のうちに抱きながらもと眉をキッ……!とつり上げ、凛とした表情を向けます。ドギーお姉さんの凛とした表情はより一層、いやらしい金貸しを悦ばせました。
    「いつまでその強情さが続くか楽しみだなァ、ドギ~おねーさん」
     いやらしい金貸しはドギーお姉さんの腰に手をまわすと
    「撤収だァ!」
     と配下のものたちに号令をかけ、撤収しようとしています。
    「(ど、どうしよう……お姉ちゃんが……悪いやつらに連れていかれちゃう)」
     庭の植え込みに隠れているショタドギーお兄さんは膝を抱え込み、恐怖でブルブル……と震えていました。
    「(はやく飛び出さないと……お姉ちゃんが……)」
     ショタドギーお兄さんは震えながらも立ち上がろうとしました。そのとき

     ガサッ

     と服の裾が植え込みの葉を掠めてしまいました。
     あっ……!物音をたてちゃった。
    「おい、そこの茂みに誰かいるのか」
     ジャリジャリと地面を踏む足音をショタドギーお兄さんに忍び寄ります。あわてて口を両手で抑え呼吸を止めます。
    「(うぅ……こわいよぉ……たすけてぇ……)」
     目をぎゅっとつむり、泣きそうになるのを必死に堪えます。

     いやらしい金貸しはあたりをジロジロと見まわし
    「小動物か何かか」
     と口するとその場を立ち去ることにしました。
    ドギーお姉さんが手に入った以上、この家にはもう用はありません。

     ショタドギーお兄さんは、去り行くドギーお姉さんの背中を見つめることしか出来ません。怖くて足が竦んで動かないのです。

     ドギーお姉さんの背中に輝くお揃いのお星さまがだいぶ小さく見えるようになった頃、ドギーお姉さんは一瞬だけ我が家の方を振り返りました。植え込みの隙間からはドギーお姉さんは今にも泣きそうな顔が見えました。
    「……っ」
     お姉ちゃんも本当は行きたくないんだ……
    ショタドギーお兄さんは無我夢中で茂みを飛び出します。あとでお姉ちゃんに怒られるかもしれない、それでも構いません。

    「お姉ちゃんっ!おねえちゃんっ……!」
     ショタドギーお兄さんは必死にドギーお姉さんの後を追いかけます。ドギーお姉さんたちはずいぶん先を言ってしまっており、ショタドギーお兄さんの声すらも聞こえていないようです。ショタドギーお兄さんの短い足では到底追い付けそうにもありません。
    「まって……!おねえちゃん、いか、ないで……」
     足がもたれそうになりながらも必死で追いかけます。それでも距離はいっこうに縮まりません。
    「まって……わっァ!」
     道端の小石につまずき、べしゃっ!と前のめりで転んでしまいました。
    「うぅぅぅ~~~~」
     おててやお膝にはたくさんのすり傷が、おでこやぽっぺには泥んこがたくさんついてしまいました。今日みたいに転んでしまったときは、すかさずドギーお姉さんが駆け寄ってきてショタドギーお兄さんをヨシヨシと抱っこしてくれます。でも今は……誰も駆けつけてはくれません。
    「……ひっく……ひっく、…………おねえちゃ……ぼくを……ひとり、しないで…………ひとりはやだよぉ………………わぁぁぁぁんん!」
     ガラス玉のような翠の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れて止まりません。喉が潰れそうになるまでドギーお姉さんの名前を呼び続けます。それでもドギーお姉さんは戻ってきてくれません。

     ポツ、ポツ────

     泣き腫らすショタドギーお兄さんの犬耳に雨粒が落ちてきました。このままだと風邪を引いてしまいます。はやくおうちに戻らないと行けないのにショタドギーお兄さんはその場から動こうとしません。ずっとドギーお姉さんの帰りを待ち続けてきます。

     ゴロゴロ

     お空がだんだん怪しげに黒くなり、ゴロゴロとかみなり様が怒っています。はやくおうちに戻らないとかみなり様の餌食になってしまいます。それでもショタドギーお兄さんはおうちに戻りません。それどころか腕で顔をぐしぐし拭うとヨロヨロと立ち上がります。
    「お姉ちゃんを迎えに行かないと……」

     ショタドギーお兄さんは、ドギーお姉さんのことを決して諦めてはいませんでした。まだまだ仔犬ですが、いつか立派なヒーローになるためにいつもヒーローごっこをしているのです。そして今日はごっこ遊びじゃなくなる日。ショタドギーお兄さんはドギーお姉さんの跡をお鼻をヒクヒクさせながらたどります。あいにくの雨、いつもよりも鼻は効きませんが大好きなお姉ちゃんのにおいなら、ちゃんとかぎ分けられます。

     ショタドギーお兄さんは「フンフンッ」と鼻を効かせながらドギーお姉さんの跡を追いかけます。追いかけていると三叉路にぶつかりました。ショタドギーお兄さんは左右どちらに行くか考え込みます。

     右からはお姉ちゃんのニオイがします。右に行けばドギーお姉さんがいるはず。でも、そこにはドギーお姉さん以外に家に押し掛けてきた怖いおじさんたちがいるはずです。自分ひとりだけの力でドギーお姉さんを取り戻せる自信がショタドギーお兄さんにはありません。
    「ボクひとりでお姉ちゃんを助けられるかな……」
     クゥーン……と耳とシッポをたらしたショタドギーお兄さんは服の裾をぎゅっと掴み、ドギーお姉さんのことを思い出します。

    『お姉ちゃんにもしものことがあったら、ワルサムライを頼るんだよ』

     ワルサムライを頼る……。ボクひとりじゃお姉ちゃんを助けだすのは無理かも。それどころかボクも捕まってお姉ちゃんに余計な心配をかけちゃう。でも頼りになる人が側にいてくれればボクでもお姉ちゃんを助けることができるかも……。
    「ボクには相棒が必要だ。頼りなる相棒が……!」

     ショタドギーお兄さんのガラス玉のような瞳に一筋の光が射し込みます。
    「必ず迎えに行くから待ってて!お姉ちゃん!」
     ショタドギーお兄さんはそう言いながら、ドギーお姉さんが歩いていった道とは反対の道へと駆け出しました。


    🐶🐶🐶

     -ワルサムライのアジト-

     あいにくの天気。ワルサムライは家でひとり刃物類の手入れをしていました。
     天気のいい日は町に繰り出し剣客としてあらゆる剣術道場で技を磨いていますが、雨の日はおやすみです。ワルサムライはこうして家で刃物類を手入れしている時間が存外好きでした。今日一日はゆっくり過ごそうと物思いに耽っていると

     ドンドンッ!

     と玄関の戸口を叩く音が聞こえてきました。こんな雨の日に誰でしょう。重い腰を上げしぶしぶ玄関まで向かい戸口を開けます。そこには全身ずぶ濡れになったショタドギーお兄さんがいました。ショタドギーお兄さんは「はぁー……はぁー……」と肩で息をするほどに疲れきっています。
    「……何してんだ、テメエ」
     ワルサムライはため息をつきながら全身ずぶ濡れのショタドギーお兄さんに問いかけます。ショタドギーお兄さんはワルサムライの顔を見るやいなや
    「わぁぁぁぁんん!!わるしゃむらいぃぃ」
     とワルサムライに泣きつきます。
    「うぉおい!まずは身体を拭け」
     ワルサムライはショタドギーお兄さんを引き剥がそうとしますがぎゅっと抱きついたまま離れようとしません。
    「ひっく、ひっく……」
     耳元で泣き腫らすショタドギーお兄さんの背中をワルサムライはトントンと優しく撫でます。
    「テメエの姉はどうした。まさかここまでひとりできたのか」
     ショタドギーお兄さんはワルサムライの肩に顔を埋めながら
    「こくり」
     と頷きます。
    「あー……お姉ちゃんとケンカしたのか」
     ショタドギーお兄さんは瞳を潤ませながら首を横に振ります。水分を含んだ犬耳からはたくさんの水が飛び散りワルサムライの顔にもかかります。それでもワルサムライは怒らずにマントの裾で顔についた泥を拭ってやります。
    「あのね……」
     ショタドギーお兄さんはペソペソと泣きながらここまで来たわけを話します。
    「お姉ちゃんがね、拐われちゃたの……」
    「は?」
    「悪いおじさんたちが来て、お姉ちゃんたちを連れていっちゃったの。お願い、ワルサムライ!お姉ちゃんを助けて、わるしゃむらい……おねがい」
     ショタドギーお兄さんは瞳をうるうる潤ませながらワルサムライに助けを求め続けます。

     ワルサムライは自分のせいでドギーお姉さんが人質にとられてしまったのではないかと焦っていました。ワルサムライはこれまで沢山の悪事を重ねてきました。それ故に多くの恨みを買っています。そのせいでドギーお姉さんに害が及んだのはないかと。
    「…………テメエの姉はどこに拐われたんだよ」
     ワルサムライは額に冷や汗を滲ませながらたずねます。
    「んー……わかんない」
    「おい、どうやって探すつもりだ」
    「えと、お姉ちゃんのニオイをたどって……」
    「んなこと、できるわけ……」
     ないと言いたいところですが、ショタドギーお兄さんは嗅覚に優れた犬の獣人。大好きなお姉ちゃんのにおいならちゃんとかぎ分けられます。
    「方角的にはどっちだ」
    「えとね、おおむかしにお星さまが落ちた場所!」
     大昔に星が落ちた場所……。アマフリ隕石のことか。そこにはたしか天降寺という寺があったはずだ。今はもう廃れて廃寺になっていたはずだが。まあ拐った人間を隠すならおあつらえ向きの場所だな。
    「だいたいの場所はわかった。おら、乗れ」
     ワルサムライはしゃがみこみショタドギーお兄さんに向かって両手をひろげます。意図が掴めないショタドギーお兄さんは「?」を浮かべています。
    「テメエが走るよりも、オレがテメエを抱えて走った方がはやい。抱っこしてやる。乗れ」
    「のるー!」
     ショタドギーお兄さんはワルサムライに飛び乗ると行って欲しい方向を指差します。
    「振り落とされんなよ」
    「うんっ!」


     一方……

    「ヒヒッ、上等な女が手に入ったな」
     マイカ山中にある廃寺 天降寺にはいやらしい金貸したちがおり、寺跡を根城にしていました。拐った人間たちはいったん天降寺に連れてきて売り物になるよう調教を施す。それが彼らのやり方です。天降寺まで連れてこられたドギーお姉さんも例に漏れず縛り上げられていました。

    「僕をどうするつもりだ」
     ドギーお姉さんはいやらしい金貸したちを睨み付けます。
    「たぁ~っぷり調教して、遊郭か見世物小屋にでも売っぱらってやるよ。獣人は珍しいから高く売れるだろうな。ガキの方も拐ってくればよかったな」
     いやらしい金貸しはショタドギーお兄さんも拐ってくればよかったと約束を反故にしようとしています。
    「弟には手を出さない約束だ!弟に手を出したら許さないぞ」
    「誰に向かって偉そうな口聞いてんだよ。自分の立場わかってんのか」
     いやらしい金貸しはドギーお姉さんの首筋に刃物をチラつかせます。
    「先に約束を反故にしたのはテメエだろ。ドギーおねーさん」
    「…………ッ!」
    「今すぐカネを返せねえようなら、テメエに口答えする権利なんてねぇーんだよ!」
     いやらしい金貸しはドギーお姉さんの頬を乱暴に鷲掴みます。
    「だが、テメエがオレの嫁になりたい。っていうなら多少の便宜ははかってやるよ。オレってば、優しいなァ」
     ドギーお姉さんは悩みます。それで弟が借金に苦しまず幸せに暮らせるなら、この身を差し出すべきではないかと……。でも本音を言うなら大好きな人のお嫁さんになりたかった。心の底から愛する人と生涯を添いたげたかった。

     ドギーお姉さんのまぶたの裏には狐の面をつけた男の姿がよぎります。
     さようなら、僕の初恋。
    「ドギーちゃん、あなただけは幸せになるんだよ……」
     誰にも聞こえない声量でひそかに弟の幸せを祈ります。
    「あなたの元に……」
     嫁ぎます。と言いかけたときのことでした。

     ドォォォン……!!!

     と激しい音がすると
    「お嫁にいかないで!おねえちゃん!!!」
     と叫ぶ弟の声が土煙の中から聞こえてきました。
    「ドギーちゃん!?」
     弟の為ならばと承諾しようとしたところに現れたのは大事なだいじな弟とワルサムライでした。
    「どうしてここに……」
    「迎えに来たよ、おねえちゃん!」
     ワルサムライに抱っこされた弟は、にこっと元気いっぱいに笑いながら僕に向かって手を伸ばしてくれている。
    「ドギーちゃん……」
     涙ぐんでいると
    「テメエら何すんだァ!ぶっ殺すぞ!」
     といやらしい金貸しが怒号を飛ばしてきた。恐怖から反射的に腕を引っ込めるといやらしい金貸しは僕の背後にまわり首筋に刃物をつきつける。
    「キレイな顔に傷をつけられたくなけりゃ大人しく従え!」
    「おねえちゃん!!!」
     弟はワルサムライの腕の中でジタバタと暴れている。
    「ドギーちゃん!きちゃだめ!僕ならだいじょうぶだからっ、ワルサムライ!弟を連れて逃げて」
    「………………テメエのお人好しにはほとほと呆れるぜ」
    「え、」
     ワルサムライはその場を動こうとしない。
    「オレがコイツらごときにやられると本気で思ってんのか」
    「そんなことないっ、君の強さは僕が誰よりも知っている」
    「なら、オレを信じろ。ドギーお兄さん、ちゃんと掴まってろよ」
    「うんっ!」

     ワルサムライはスラリと抜刀し、背後からにじりよってきた男たちを剣筋で薙ぎ払う。ひと振りしただけでいやらしい金貸しに雇われた男たちは床のうえにのびていた。
    「強い……!」
     雇われた男たちがジリジリと後ずさる。
    「高い金払ってんだ!働け!オレを守れ!」
     ワルサムライは他の男たちには目もくれず、僕を人質にとっているいやらしい金貸しを鋭く睨み付けた。
    「…………ドギーお兄さん、目を瞑ってろ」
     ワルサムライは高く刀を振り上げる。
     ワルサムライ、すごく怒ってる。何をするつもりなの。まさか……
     怖くなってぎゅっと目を瞑ると
    「ピューイ」
     と指笛が鳴った。
    「ハッ、増援でも呼んだつもりか」
     いやらしい金貸したちはワルサムライの意図に気付いていいないようだ。
     指笛が鳴ったら……

     しゃがめ!

     しゃがんで身を低くする。ワルサムライは刀を床に突き刺し、いやらしい金貸しの頬を素手で殴り飛ばした。刀で斬りつけるだけの価値すらない男と判断したのだろう。
    「グハッ……アッ!!」
     ワルサムライに殴られたいやらしい金貸しは勢いよく壁にめり込んでいる。
    「これに懲りたらオレたちに関わらねえことだな」
     ワルサムライはいやらしい金貸したちに忠告すると床に突き刺した刀を引き抜き鞘におさめた。

    「ワルサムライ。助けてくれてありがとう」
     ドギーお姉さんはワルサムライに柔らかな笑みを向けます。ワルサムライは
    「フンッ」
     と照れくさそうに仮面を深く被り直すとドギーお姉さんを縛る縄を「解いやる」とドギーお姉さんを引き寄せます。身を寄せ合って縄を解いているとワルサムライに吹き飛ばされたいやらしい金貸しは打ち付けた腰をさすりながら起き上がろうとしていました。
    「~ってぇな」
     ドギーお姉さんの縄がとかれようとしていることに気がついたいやらしい金貸しはドギーお姉さんを取り戻そうと腕を伸ばします。
    「ッ!い、!!ふざけんな!」
     ドギーお姉さんを取り戻せた以上、これ以上この場にい続ける理由はありません。
    「ワルサムライ!おねえちゃんを盗んで!」
    「おう!」
     ショタドギーお兄さんが合図を出すと、ワルサムライはドギーお姉さんを抱きかかえます。
    「きゃっ!」
     ショタドギーお兄さんとドギーお姉さんふたりを抱えたまま天降寺からの脱出をはかるのでした。

    🐶🐶🐶

     ワルサムライはふたりを抱きかかえ安全なアジトまで連れ帰ることにしました。道中、ドギーお姉さんが「僕、歩けるよ」「重いからおろしてぇ……」といってもワルサムライはおろそうとせず「大人しく運ばれてろ」などと素っ気ない態度をとります。だいじょうぶなフリをしていますがドギーお姉さんはだいぶ憔悴してます。そんなドギーお姉さんに険しい山道を歩かせるわけにはいかないからです。

    「おら、ついたぞ」
     玄関につくとワルサムライはショタドギーお兄さんとドギーお姉さんをソッと床のうえにおろしてあげます。アジトに着き緊張の糸が切れたのかドギーお姉さんとショタドギーお兄さんは床の上にへなぁとへたりこんでいます。ショタドギーお兄さんはお姉ちゃんに甘えるようにピトッとくっつき
    「へへっ、お姉ちゃんが戻ってきてくれてうれしい」
     とニッコリ満面の笑みを浮かべています。
    「ドギーちゃん……」
     ドギーお姉さんはショタドギーお兄さんをぎゅっと抱きしめ
    「ドギーちゃんが無事でよかった。本当によかった」
     と声を震わせながら安堵しました。
    「天降寺にあらわれたときは本当にビックリしたんだよ。おうちでじっとしててねっていったのに、もう」
     言いつけを守らず無茶をした弟が心配でたまらなかったドギーお姉さんはぷくぅと頬をふくらませます。
    「ご、ごめんなさいっ……」
     ショタドギーお兄さんはワルサムライのマントの中に隠れ、隙間からドギーお姉さんの様子を伺います。
    「ったく、オレを盾にしやがって」
     ため息をつき呆れながらもショタドギーお兄さんをマントの中から追い出すような真似はしません。ポンポンと頭を撫でなぐさめてやります。
    「いっとくが無茶をしたのはテメエもだかんな」
     ワルサムライは釘を刺すようにドギーお姉さんの行動を咎めます。
    「僕はっ……弟を守ろうと」
    「それで弟に心配かけていたら意味がねえだろうが」
    「ならっ、僕はどうすれば……!」
     正論をぶつけられたドギーお姉さんは涙をいっぱい浮かべながらワルサムライに反論します。ワルサムライはドギーお姉さんの細い肩を包みこむようにぎゅっと抱きしめ
    「オレに相談ぐらいしろよ」
     と諭します。
     黙って無茶をしたことをワルサムライも怒っていたのです。他人のことはどこまでも救おうとするくせに、自分のことは蔑ろにしがちなドギーお姉さんのことがワルサムライは常日頃から心配でならなかったのです。
    「助けた報酬として、無茶した理由を聞かせろ」
     ぶっきらぼうな言い方の中にはドギーお姉さんへの心配がにじんでいます。ワルサムライの優しさに絆されたドギーお姉さんは観念してワケを話すことにしました。

    🐶🐶🐶

    「で、金貸しに金を借りたと」
    「うん……」
     生活のため。弟を養っていくため、どうしてもお金が必要でお金を借りるようになったとドギーお姉さんは事情を打ち明けました。
    ワルサムライは真剣に黙って聞きづけてくれました。そのうえで
    「お前なりに弟を守ろうと必死だったのはわかった。だが金輪際、金を借りに行くのはやめろ」
     と窘めます。
    「わかっている……でも」
     ドギーお姉さんはショタドギーお兄さんにゴハンを食べさせていかねばなりません。父さんと母さんのお墓の前でショタドギーお兄さんが立派な成犬になるまで育てると約束したのです。そのためには身を粉にしてでもショタドギーお兄さんを養っていかなればならないのです。ドギーお姉さんはギュッと服の裾を掴み奥歯を噛み締めます。
     ワルサムライは「はぁ……」とため息をつくとドギーお姉さんの頬を両手で挟み込みます。
    「な、なにしゅるんだ、わるしゃむらぁい」
     呂律のまわらない口で抗議をすると、熱を帯びた瞳でジッと見つめられた。
    「お前は……もっとまわりを頼れよ。……オレを……、オレを頼れよ」
     愛されている。大事にされている。と勘違いしてしまいようになるほどの真剣なまでの眼差しと話し方。お芝居で聞いたことのない熱烈な台詞。面と向かって言われたら誰もが恋に堕ちてしまう。それをワルサムライが、僕に……。
    「き、君に迷惑はかけられないよ」
    「迷惑なんかじゃねえ」
    「え、」
    「お前に、お前らに良く想われたくて下心で言ってんだ」
     こんなに余裕のないワルサムライは初めてみた。どうしてワルサムライがそこまで僕たちのことを……。
    「どうして……」
    「…………だからに決まってんだろうが……」
     頬を真っ赤にしながらモニョモニョと何か言っている。こんなに歯切れの悪い話し方をするワルサムライも初めてみた。普段は仮面をつけているから真っ赤な顔を見れるのも珍しい。仮面で隠れているだけでほんとうはもっと照れているのかな。
    「もう一回言ってもらえないか」
    「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
     ワルサムライはスゥーハァー……と何度か深呼吸すると、僕の二の腕をがっしりと掴み
    「お前らが好きだからに決まってんだろうが……!!!」
     と大声で叫んだ。
     僕たちのことが好き……?「え?え?」と困惑していると畳みかけるように
    「悪党からは足を洗った。これからニンジャジャン……いや、ニンドウ将軍のもとに士官する予定だってある。お前らに不自由は暮らしはさせねえ。だから……オレと、オレと…………」
    「オレと……?」
    「……………………………結婚してくれ」
     けっこん……ワルサムライと結婚……。ワルサムライと結婚!?
    「いやか……?」
     ワルサムライは不安げに上目遣いで僕を見つめてくる。聞いたら怒るかもしれないけど思わずカワイイと思ってしまった。勇気を振り絞って言ってくれたんだな。僕も君が好きだ。
    「僕も……君が好きだよ。結婚しよう」
     ワルサムライは僕の手を掴み
    「……ありがとう」
     と口にした。お礼をいうのは僕の方なのに……。

    「ボクもワルサムライだぁーいすき!」
    ワルサムライの背中にドギーお兄さんがぴょんと飛び乗った。
    「わっ!ドギーちゃん」
     驚くドギーお姉さんをよそにショタドギーお兄さんはワルサムライの頬にスリスリと頬ずりしています。頬ずりをしながら
    「結婚したらワルサムライとお姉ちゃんとずっと一緒にいられるんだよね」
     とワルサムライたちにたずねます。
    「ああ、そうだが……」
    「ボク、ワルサムライとお姉ちゃんと三人で結婚するぅー!」
     ショタドギーお兄さんは結婚宣言すると
    「ちゅっ♡」
     とワルサムライの頬にキスをします。
     「ずるい!僕も!」
     まだキスしていないのに!とショタドギーお兄さんに感化されたドギーお姉さんもワルサムライに抱き着き、ワルサムライの頬に
    「ちゅっ♡」
     とキスをします。
    「……くすぐってえ」
     と文句を言いつつも満更でもないワルサムライ。両手に花ならぬ両手に犬状態のワルサムライは姉弟の気が済むまでキス攻撃をくらい続けるはめとなったのでした。

     ─────こうして三人は、紫陽花の花が咲き乱れる季節に祝言をあげることになったのです。

     更衣室ではふたりのお嫁さんを着飾るべく、ワルサムライの屋敷の侍女たちが忙しそうにしています。
    「お姉ちゃん、キレーイ!」
     ショタドギーお兄さんは瞳をキラキラさせながら、白無垢姿のドギーお姉さんに見惚れていました。お姉ちゃんはいつも綺麗でかわいくて優しいですが今日は一段と輝いています。ドギーお姉さんは照れながら
    「変じゃないかな、ドギーちゃん」
    と弟にたずねます。
    「すごくキレイだよ、お姉ちゃん。はやくワルサムライに見せたいね」
     ワルサムライの名をだすとドギーお姉さんの頬がポッと赤く染まります。
    「そ、そうかな。ドギーちゃんもすごく似合っているよ」
    「えへへ、うれしい」
     ショタドギーお兄さんは白無垢姿で元気な犬のようにくるくると回っています。
    「紋付袴も選べたけど、白無垢でよかったの」
    「うんっ!お姉ちゃんとおそろいがいい」
     ショタドギーお兄さんは元気いっぱいに、にぱっと笑います。弟の元気いっぱいな笑顔がドギーお姉さんは大好きなのです。
    「ドギーちゃん!」
     ドギーお姉さんはショタドギーお兄さんに抱き着き、弟のふわふわな耳やもちもちほっぺを堪能しています。
    「お姉ちゃん、くすぐったいよ」
     キャッキャッじゃれあっていると襖がガラリと開きました。
    「おふたりさん時間だよ」
     襖の向こうにいたのは
    「ニンジャジャン!」
     でした。部下であるワルサムライの祝言と聞いて駆けつけてくれたのです。
    「ドギーちゃん、ニンドウ将軍だよ」
     ドギーお姉さんが訂正すると
    「ははっ、どっちでもいいよ」
     とニンドウ将軍は穏やかな笑みを浮かべています。
    「なんたって今日はめでたい日だからね」
     ニンドウ将軍が空を見上げると、澄み渡る青空でスズメのピーチクとパーチクがチュンチュンと鳴きながら祝言を祝ってくれていました。
     ドギーお姉さんとショタドギーお兄さんは空を見上げピーチクとパーチクに手を振ると、お互いの手をぎゅっと握りあいます。

     僕は今日、あの人のもとへ嫁ぐ。弟とともに。
     大好きなあの人のもとへ。
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