愛寵の独裁者のボツシーン帝都に向かい揺れる馬車の中で、僕は何故かお兄さんの膝に背中から座らされ、その身体を長い腕で拘束されていた。
「き、貴様…!千変万化だったとは…俺を騙していたのか!?」
「いや、最初から言ってたし」
最初どころか何回か言っている。信じなかったのはお兄さんなので、この件で僕は何も悪くない。
「う、うるさい!お、俺を弄んだのか!?」
お兄さんは鼻息荒く怒りながら、何故か僕の身体を弄ってきた。
「ンッ、ちょっと、馬車の中はやめてよ」
しかもフランツさんの馬車だ。この中ですけべな事をしようものなら侮辱罪で打ち首だろう。身体をいやらしく這う手を掴み動きを止めると、お兄さんが焦ったような声を出した。
「!?なっ違う!手が勝手に…!」
手が勝手にってどういう事?下手な痴漢の言い訳か?
どうやら数日間すけべなことばっかりしていたせいで、僕の身体を無意識に弄る癖がついてしまったらしい。これは矯正しないといけないな。
「そういうのは、ベッドの上でしてね」
優しく諭すように言えば、お兄さんは目を見開いて、何故か頬を赤く染めた。
「!?!?う、うるさいうるさい!このどすけべ大魔神!」
どすけべ大魔神てなに!?どういう罵倒なんだよ!意味不明過ぎるだろ!呆れてしまう。完全に子どもの癇癪だ。
「お兄さんが別れたいなら、僕はそれでも良いよ」
お兄さんが僕のことを好きって感情より、千変万化を嫌いって感情が強いのなら仕方がない。少し寂しいけど僕たちの関係はここまでだったという事だ。
僕の言葉に、お兄さんの腕の力が強くなった。少しだけ苦しいなと思っていたら、蚊の鳴くような音量で、すごく悲しそうな声が聞こえてくる。
「なんで…そんな事を言うんだ…」
あんまりにも悲痛な声を出すので、少し驚いてしまった。なんだかこっちが悪い事をしたような気持ちになるので笑ってしまう。
お兄さんが、恨めしいものを見る目で、こちらを見てきた。
「絶対に、別れない」
今度ははっきりと、力強く言い切った。その言葉がなんだかこそばゆくて、腕を伸ばしお兄さんの頭を撫でてやる。
「そっか」
なんだかんだ言って、僕は受け入れてもらえる事を期待していたんだな。
嬉しい気持ちを抑えきれずお兄さんを振り向くと、すぐそこに綺麗な顔が迫ってきていた。そのまま唇に柔らかい感触が広がる。
「絶対に、別れないからな」
「そうだね」
大事なことなので二回いったらしい。お兄さんの強い主張に笑っていると、唇をペロリと舐められた。
口を開けて舌をちょろっと出せば、お兄さんの舌が僕の舌をちろちろと舐めたあと、口内にぬるりと侵入してきた。
帝都に帰ってきたら、何故かそのまま探協に連行されてしまった。渋々支部長室の扉を開けると、威圧感のある顔つきでガークさんが座っている。
ちなみにガークさんは常に威圧感があるので、これは怒っているのではなく通常の状態だ。
ガークさんは僕の横に立つお兄さんを見ると、驚いたように目を見開いた。
「お前、千変万化が嫌いだったんじゃなかったか?」
「それは……」
お兄さんの僕嫌いって、ガークさんも知ってるぐらい有名なの?言いふらしていたわけでもないだろうに、人付き合いが嫌いな割に、認知度は高いらしい。
お兄さんはガークさんの言葉にモゴモゴ口籠もると、僕の方をチラリと見た。
「…?お前が言い淀むなんて、珍しいな」
「む……」
お兄さんは態度が横柄で結構ハッキリとものを言うタイプだから、ガークさんから見ると不思議らしい。
まあ確かに、少し前のお兄さんだったらガークさんの問いには間髪いれずに嫌いだと返していただろう。
馬車の中で、ちゃんと躾をしたのだ。
嫌いなんて言われたら、冗談でも悲しいよ。そう言えば、お兄さんは嫌いという言葉を使わなくなった。お兄さんは一回言ったことをちゃんとできるようになるのだ。実に優秀で物覚えが良い。
「頼んだ手前、こう言うのもなんだが…良くあの千変万化嫌いを治せたな」
「ちゃんと話し合ったら分かり合えたよ」
人類皆兄弟。ラブアンドピースだ。
まあ話し合いっていうか、ベッドの上で仲良くなったっていうか…とにかく暴力に頼らずに解決することができた。
ガークさんが納得行かなそうな顔で僕たちを見ている。まあ、最初は僕を殺そうとしていたぐらいだから、今の状態を不思議に思うのも仕方ないだろう。
「ルシオも、もう大丈夫そうだな」
「?俺は最初から大丈夫だ」
ガークさんは、どうやらお兄さんの事を心配していたらしい。確かに最初に会った頃のお兄さんは、常に殺気立っていて余裕がなさそうに見えた。
…ん?いや待って今ルシオって言った?お兄さんの名前、ルシオっていうの?
いや、マジでルシアの男版じゃん!テンション上がるわ。