シグナ・ル・プリマ【3】:シグナと花嫁とサンドワーム。 花びらのような、それでいて夏の雲を織ったかのような。巫女が身に纏う装束とはまた違う美しい花嫁衣装にシグナは目を奪われため息をついた。あぁ、外の世界にはこんなに綺麗なものがあるのか……と。
クラグスピア、覇国エドラス。悪名高いその国に足を踏み入れた日、一行は偶然とある結婚式を目にすることになった。エドラスの王女エリカと将軍マフレズ、戦ばかりの王パーディスとは違って人柄もよく身分などを気にせず多くのものに寄り添おうとするその姿から下層を中心に親しまれている二人の婚約は、エドラスにとっての希望の様にも思えた。
「あれが結婚式というものなのね、本当に綺麗だった……」
思わぬものをみたシグナはほわほわとしたまままたため息をつく。シグナにとって、結婚とは絵本や物語の中にあるものでしかなかった。ぼんやりとした幸福の象徴は、実際見てみると本当に綺麗で暖かなもので。
「わたしもいつかああいう綺麗なドレス着てみたいなぁ」
「サザントスに頼めばいいんじゃないか」
「天才」
そういう願望が生まれたのは、ここが初めてのことだった。サザントス様と結婚する、悪くないかもしれない。いいやむしろ最高では? 乙女心に火が付いた頭の中で花婿姿のサザントスを妄想するシグナは、その妄想の熱で顔を赤らめてはきゃあきゃあ飛び跳ねる。一方で無造作に火をつけたヨルンはそんなシグナの様子を微笑ましく思いながらも、サザントスかぁ……となんともいえない顔をしていた。
そんなことはさて知らず、シグナは火が付いた勢いのまま「ねぇ、お付き合いってどうはじめるの?」とヨルンに問いかける。そういう付き合いはしなさそうだが場のノリというやつである。
「分からん」
「使えないわね」
「気がついたらなってるものだぞ」
「えっ」
まぁ分かりきっていた回答がかえってくることは予想はしていたシグナだったが、すぐさま差し込まれたその台詞に目を見開いた。
「ダーリン今呼んだ〜?」
「呼んでない」
「今日もクールね! そういうとこも好きだよ~!」
「なっ……!? なっ……!?」
たまたま近くで出店を眺めていたポーラがそんな風に話しかけては、また気まぐれに通りの方へと駆けていく。……あまりにも軽いやり取りだったがシグナも女だ。もしかして……そうなのか……? いや、ポーラの冗談なのか……? と勘繰ってしまう。よもやこいつが? とシグナは恐る恐るヨルンに目を向ける。
「口説いたの……? あなたが……?」
「どうだろうな」
またそっけなくいうものだからムカつきもするもので。突如として対抗心が燃えだしたシグナはぷくっと頬を膨らませては「むぐぐ…っ わ、わたしだってやればできるのだから……! 絶対サザントス様を振り向かせてみせるわ……!」と決意を新たにする。がんばれわたし、わたしやればできる子!
「そうか、がんばれ」
「強者の余裕ー!!」
とはいえ彼はこうなので。全く、本当にいけすかない人である。
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「セルテト、これはいけるタイプのサンドワームか」
「いけるタイプのサンドワームだな。皆私の指示に従ってくれ、今日の夕飯だ。綺麗に仕留めるぞ!」
「やったぁ! 頑張りますよぉ~!」「ぎゃーっ魔物飯確定演出ーっ!」「やだーっ!!」「やだとはなんだワーム美味しいだろ」「砂漠の人はそうなんでしょうけど苦手なもんは苦手なんですよぉーっ!!」
さんさん太陽照る砂漠にサンドワームの咆哮と一行の悲鳴が響き渡る。シグナは扇を構えながらも、「えっあれ食べるの……?」と色んな意味で困惑の声を上げる。
「食べますヨ〜! 安心してください! このジェインが初心者でも食べられるよう美味しく作ります〜!」
「わぁ……わぁあ……」
シグナはちょっと青ざめながらも、心の中で食あたりにならないようお祈りしていた。
……エドラスでひと騒動ふた騒動紆余曲折あって、一行は謎の剣士エルそしてシャルルと共にサンシェイドへと向かうことになった。将軍マフレズの死、選ばれし者に突如としてかけられた冤罪、そして現れたエルという剣士。怒涛の展開になだれ込みはじめた指輪を巡る旅は燃え広がる火のように話の規模が大きくなっていく。
が、飯を食わねばなんとやら。急ぎの旅なのは変わらない上、食料調達も当然行うものではあるのだが。
「(魔物ご飯……うぅ、素材を考えなければ美味しいのだけれども……っ)」
いくらでかくても虫なんだよなぁ、と。シグナはきゅっと顔をしかめる。道中出てきた食べれる魔物を狩って食料にすること自体は珍しくはない。ないのだが、……なんとこの旅団には魔物を調理する専門の料理人がいるのだ。”普通じゃ食べない魔物”も食べるのだ、この一行は。なんなら砂漠地方出身の狩人であるセルテトもいるので、GOサインには事欠かない。
たまたま顔を出したサンドワームがちょっと憐れである。夕飯を狩りに飛び出していく旅人たちの中、シグナは選ばれし者の背を確認した。
「(……選ばれし者、前線よりも下がって戦ってる。やっぱりまだ怪我が癒えてないのでしょうね)」
いつもの陣形ではあっても彼の位置は後方寄りになっている。と、いうかセルテトがヨルンを引っ掴んで後方に下がらせるのが見えたのだ。
「(辛くは、ないのかしら。サザントス様のように……)」
シグナの中で、サザントスの姿が彼に重なった。選ばれし者であり団長を兼任するヨルンへの負荷は察するに余りある状況だ。大きな力を持つ人間には大きな理不尽も降りかかる、サザントスはそれに常に苦悩していた。彼もそうなのだろうか。
「”恩寵の巫鼓舞”、行きます」
気が向いたので、シグナは祈りを伴う特別な舞を披露した。巫女の舞は一種の魔法である、魔法ということはつまり使うと疲れるということだ。周りの人間にも効果を及ぼすのも全部気まぐれのついでである。
「どうしたんだシグナ、珍しいな」
舞に気が付いたのかヨルンが思わぬものを見た顔でシグナを見る。シグナが自主的に戦闘参加するのは、これが初めてのことだったからだ。
「あなたに倒れられては困るもの。ほら、わたしを守るためにも頑張って」
「まったく。……はいはい。お務めを果たしますよ、小指のシグナ様」
サザントスとシグナを縛る神の指輪の行く末は彼が握っているのだから、そう簡単に死なれちゃ困るのだ。