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    Namako_Sitera

    @Namako_Sitera
    ヘキに忠実に生きたい。

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    Namako_Sitera

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    先んじてソロン王に釘刺されるリシャールの話。そして辺獄ホルンブルグの聖火の試練に失敗しちゃったロンドと選ばれし者の言い争いと、それをうけてロンドが答えを思い出す話。まだ続く まだ書き終わらない 嘘だろ……?

    命火拝領 〈2〉 失われた知識を求めて亡国ホルンブルグに旅立つ前夜のこと、リシャールはソロンからいくつかの事前知識と懸念点をと晩酌に付き合うことになった。しかしその本音のところといえば単純にソロンの心遣いなのだろう、普段からあっけらかんとぱやぱやな自覚があるリシャールであったがその想いに純粋に感謝しつつ、軽い酒を注いだグラスを傾ける。
     
    「お、軽いけどうまいなこれ」
    「エルトリクス殿から頂いたフォトゥーナという銘酒だそうだ。西の海賊が幸運の女神を口説くために使われたものだとか」
    「へぇ、そりゃあいい。ゲン担ぎってとこかい」
    「そんなところだ。目的はどうであれリシャール王にとっては久方ぶりの冒険だろう? 戦力も経験も申し分ない面々だからこそこういったものも必要かと思ってな」
    「……ソロンのおっさんでも運だけは読めないかい」
    「さて、どうかな。これも仕込みの一つかもしれぬよ」
    「怖いこと言うなぁ~!」
     
     読めない微笑みをしては目を細めるソロンに、リシャールは苦笑する。味方であるから頼もしいことこの上ないが、敵にだけは回したくない。
     
    「各地でのボヤ騒ぎも皆の尽力のおかげで落ち着きつつある。留守の間は何も起こらぬよ」
    「……そりゃ、まぁ、うん。あんたが言うならそうなんだろうな」
     
     女帝の扱いに関することが現在混乱でうやむやになり、その混乱の根本である亡者の襲撃は事態をさらに混沌へと引っ張っている。いつ亡者の軍勢が次の手を打つか分からない今、灯火の守り手たち含め緊張を解くことが出来ない状態にある。亡国ホルンブルグに向かうことでさえ賭けだ、だが何かしなければ何も変わらない。
     しかしそれはそれとして、リシャールはエドラスやリーヴェンから離れ行動することが不安だったのだ。
     もっと言ってしまえば、アラウネの傍を離れることがめちゃくちゃに不安だった。
     エドラス城襲撃の際、アラウネは選ばれし者率いる朱の黎明団とロンドと共に辺獄クラグスピアに向かった。そして亡者となった剣士エル……敵の手により先兵と化した亡者エリカと相対することになったのだという。己の肉親のみならず、敬愛している姉から剣を向けられることがどれほど哀しいことか。その痛みは計り知れない。
     しかしその悲しみに触れられる人間は限られている。今必要なのは時間だろう、さすがにそこまで分からないリシャールではない。
     
    「(まぁ、うん。これは単純に俺自身の問題だしな……!!)」
     
     仕方ないだろ心配になっちゃうんだから!!
     リシャールに出来ることは今回の遠征を成功させ、なにかしら良い知らせを持って帰ることなのだ。当然のことだ、分かっている。ということは。
      
    「で……だ、話はこれだけじゃないんだろ? ソロン王」

     本題は別の場所にある。
     
    「うむ。私が気にかけているのは”彼”のことだ」

     ソロンが懸念点として挙げたのは選ばれし者であるヨルンのことだった。……一瞬タトゥロックではないのか、とも思ったりしたが彼女は妙にバルジェロになついちゃってるから問題なしと判断したのだろう。頑張れ、バルジェロ。
     ともかく本題、選ばれし者のことだ。今までの神の指輪を巡る戦いを制してきた朱の黎明団の長、辺獄の戦いにおいては聖火神の加護でかの世界での行動を可能にする存在だ。つまり辺獄が関わる以上彼の力は必須になる
     
    「彼の体調が芳しくない」
    「……やっぱりか。うまく隠してるみてぇだけど、しんどいのが抜けてねえもんな」

     一人に対し負担が掛かりすぎている現状が、実際にダメージを出し始めているのだろう。情報を求めて朱の黎明団はあれからも辺獄へ向かい調査を行っている。道を開くために彼も当然あれからも辺獄探索に向かっている。全てが未知である辺獄において亡者の動向や傾向など手に入れられる情報は希少だ、彼らの活動がどれだけ重要なのかも理解している。しかし彼が辺獄に向かうたびに消耗していることは看過できないことであった。

    「正直今回の遠征も、出来ることならば出撃を控えさせたい。だが……」
    「それでもあいつがいないと辺獄を見つけられない、か」

     まるで、辺獄そのものが彼を招いているように。
     
    「おそらく今回の遠征、かなりの苦難が待ち受けることになるだろう。選ばれし者もそうだが、ロンドもまだ迷いがあるようだ。彼らが揺らいだ時支えとなるのはそなたになるだろう」
    「おう、今から覚悟しとく。……あれ、バルジェロは?」
    「私の予想によればおそらく女帝殿に忙殺されるぞ」
    「ひ、否定できねぇ……っ」
     
     つまりこれから多分めっちゃ大変だけどがんばれ、ということらしい。腹括るかぁ! とリシャールは杯の酒を飲み干す。明日から強行軍だ、普段よりも風変わりな旅になることだろう。だからこそ普段通りやるだけだ。が、まぁ不安なものは不安なのでリシャールは己を茶化すようにソロンに「いつもの格言くれない? なんでもいいからさ。心のお守りにする」とせがむ。
     するとソロンはやれやれと子どもにお菓子をせがまれたかのような苦笑を見せ、「そうだな。では羊飼いから旅人へ」と言葉を紡いだ。
     
     ”鳴く羊にこそ問いかけよ、沈黙する羊には時を与えよ”

    「(とか、言ってたっけな……)」
     
      ──……辺獄ホルンブルグにたどり着いたリシャールは、その言葉を思い出し身震いすることになった。ソロン王の慧眼は並外れている、にしてもよく当てるというか考えついたとしてもすぐ飲み込めるのがやはり末恐ろしい。
     聖火神の指輪の先代所有者であり古き時代の聖火守指長であったソンゾーンに出会い、次なる聖火守指長になりうるロンドに聖火の試練が課せられることになった。ロンドは選ばれし者であるヨルンと共に試練の場に送られ、……存外すぐに戻ってきた。
     だが結果は火を見るよりも明らかだった。
     
    「(マジかよ……この状況予想してたのか? ソロンのおっさんよぉ)」

     戻ってきた瞬間ロンドは血の気が引くほど青ざめ、ヨルンは茫然と立ち尽くしていた。──彼らは試練を越えられなかったのだ。
     ソンゾーン曰く、意思があるのならば再試練も可能だという。だが今はその次を考えられる状態ではないのだろうことを、ロンドのかなぎり声のような狼狽が示していた。

    「何を、しているのですか……どうして……っ、どうしてあなたは……!!」
    「──……、……」

     立ち尽くし茫然としたままのヨルンにロンドは感情のまま詰め寄る。
     
    「なぜ剣を、構えを解いたのですか!! あのまま死んだらどうするつもりだったんですか……!?」
     
     怒声が響く、それはヨルンに向けたものだったのか、ロンド自身に向けたものだったのか。リシャールには分からなかった。だがロンドの勢いのあまり相手をぶん殴りかねない激情を見かねリシャールは「お、おいロンド。落ち着けって! 何があったんだよ?」とロンドを止める。
     しかしロンドは混乱しているのか、「っ……、僕が、悪いんです。分かってます、聖火の力に呑まれて……」と手で顔を覆い震えがあるばかりで話にならない。
     その様子を見てかバルジェロがヨルンに問う。

    「まとまりがないな。相棒、何があった? ずいぶんとろくでもない条件を出されたようだが」
    「……、隣のものを、……殺せ、と」
    「悪趣味だな、聖火の神とやらは」

     まさしく命懸けな試練の内容に絶句する。曰くお互いにを殺すように仕向けられ、なおかつロンドは聖火の力を受け制御不能に陥り戦いになってしまったらしい。……が、そのさなかでヨルンが戦いを放棄してしまったのだとロンドは言う。
     どういうことだ? とソンゾーンに問えば「かの火には己の欲を引き出す力がある」と答える。おそらくこれは己の欲の炎に呑まれないよう、耐える試練なのだろうとリシャールは予測を立てた。と、いうことは。

    「(お互いやっちゃったのかぁ……! こりゃきちぃな……)」
     
     絶句どころかドン引きだ、一番いやな部分を直視しなければならないということになる。そりゃ確かに再試練できるのも頷ける、失敗してからが本番なのだ。
     とはいえど今そんなことを言って次頑張ろうや! といえる状態ではない。お互い心がぐちゃぐちゃだ、川豆でもどうにもならない。どうすりゃいいんだ? なんていってやればいい? リシャールは考えるが、考えても何も浮かばなかった。
     ロンドがとうとうリシャールの抑えを跳ね飛ばし、ヨルンに掴みかかった。……むしろ、縋りつくかのようにもみえた。
     
    「己を抑えられなかった僕が悪いのは分かります。でも……っ!! あんなのあなたらしくない……!! 一体なにがそうさせるのですか、黒緋との戦いでの……サザントスさんと共に戦い抜いた、あの日のあなたはどこへいったのですか……!」

     ロンドの欲と願いが入り混じった叫びが突き抜けた。羨望を裏切られたかのような横顔を、リシャールは見た。それはかつて変わりゆく父を目の当たりにし、感情のまま問いを叩きつけることしかできなかったかつてのシャルルと同じものだった。
     その声を聴いたのだろう、今までずっと下を向いていたヨルンが顔を上げた。焦点の合わない乾いた血色の瞳が揺れている。ひゅうと喉が鳴る音が、彼が何かを言おうとしていることを知らせている。しかしその表情は困惑と、嫌悪と、怒りだった。

    「っ……~~~~!! 貴様に何がわかる!!」
      
     息を呑みヨルンは、ロンドを引きはがすとそのまま力と感情のまま突き放した。聞いたこともないような悲痛に満ちた怒声だった。本当に咄嗟に出てしまったものだったのだろう、一度吐き出してしまった暴力のような言葉にヨルンは青ざめ怯えの表情を見せる。

    「ヨルン、さん……」
    「……あ。あぁ、違、う……すまないロンド、違うんだ。俺は、ただ……!」
    「……っ!!」

     ”そんなことをいうつもりじゃなかったんだ”と気を遣うようなそぶりを見せたヨルンの姿を見てか、ロンドはいたたまれなくなったのだろう、城の外へと飛び出してしまった。

    「ロンド……! あぁもうしっちゃかめっちゃかだな!」
     
     どうすべきか迷ったリシャールを蹴飛ばすようにバルジェロが目くばせをする。相棒のことは任せておけとのことらしい。
     ”鳴く羊にこそ問いかけよ、沈黙する羊には時を与えよ”。ソロンの言葉が脳裏によぎる。やっぱりあの王いつかこうなることを分かっていたな? 分かっててこっちに任せたんだな!? 心の中で悪態をつきながらリシャールはロンドを追いかける。

    「(恨むぜおっさん! あんた俺の方まで読んでたな……!!)」

     理想が剥がれる痛みを、リシャールはできれば二度と受けたくはなかった。だが今こうして走っている、状況判断もあったが本音を言えば今放っておけないのはロンドの方だった。同じだ、同じなのだ。理想と答えを求めて走り出したかつての己と今のロンドは。
     今のロンドと相対することは、リシャールにとってかつての己と向き合うことと同じことだった。だからさっき迷った、迷ってしまったのだ。その事実が胸の奥を突き刺し、足を急がせる。煌々と照らす聖火の炎は己の形を浮き彫りにする、知りたくなかった己の形を目に焼き付けていく。
     きっとこれは彼らだけの試練ではないのだ。迷いを持つもの全てに課せられる、命という炎の試練だ。
     
     ◇
     
     そこにあったのは、どうしようもなく醜い形をした嫉妬だった。
     
    「(あぁ、やってしまった。なんてことを言ってしまったのだろう……!)」

     ロンドは無我夢中で駆け出し、気が付けば城を出て城下町にまでやってきていた。ペースも考えずがむしゃらに走ってしまったせいか肺が痛い、ぜえぜえと息を切らせふらふらと適当な外壁に寄りかかる。視線を上げればホルンブルグ城が見えた。どれだけ走ったのだろう、どれだけ逃げてしまったのだろう。熱の回った思考は未だ暗礁にある。
     脳裏には試練の様子が焼け付いている。炎にあてられロンドは己の制御を失った、剣を握らされ操られるように選ばれし者に剣を向けてしまった。数度剣を交わしたその後、選ばれし者の表情が変わった。そして彼は……ヨルンは、意図的に構えを解いた。ロンドは叫んだ、そして制御を取り戻せないまま、己の剣を、彼に……。

    「ロンド!!」

     思考から一気に引き上げられるように誰かの声がロンドを呼んだ。顔を上げ周囲を見れば、同じく全力で走ってきたのだろうリシャール王が外壁に手をつき息を切らせていた。
     
    「っ!! あ、……リシャール、王……」
    「リシャールでいいって。お前ほんと、足早……、ちょっとまって、息整えさせてくれぇ」
    「あ、あぁごめんなさいっ、僕が思いっきり走っちゃったから」

     息を整え、「とりあえず一回座ろうや」とリシャールに促され二人はその辺の石階段に腰を下ろした。風もない、海の底のような辺獄の空気に居心地の悪さを感じながらロンドは息を吐く。思い返せば返すほど、己のおぞましさと怯えが背を撫でるようだった。
     しばらくの間、ロンドとリシャールの間に会話はなかった。その時間は穏やかで、うっすらとした焦燥が心臓の音を鳴らすようであった。
     失敗の経験が脳を焦がす。結局あれはロンド自身の責である、そうになるまでロンドは己自身を止めることが出来なかった。とはいえど、ヨルンが戦いを放棄したことへの怒りが鳴りやまない。まるで勝負を譲るかのような、きっとそんなことはないはずだけれど、それでも。
     多くの感情がロンドの中に渦巻いていた。恩師サザントスは闇に滑落し、死者を冒涜する人ならざる悍ましい行動に出た。自分が信じてきたものは何だったのだろう。自分がサザントスに期待したものは、なんだったのだろう。サザントスが期待していたのは、……サザントスが背を任せ認めた選ばれし者の影が、それらを邪魔しているようにさえ思えた。

    「……僕、あの人に勝ちたかったんです」

     ずるりと飛び出したのは、懺悔だった。
     その言葉にリシャールは否定も肯定もせず、「そっか」と海の色をした辺獄の空を見上げた。

    「勝ってみて、どうだった」
    「……、」
     
     炎にあてられた瞬間、ロンドの内を支配したのは目の前の剣士を打倒したいという欲だった。指輪を持つもの、そして多くの仲間を持つもの。試練のために彼を殺せと言われロンドの半分はそれを嫌がった、当たり前だそんなことできるはずがない。だが半分は歓喜した、状況はどうであれ本気の彼と戦えるという剣士としての本能がロンドに剣を握らせたのだ。
     ロンドにとって選ばれし者はもう一つの憧れであり、苦々しい渇望の形をしていた。
     ロンドはサザントスの後ろをひっついてまわり、いつまでもいつまでもひよっこ扱いされていた。しかし彼はサザントスと数度剣を交わしただけで認められ、サザントスは彼の隣に立ち背を預けることを許していた。
     差を考えれば当然のことだ。今まで多くの巨悪と戦い指輪を回収してきた選ばれし者に比べてしまえば、ロンドにはどう考えても経験が少ない。黒緋との戦いでも追い付くだけでやっとだった。全てを塗りつくすようなどす黒い闇を目にしてもうろたえることなく、戦いながら旅団への指揮をこなしていた選ばれし者の姿はあまりにも強く鮮烈なものだった。
     サザントスの持つ大海のような優しさとは違う、恵みと共に土砂崩れを引き起こす豪雨のような強さだ。
     サザントスは人生の導であり、選ばれし者は越えるべき目標だ。そんな相手と一対一、お互いの命が懸けられた死合。

    「(あの時、あの試練の時、サザントスさんと戦っているような気がした)」

     ロンドの目には、彼がサザントスのように見えた。欲が陽炎を生んだのだろう、ごちゃまぜになった感情のままロンドは己の制御を取り返すことを忘れてしまった。
     勝ちたい、勝ちたい、この人/あの人に勝ちたい。あの瞬間のロンドは完全に剣と炎に憑りつかれていた。
     
    「あんなの、勝負でもなんでもありませんよ。勝ちだなんて、言えない。僕は聖火を得るために戦わなければならなかったのに、それさえも捨てて自分の欲ばかりに夢中になってしまった」

     だが皮肉にもその熱に冷や水をかけたのは、彼が戦いを放棄するというひとかけらも考えもしなかった選択だった。
     剣を振り下ろしてしまうその瀬戸際、ロンドは彼……ヨルンと目が合った。黒々とした、先の見えない霧の色をした瞳だった。死を受け入れてしまったかのような、思考をやめてしまったような。徐に命を投げ捨ててしまったかのような目が、ロンドに笑いかけたのだ。
     ”あぁよかった、これでロンドの望みが叶う”と。

    「あんな姿、見たくなかった……」

     今まで見てきた強さとは真逆の、身を亡ぼすほどの優しさだった。
     斬ってしまった直後に己がしてしまったことに気が付いたロンドは、どうしたらよいか分からず悲鳴を上げた。欲の炎が体を焼きそして意識が途絶え、試練に失敗した。
     罪の意識が背を這いのぼる。自分の欲のために、あの人を一度殺してしまった。己の影が何度もロンドを責め立てる、お前が殺した。お前がそうさせたのだと。
     
    「……なあロンド、聞いていいか? どうして試練に挑んだんだ?」
    「それは……、聖火を継ぐため……」
    「じゃあ、なんで聖火が欲しいんだ?」

     リシャールに問いかけられ、ロンドはハッとする。

    「あんたは何のために力が欲しい? その力を得て、あんたは何を望む?」

     今までの旅がロンドの胸に問いかけた。何のために屋敷を出たのか、何のために騎士を志したのか。その答えはいつだってそこにあったはずなのに、どうしてこうも取りこぼしてしまうのだろう。
     
    「大切な人を、守るため……」

     自分が大切だと思ったものを、守るため。己が守りたいと思った全てを守るため。──そのために、誰かを犠牲にしていいはずがない。そうしてしまえば旅立った最初の理由を裏切ってしまう。
     
    「あぁ、ほんとにバカだ。こんなの本末転倒じゃないか」
     
     最初の、旅立ったあの時の自分まで裏切りたくない。
     勝ちたい気持ちは、ある。嫉妬心もある。憧れだ、目標だ。でもそれ以前に選ばれし者は、彼は、人なのだ。聖火騎士として守るべき全ての人の内のひとり。たった一つの命であっても諦めてはいけない、ずっとそう信じて走ってきたじゃないか。
     守りたいもののために守るべき人を殺して何になる。欲しい力のために己を殺して何になる、ロンド・レイヴァース。
     
    『お前が剣を振るう理由は何だ』
     
     問いかけに胸を張って応える自分に、ロンドはなりたいと願った。
     
    「あんたは強いな、ロンド。もう答えを見つけちまったのか?」

     目に見えて表情が変わったのだろう、リシャールが頬杖をついてロンドを見る。ちょっと引っかかる言い方に、ロンドはリシャールがどういった経緯で王になったかを思い出した。きっと同じ思いだったのかもしれない。
     理想だった人間の本当の姿を見た痛みと己への無力感、それらを受け入れ飲み込むのがどれほど苦しいか。人はいつだって誰かの期待をかけて生きている、いい人であってほしいという願いに己も掛けられている。お互いの願いに応えられる世界ではないけれど、応えようとする自分でいようとすることは何も間違っていない。
     人は、いつだっていい人になりたいのだ。そしていい人であってほしいのだ。
      
    「そんなことありませんよ。……思い出しただけです」
    「そっか。ま、元気出たならよかったわ。さて向こうは大丈夫かね」
    「あ……、そうだ怒らせてしまったんだった」
    「あぁうん、ガチギレしてたな」
     
     とはいえど限度なくやってしまうのは本当によくない。理想を押し付け、強くあってくれといわんばかりにあんな身勝手なこと言ってしまったのだ。彼の怒りは正しい。
     
    「うぅ……全面的に僕が悪いので本当にもう、僕が悪い……バカは僕だ……」
    「まーそろそろほとぼりも冷める頃だろうし、一緒にいてやるから頑張ろうや」
    「すみません……」

     気まずく、それでも正しい道を歩く。ソンゾーンの元へと戻るまでの間、ロンドは試練でのことを思い返した。ヨルンは戦いを放棄した、本当に死んでしまうかもしれないのに彼はそれが出来てしまった。同じ立場でロンドにそれが出来ただろうか? 出来るとは言えなかった。
     ロンドは初めて彼が底抜けに優しいのだと思った。あの強さの根底には、他人のために命を差し出してしまうほどの破滅的な優しさがある。しかし決して納得してはいけないものだ。あれはロンドから見ても良いと思えるものではなかったのだ。
     一番見たくなかった一筋の疑念にロンドはようやっと目を向ける。それは、彼に利用されたのだという薄っすらとした実感のことだった。
     それはきっと人が抱える一番の欠陥だ。ロンドの中にも確かにある隙あらば虎視眈々と己を殺そうとする衝動。ここで終わりたいという想い、苦しみばかりを積み上げて希望に手を伸ばし続ける地獄のような、この世から逃れたいという願い。
     もうここにいたくないという、原始的で生命的な渇望。ロンドが屋敷から踏み出した願いと同じ熱、それは良い方角に進むこともあれば真逆になることもなるだろう。
     
    「(守らなくては、彼も)」
     
     もう二度と、彼に彼自身を殺させないためにも。ロンドはこの甘さを捨てなければならない。
     そして聖火を継ぐこの道の先で、ロンドはサザントスを斬ることになろうのだろう。ヨルンの優しさがヨルン自身を殺してしまうように、サザントスの度を越えた優しさはこの世界を壊してしまう。そんな結果をサザントスも望みはしないだろう。
     自分がすべきことで、自分がしたいことだ。
     これはきっと聖火のための資格を問う試練じゃない、人としてどうあるべきかを問う試練なのだ。
     聖火を与えるに足る存在だと神に示せるかどうかの、そして己がそこに至るための試練なのだ。

    「(あぁ、今まで僕に与えてくれた全てよ。どうか僕にその勇気をください)」
     
     優しさを振り払う強さを手にするために、そして失敗を認めやり直すために。ロンドはもう一度ホルンブルグ城に踏み込んだ。
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