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    Namako_Sitera

    @Namako_Sitera
    ヘキに忠実に生きたい。

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    Namako_Sitera

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    ステッドとヨルンが1ミリだけ向き合って、そして喧嘩をする話。

    命火拝領 〈完〉 炎に近づくほどに影は大きくなる。それは己の形をしているはずなのに、どうしてか恐ろしく見えてくる。ヨルンにとって聖火はそういったものだった。
     そこが辺獄と呼ばれる場所なのだと知った時、大きな衝撃が心を襲った。それは今まで積み上げてきた罪過にひびが入ったがためのものだった。情報収集という形で何度も辺獄へと足を踏み入れ、ヨルンはその中で己が斬ったものの顔がないかを探した。そこにいないことを出来るだけ祈りながら、直近の仕事場であったドニエスク近郊を目指した。
     だが近づくことさえままならなかった。視界に入れるだけで頭の中が焼かれてしまいそうなほどの怨嗟の炎、夥しい数の亡者の気配にこの場所の攻略は無理だ、ダメだと仲間に止められ探索を断念することになった。
     それでもじっとしていることが出来なかった。仲間の目を盗んでは単独で辺獄を訪れ、怨嗟の炎壁を解除する方法を探した。一人で潜れるのは接続門があるクラグスピア周辺のみ。分かっていたことだがロクな成果は得られず、そもそも皆が寝静まった深夜に部屋を抜け出すだけでも十分難しい。クレスに見つかっては叱られ、ため息をつかれては彼と共に辺獄へと向かった。
     辺獄の調査に向かうたびに疲労は体を蝕んでいく。元より生きた人間が長居する場所ではないのだろう、息を吸うたびに肺が凍り、歩くたびに気だるさが足に蓄積されていく。現世に戻ってきても響くその消耗は毒のように付き纏い、気を抜けば意識がふらつき言葉が詰まっては咳が出るようになった。
     自分の体調を誤魔化すために何度「大丈夫だ。」と言ったろうか、もう数えていない。
     ヨルンにとってはそれらの不調は苛立ちでしかなかった。今倒れるわけにはいかない、倒れたくもない。やるべきことは大量にあり、やりたいことも多くあった。なのに体だけが言うことを聞かないのだ。まるでもう前に進みたくないのだと駄々をこねるように。
     ──サザントスを相手に戦いたくないのかもしれない、思考が過る。だがそれがなんだ? あいつがしたことを忘れたのか? 
     サザントスが余計なことをしなければ神の指輪は正しく返還され、自分たちもまたそれぞれの道を歩んでいただろう。亡者が現世に這い出ることもなければ、死んでいったものたちの魂が利用されることもなかった。人が人として眠りにつく最後の尊厳をサザントスは踏みにじったのだ。それはヨルンが盗餓人狩りとしてずっと守ろうとしていたものであり、代々引き継がれてきた祈りそのものだった。
     声を上げなくてはいけない、怒りを示さなければならない。それが例え喉を裂き、肺を焼くような嚇怒であったとしても。
     人として、それは避けては通れないもののはずで。──……それが同じぐらいに怖ろしかった。
     ロンドが挑む聖火の試練を利用して、無意識にでも逃げ出そうとしてしまった自分自身が許せなかった。軋んでいく己の弱さが許せなかった。もう嫌だと宣う脳裏に響く自分の声が許せなかった。
     盗餓人狩りとして既に多くを斬ってきた、今更折れるなどあってはいけない。自分の意思で決めたことじゃないか、ありったけやってきたじゃないか。

    「……、もったいないことしたな」

     だというのにどうして、この体は壊れようとするのか。
     ”もうじきに決戦だからいいもの食っときな!”という仲間たちが作ってくれた食事を口にして、嫌な予感がして人の輪から離れた。こらえようとはしたが結局言うことは聞かず、気が付けば全て吐き出してしまっている。
     心に対して体が追い付いていないのか、それとも逆か。胃液の味がする食事を腹にねじ込んだ、何度か吐き戻したがそれでもだ。体が持たないと話にならないから仕方がない。
     門への到達まであと三日、その先々で起こりうることを思考しながら夜食を片手に星を見ていた。多分編成のことを考えていたはずだ、今までの亡者の傾向からある程度予測が立てられるようになっていたからそのはずで。

    「──……、」
     
     何かを呟いた、はずだがそれがなんだったかも分からなかった。本当に急に、ぶつりと思考が途切れた。それから理性を取り戻すまでの間、自分自身が何をしていたのかをヨルンは思い出すことが出来なかった。というよりかは、理解することが出来なかった。
     どこかへ行こうとしたはずで、とりあえず旅団が混乱しないように書置きをしたまでは覚えている。だがどうしてそんなことをしようと思ったのか、自分自身でさえ理由が分からなかったのだ。
     
     ◇

     気が付けば辺獄に立っていた。いかん流石に今はだめだ、と現世への道を探す。幸い道筋はすぐに見つかった、だがすぐに現世に戻れない理由がそこにあった。

    「ヨルンさん?」
    「リンユウ……!?」
     
     ほんの偶然だったのだろう。そこには辺獄に姿をくらませたはずのリンユウが、驚いた顔をしてそこに立っていたのだ。あれから一人で辺獄を歩き回り続けたのだろう、彼女は既にボロボロで今すぐにでも連れ戻さなければいけない状態だった。
     
    「そうですか、みなさんがこちらに……」

     しかしもうそんなことを言ったところで現世に戻ることはないのだろう。リンユウの目は今でも辺獄へと向けられている、それはどうしようもなく途方もない彼女の強さが故だった。
     現世の状況を伝えると、リンユウの意思はさらに強くなったようだった。連れ戻せないのならば、送り出すしかないのだろう。ヨルンは手つかずのまま鞄にしまいこんでいた夜食をリンユウに差し出した。
     
    「持っていけ」
    「これ……だ、だめですよ。いただけません。あなたの分の食事でしょう?」
    「いい。どうせ食べても戻すだけだしな」
    「え?」
    「失言だ。気にしなくていい」

     半分以上押し付ける形でリンユウにそれを手渡せば、やはり腹が減っていたのだろう彼女の腹の虫が声を上げた。恥ずかしがるリンユウはまるで普段通りで、この場所が辺獄であることも忘れてしまいそうだ。
     どうしてそこまで普段通りでいられるのか、どうしてそこまで己の願いに忠実にいられるのか、問いかけそうになったところで喉奥に押し留めた。聞いたところで彼女は彼女で、自分は自分だ。

    「ヴェルノートに逢えるといいな」
    「……はい、必ず」

     リンユウは何かを思い出したようで、一枚の手紙をヨルンに差し出した。中身を開かずともそれが守り手たちに向けた遺言の手紙であろうことが分かり、どうしようもない痛みに襲われる。
     灯火のみなさんに渡してくれ、と頼まれては仕方がない。痛みを飲み込みながらそれを受け取った。
      
    「彼と共にあるのがわたしの望みです。だから……どうか哀しまないで」

     頬に触れたリンユウの手はとうに冷えきっており、限界が近いのであろうことを示している。しかしそれでも彼女は進むのだろう、そしてその熱は二度とここには戻らない。
     
    「あなたに出会えて、よかった」

     辺獄の暗闇へと消えていくリンユウの背を見送りながら、ヨルンは茫然と立ち尽くした。現世への道はすぐ近くにあったが、今戻ってどう話すべきかが分からなかった。
     そんなことに意味があるのかさえ、分からなかった。
     
     ◇
     
    「こんなところにいましたか」

     異様なまでの胸騒ぎに従って辺獄を走った先、断崖の前に立つヨルンを見つけるとステッドはひとまず安堵した。よかった、とりあえずまだ生きてはいる。聖火神の加護を受けたもう一つのランタンをかざせば、ぼうっとした様子で彼は此方を見る。
     血の気のなくなった彼の表情にステッドは顔をしかめた。まるで今さっきまで悪夢を見ていたかのような顔に、何かがあったのであろうことを察することはたやすい。
     
    「誰だ?」
    「ちょっと、あれだけのことがあったのに忘れたんですか?」
    「冗談だ。しかしよくここがわかったな」
    「これでも友人を作るのは得意でして」
    「……セイルか」

     散歩道で出会ったように軽口を叩くが、洒落にならない状況であることに変わりはなかった。ステッドが単独でこの場所に立てたのはセイルという例外中の例外の存在がいたからだ。もしセイルがいなかったならば、ステッドはこの場所に向かうことさえできなかっただろう。
     肝が冷えるとはまさしくこのことだ。この様子から察するにどれだけ危険なことをしているのかも自覚が薄そうだ、副団長も随分気苦労していることだろう。

    「リンユウに会ってきた」

     雑談のように彼は話題を切り出した。リンユウ、辺獄へと消えた灯火の守り手の少女。ステッドが彼女に会う機会はなく噂で聞いた程度だったが、あのタトゥロックの説得に何度も挑戦し心を開かせたというのは中々に信じがたい。しかし現実タトゥロックがフィニスの門攻略のために力を貸しているのを見ると、リンユウという少女はかなりの曲者か度が過ぎたお人良しなのだろう。
     そんな彼女が辺獄へと消えてしまったことに多くの人が哀しんでいた。きっと、彼も同じなのだろう。
     
    「何も変わっていなかったよ。……何も、…………」
    「何かあったのですか」
    「いや、何も。遺言を預かってきたぐらいだ」

     これ、といって彼は懐から一枚の手紙を見せた。とたん何があったのかを理解したステッドは慌てて「止めなかったのですか!?」と問い詰める。しかしヨルンは困った様子で「止められると思うか? たった一人で辺獄に挑むような女だぞ」と肩をすくめてはため息をついた。
     
    「ですが……! ……、」

     その時、ステッドは彼の目を見た。乾いた血の色をした人殺しの目、それも今はひどく淀み黒く影を落としている。それはステッドが神官として対応してきた多くの人々と同じ、苦しみすぎたが故に前が見えなくなってしまった霧の色。
     かつてのステッドと同じ、絶望の淵に立つものの目だった。
     
    「すまん。今のは語弊があったな。……止めようとさえ思わなかったんだ。彼女はそれが望みで、それで幸せだと」

     ”どうしたら良かったんだろうな”と己に問いかけるように彼は辺獄の空を見やる。海の底のようなそこはひどく淀み、見ているものの光を吸い込んでいく。
     
    「シュワルツを殺して、セラフィナもティツィアーノも……エリカも殺して、お前の友人たちでさえ手にかけて……」
     
     それは悔いと共に斬ってきたものたちの名だったのだろう。その殆どの名をステッドは知らなかったが、決して憎かったわけではないと声色から察することが出来た。斬りたくなくとも斬らなければならなかった、避けられない戦いはいくつもあったのだろう。
     苦しみは心のうちに蓄積する。ステッドも決して綺麗な手というわけではない、必要な殺しもしてきた。心が耐えられても肉体が耐えられずに悲鳴を上げる。だから人は酒を呑み色を好む。人は自分を都合よくだまし、逃げ道を作りながら生きていく生物だ。懺悔し、言葉を使い、痛みを吐く。そういう風にできているはずなのだ。
     だというのに。
     
    「今度は見殺しときたか……、」

     彼は、逃げ道を作らないままここまできてしまったらしい。辺獄の空気がそうさせるのか、それとも今まで積み重ねた罪過がそう言わせるのか。ただ一つ確かなことは、このまま彼を進ませれば確実に命を落とすだろう。
     生への執着が消えうせた人間ほどあっさりと死ぬ。大きなショックや明確な原因があるわけではない、今彼を殺そうとしているのは致死量に至った自分自身への失望という毒だ。死にたくないという本能を跳ねのけられないほどに憔悴しているとなれば、このまま強引に連れ戻すことも危険だった。
     ぼんやりと生きるのがつらいなという感覚は、誰にだって付き纏うものなのだから。
     
    「(それにしたって生きるのが下手すぎません?)」

     その不器用さにステッドは頭を抱えたくなった。どういう人生を歩んだらそんな風になってしまうのか、全く想像がつかなかったのだ。人は基本的に楽をしたい生物で、暖かな方へと向かうものだというのに。人殺しの仕事がそうさせるのだろうか? 彼は苦しい方へと自らの足で進んでいる。
     そうすることが己の役目だという様に、そうすることが止められないのだというように。
     分からなかった。友人たちを殺したこの男は、少女のために戦ったこの男は、あまりにも人としては不格好すぎた。
     かといって、分からないままでいたくはなかった。

    「(このまま立ち止まりたくない)」
     
     確かにすべては分からないが、それでも知っていることもある。人の弱みを握ることがステッドの戦い方である。旅団に入ってから多くの友人を作り情報をかき集めてきた、それはステッドにとって息を吸うことと同じぐらい当たり前のことであった。
     本来彼が団長になるつもりはなかったこと、副団長からの条件を飲んだが故に今の状態になったということ、聖火神の指輪を最初の所有していたのはヨルンではなく神官の少女マドレーヌであったこと。そうして見えてくるものは確かに形を成していく。
     
    「……アラウネに会いました。あなたが守ろうとしたのは彼女ですね」

     ステッドをエドラスに導いたのも、最初からそうなることを察知していたからだろう。憎しみと哀しみに呑まれかけたステッドはアラウネと会うことで一定の納得を得た。アラウネの人柄と事情を知ればステッドはアラウネを守ると、彼は最初から目星をつけていたのだろう。

    「彼女を守ることで、自分の人生に納得をつけようとしてますよね? あなた」
     
     女王アラウネと”選ばれし者”ヨルンの人生はかけ離れているように見えて、実のところ似ている。アラウネは本来王になる予定はなく、エリカが死んだことにより王位継承権が突如舞い込んだことで人生が書き換わった。ヨルンは聖火神の指輪をマドレーヌを助けたことで受け取り、選ばれし者になった。ただの人斬りであったはずの人生は全く別のものへと変化した。
     彼からしてみたらアラウネは本当に可哀そうな人なのだ。わけのわからない力や運命に翻弄されてそうならざる負えなかった、そんな彼女から彼はいい人だと見込まれて頼られたのだ。本当は人斬りでそんな良い存在でもないはずなのに。
     気持ちはわかる。ステッドとて人だ、純粋な人間を使うのは気が引ける。だからステッドはさっさと自分がクズであると称しそういった人間の夢を覚ます。誠実とはそういうことだが、全ての人間にそう出来る強さを求めるのは酷だろう。彼はクズになろうとしたがなれなかった、そしていいひとになろうとしたのだ。
     自分を偽ってでも、そうすることが誤解に対する詫びなのだと。そんなことをしてしまえば己自身が軋んで壊れてしまうことを知りながら。
     自分の立場も、生き方も。見失えば途端に崩れて動けなくなる。

    「何があったかは知りませんが私は忘れませんよ。あなたが人殺しで、私の友人たちを奪った最悪な人間であるということを」

     ステッドはそれがたまらなく許せなかった。
     自分の人生をかき乱した存在が、実のところ壊れかけの人形だったなんて耐えられない。私の人生はそんなものにかき乱されたわけじゃない、嵐のように強く気まぐれで、何を考えているかもよく分からない。そんな興味を引かれた一人の人間なのだ。

    「ヨルン、あなたは確かに殺ししかできない人間なのでしょう。それをとめることもやめることもできない。ですが……これまでの旅路は、間違いではなかったはずです」

     負けてたまるか。
     
    「生まれたことに対する償いは生きること──“人として”生ききること」

     こんなものに負けてたまるか。
     
    「だからもう、他人の願いで己を縛るのはやめにしなさい。皆があなたを許す分、私があなたを憎みましょう」

     ステッドの言葉にふとヨルンが顔を上げた。尽くした言葉がようやっと刺さったのだろう、死への淀みから意識を取り戻した彼は「……ひどくないか?」と苦笑する。
     
    「あなたが言わせたんですよ?」
    「そうだったな。……すまなかった」

     俺はおかしくなっていたんだな、とヨルンは頭を掻く。実際のところそれが辺獄の悪影響なのか、彼自身が抱える歪みがそうさせたのかは今のところ分からない。
     ステッドはため息をついた。まったく本当にとんでもないやつに目をつけられたものだ、と。
     
    「謝らないでください。あなたなんて今ままどおり好き勝手やればいいんですよ、私をドニエスクから連れ出したみたいに」
     
     身勝手で、危うくて、傲慢で、独善的で。聖者にはあまりにも程遠く、そして最も近い。だから面白い。
     現世への帰り道を歩きながらステッドはヨルンにありったけの鬱憤と愚痴を言い聞かせた。あなたが消えてキャンプは大騒ぎだったんですよ、ここを探すのだって大変だったんですから。……あの時とはまた違った言葉の雨あられにヨルンは困った顔をしながらも、それはそうだなと目を細めて笑った。
     彼の陰りのない笑顔を見たのはそれが初めてのことだった。
      
    「(度が過ぎれば叱ります。ちゃんと怒ります。だから……人の言うことばかり気にして、自分の意思を捨てるなんて真似しないで)」

     胸の内に宿った灯火は、熱と共に痛みをはらむ。決して清浄なものとは言い難いそれが、ステッドにとっては愛しいものでもあった。歪で、おかしくて、愚かだからこそ可愛げがある。
     ”あなたはあなたのままでいい”なんて、こっぱずかしくてクズには言えないが。
     
    「(そんなことしたら許しませんから。……一生、許しませんから)」
     
     自分はそんなもののために命を懸けて走ってきた。そんな自分がバカらしくて、今は誇らしい。

     ◇

     キャンプに戻った二人を待っていたのは仲間たちのお叱りと涙だった。
     あれ? なんで私も叱られてるんです? とステッドは困惑したが、そもそも一人で迎えに行くというのが無謀そのものだ。ステッドはそんな自分自身の無謀さにも気が付けないほど焦っていたという事実に気が付くと、なおさら自己嫌悪に陥ってはヨルンを蹴った。「あなたのせいですからね!?」「そうだな、ごめんな」「素直に謝るのもやめてもらえませんか気持ち悪い」「じゃあどうしろというんだ!?」「じゃあってなんですかじゃあって!」……と、今度は二人して喧嘩の構えになったので彼らを煽るものもいれば、ばかばかしさに呆れるものもいた。
     ”喧嘩はよくないですって! あぁっ、二人とも力強いんだから駄目ですってば!!”とロンドが仲裁に入り、”決戦前にこんなでいいんだろうか”とエルトリクスがため息をつく。いつも通りが一番だとソロンは笑い、リシャールはそんな様子を見て微妙な顔をしながらも心配でずっと泣いていたアラウネを気遣っている。バルジェロは彼らの喧嘩をだしにしてちょっかいをかけようとするタトゥロックの相手から逃げられず、個性の塊が一か所に集まるとこうなるんだなと頭を痛めていた。
     騒動が収まり、皆が寝静まった頃。ヨルンは指輪の訴えによって叩き起こされ、夜明け前の暗闇の中を歩く。気配を感じ歩みを止めれば、指輪の瞬きが影を映し出す。
     
    「サザントス、」
    「……選ばれし者よ、やはり貴様はここにくるのだな」

     黒衣を纏ったそれが仮面の下でどのような顔をしているのかも見せないまま、サザントスはヨルンに向けて手を差し伸べる。
      
    「もう一度だけ問う。──全ての欲が消えればいいと思ったことはないか」

     かつて問われた問いかけにヨルンはかつてと違う答えを出した。

    「ない。欲に消えられると今の心も失うことになる、それだけは譲れない」
    「苦しみばかりの今でもか?」
    「あぁ、……苦しみも悪いことばかりじゃない」

     剣を抜き払い、敵を見据える。普段通りの行いは普段以上の意味を示すことになる。
     
    「人として生きるのは存外楽しいぞ、サザントス」

     これを守るためならばお前だって殺せるだろうなと、並々ならぬ執着の色にサザントスは理解できないものをみたかのように首を振った。そんな様子を見てヨルンは小さく笑った。
     なんだ、貴様にも分からないものがあるんだなと。
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