8才、或いは1年目のきみへ。「ヨルン、」
ヨルンの中にある師の記憶の大抵は、己の名を呼ぶ声ではじまる。
幼かったあの日々、師はヨルンを呼びつけると息を吸う様にヨルンの頭を撫でた。そのがさついた指先はくすぐったく、いつも温かい。名を呼ばれることも、頭を撫でられることも、常に不可視の恐怖に苛まれていた当時のヨルンにとっては安堵できる数少ないひと時だった。
「なんでしょうか、お師さま」
「お前に渡すものがある、おいで」
手招かれるまま師の隣に座る。足のつかない酒場のカウンター席にうまく乗ると、師からするはずの酒の匂いが少しばかり薄いことに気が付いて首を傾げた。珍しい、呑んでいない。
とはいっても今日は仕事に出たわけではなく、町で行われていた小さな祭りを見て回った日だったのでそういう気分ではなかったのだろうとヨルンは思った。その祭りはその近辺で引き起こされた戦の戦死者を弔う鎮魂祭だったのだが、当時幼くあまり周囲に興味を持たなかったヨルンには理解できないことだったろう。
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