エイプリルフール 風がそよぎ、ウエスターの頬に、桜の花びらがぶつかる。彼は、うざったそうに、視界を遮る桜を振り払った。ランドセルを背負った男の子達が、白っぽい空間に一層映えて横切っていく。
「ねぇねぇ、やばくない?今日、世界が滅亡するんだって!」
「えー!!やっば!!」
子供たちの騒ぐ声を耳にして、ナキワメーケを寄生させるものを検討していたウエスターは立ち止まった。
(……えっ……そうなのか?)
ウエスターは、顎を触りながら、今日起こったことを順を追って思い出す。
緑色のペンダントを弄りながら、本を持って占いの部屋に向かったイース。
読書をしながら、「今日はどれくらいゲージを貯められるのかな?」と嫌味を言ってきたサウラー。
メビウス様も、クラインも、特に姿を現すことは無かった。
──何事もなく、いつも通りだったはずだ。
「…………………………………」
ウエスターは、『世界が滅亡』する様を想像した。爆発音とともに散々になるメビウス様の城。国民の悲鳴。急上昇する不幸のゲージ。
いなくなる、イースとサウラー。
「こ、こうしちゃ居られんっ!」
ウエスターは、大急ぎでカオルちゃんのドーナツを購入すると、占いの館に向かって駆け出した。その日でいちばん高い所にあるお日様が、彼を照らしていた。
館の扉を勢いよく開けると、階段を降りるサウラーの姿があった。
「おや、ウエスター、随分早いね。ゲージは一滴も増えていないようだけど?」
「サウラー!!」
ウエスターが、すごい速さでサウラーに駆け寄る。その切羽詰まった顔に、サウラーもさすがに何事かと後ずさる。
「ちょっと、どうしたの」
「サウラー……今日、世界が滅亡するらしい!」
「……ハァ?」
サウラーは、一瞬声を上げそうになったのを飲み込んで、落ち着いた様子で言った。
「それは、どこの誰が言っていたんだ」
「四ツ葉町の男だ」
サウラーは、腕組みをして、階段の踊り場をグルグルと歩く。
「世界って、どの範囲の話か知らないけれど、メビウス様が管理しているこのラビリンスに、突然の事故はありえない。四ツ葉町の話なら、それはそれで不幸が溜まって好都合じゃないか」
「そ、それはそうか。しかしサウラー、汗が凄いぞ」
だらだらと汗を流すサウラーを見て、ウエスターはいよいよ焦りでいっぱいになった。
ウエスターは、サウラーの肩に手を置いて言う。
「サウラー。あのな、そこまでお前に良くされた思い出もないが、いつも的確な作戦でメビウス様の野望への近道を作ってくれた。感謝する」
サウラーの表情が歪む。いつもの余裕な様子はなくなり、彼もまた焦りながら言う。
「君も……ウエスターも、大した成果は残していないけれど、そのやる気と一途な忠誠心には評価をしたいと常々思っていたよ」
「サウラー……」
二人の間に、ほわっとした空気が流れる。点描トーンを貼りたい所だ。
「最後かもしれないから、ドーナツを買ってきた。イースを呼んで、食べないか」
「……そうだね。紅茶をいれてくるよ」
サウラーは、初めて三人分の紅茶を用意した。
「……私、あんた達とチームを組んだ覚えはないっていつも言ってるわよね。なんのつもり?」
怪訝そうな顔で、呼び出されたイースが席に座る。
「最後というのは、みな平等に訪れるものだからね。それがたまたま三人とも今日だったと言うだけさ。別に交流を図ろうという気は無いよ」
サウラーが、紅茶を啜りながら、最もらしい言葉を並べる。
「最後って何?なんの最後だっていうのよ」
ウエスターが、ドーナツで口をもごもごさせながら、頭を垂れて言う。
「四ツ葉町の者が、今日世界が滅亡すると言っていたんだ」
「ハァ?…………あ〜……」
心底興味が無さそうに聞いていたイースが、突然納得したように頷く。
「最後かもしれないから聞くけど、あんた達、私の事どう思ってるの?」
ウエスターとサウラーが、少し固まる。少し間を置いて、ウエスターが口を開く。
「いつも真面目に任務に取り組んでいて、尊敬している。メビウス様にも、頼りにされている感じがするしな」
「プリキュアを倒すという点においても、名乗り出て、特出して力を入れているしね」
サウラーも、ウエスターの後に続く。それを聞いて、目を閉じて聞いていたイースが、二人に冷たい目を注ぐ。
「あらそう。ちなみに、プリキュアの娘から聞いたけど、四ツ葉町では、今日はエイプリルフールとか言って、嘘をつく日らしいわ。世界が滅亡するって言うのも、その一環なんじゃないの?くだらない」
ウエスターとサウラーの目が点になる。
「まぁ……企画自体が馬鹿馬鹿しいけど、まんまと騙されてるあんた達も相当馬鹿よね」
イースは、ドーナツをかじりながら、二人を見下して鼻で笑う。
「……そうかい。まぁ、知っていたけれど。ウエスター君がドーナツを譲らなくなりそうだから、とりあえず乗っただけさ」
サウラーが、紅茶に角砂糖を追加しながら言う。
「お、お前だって信じて……!さっき、最後だからって、俺のことを評価してるとかなんとか、言っていたじゃないか!」
(サウラー、そこまでドーナツのことを好きだったのか)と驚きながら、ウエスターも言う。
「はっ!それもエイプリルフールの嘘さ。君の僕への感謝の言葉は本音だとしてもね」
「な、なんだとぉ俺だって嘘だ。お前はいつも嫌味しか言わないからなっ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を放って、時計を見たイースが可笑しそうに言う。
「あんた達、いつの話してるの?嘘をついてもいいのは、午前中だけよ。エイプリルフールを知っていたら、こんな時間にやらないと思うけど?残念だったわね」
心底楽しそうに、イースがニヤリと笑う。
イースは、最後の、四つ目のドーナツが入った袋を持って、笑い声とともに扉の向こうに消えていった。
「僕は別にいつでも嘘をつくしっ……」
サウラーは、悔しそうな顔で言うが、言葉は空気に解けていく。やり切れなくなったのか、赤い顔で
「僕は君を評価したことは無いからね!」
と言い残すと、自分の部屋に帰っていった。
食べ散らかした皿とティーカップと共に、ぽつんとウエスターだけが残された。
「うっそぉ〜………」
部屋に、うるうると瞳を震わせる、ウエスターの間抜けな声が鳴り響いた。