ひとりじゃ眠れない 形あるものは、いつか壊れる。
生きとし生けるものは、必ずいつか死ぬ。
だから、命が生まれ続ける分、滅びの力は生まれ続けるのさ。
二つの力があって初めて、この世界のバランスは保たれているわけだ。
命は煩くてうざったい。その音は、意識していなくても耳に入ってくる!
いつも遠くから、花のそよぐ音が、鳥のさえずる声が、人間共が笑う声が、炎を通してすべて聞こえてくる。
その分、滅びの世界には、全く音がない。暗くて真っ黒だ。
何も聞こえなくて、何も見えない。だから、先に来ているはずのヤツを見つけることなんて、できないのさ。
俺は、両方の世界を知っている。
両方を何度も確かめているから。
「おい、どうしてこんなことをした」
透き通る目が、俺を睨む。
「ンハハハ! そんなに怖がらないでいいんだぜ、カレッチ」
「怖がるわけないだろ」
「さすがだなァ! わかるぜ! 俺たちみんな、どうせ……」
「いつか滅びるからな」
チリチリと火の粉が舞って、愛しいセニョールの姿が揺らいでいる。
「だがそれとこれとは別だ。火を消せ」
だけど彼の目は怒りに歪んでいる。いつも喧嘩する時の、愛しい瞳はどこにいってしまったんだろうな?
毛先が焦げていくのも気にしないで、カレッチは俺の方だけを見ていた。
「チャッチャチャ♪ まだまだパーティはこれからだぜ!」
「俺に思い切り火をつけておいて、なにがパーティだ!」
「カレッチ、俺と一緒に踊ろうぜ! もっと火をよく回してホットな気分に!」
「いいかげんにしろ!」
カレッチが俺の腕を掴む。焼けちゃうけどいいのかァ?
「おい、何がそんなに気に入らないんだァ? どうせいつか滅びるのなら、今滅びてもいいだろ?」
「そういうことを言ってるんじゃない」
すると、カレッチは顔をしかめ、何か言いづらそうに目線を外した。
俺の腕を掴んだカレッチの手から、薄い煙が音を立て始める。ほらほら、早く言わねぇと焦げちまうぜ?
「俺が先に滅びたら……」
息を飲み込んで、カレッチは言った。
「お前が一人で残るだろうが」
はァ?
俺はあざけるように、カレッチの顔の前でマラカスを振った。
「アッハハ! 今更すぎるぜセニョール!」
ずっと、いっつも、そうだったんだぜ。
お前は覚えてないだろうけど。
俺たちは繰り返してきたんだ。生みだされて、滅びるのを。
「そうだ今更だ。もうこんなに燃えちゃったじゃねぇか! 俺が触ると余計に燃えうつる! お前が消せ!」
熱くなってきたのか、あたふたしはじめたカレッチが愛おしくて、俺はつい吹き出してしまう。
「はは、ふはは、カレッチは毎回ボニータ♪ 」
「どういう意味だ!」
俺たちは何度も出会った。
最近だと、アクダイカーン様に生み出されて、そのあと、ゴーヤーンに復活させられたんだったか!ゴーヤーンは元気のいいベイビーだったな!ンハハ!
それは入れ物と利用する奴の話だ。利用する奴がいなくなっても、滅びの力が無くなるわけじゃない。
命が生まれている限り、滅びの力は生まれ続けてんだから、世界がバランスを保てなくなった時、それは必ず表に出てくる。
そして利用する奴が望んだ時が、俺のショータイムだ。俺たちは何度でも生まれる。生まれてしまうのさ。
滅びの力は命を嫌うから、俺たちは、その時代のウザ〜イ命たちと戦う。まぁ、俺たちが世界を埋めつくしたことは一度も無くて、結局俺たちが滅びるんだけどな!
だが、カレッチは、ちょっと特別だ。「その」枯葉から生まれなけりゃ、同じ姿でも違うセニョールだ。俺と違って全部忘れられるんだからさ。妬けちゃうぜ。
「おい、もう一度聞く。どうしてこんなことをした」
「ン〜? あ、カレッチ汗すごいぜ。サウナ効果で痩せるかもな♪」
カレッチが全部忘れても、俺たちの関係は変わらない。いつもカレッチはカレッチで、何回目のヤツとも軽口を叩いて。
「はぐらかすな」
そして、どのカレッチも、必ず俺より先に滅びる。いつだって、俺が後だ。
この世界生き残るのは、いつだって強い方だ。
俺の方が強い。俺を切り分ける形はない。ひとつの炎が消えても、どこかで炎は燃え上がっている。体の大きさを変えて、どこへだって行ける。
カレッチは繊細で、脆くて弱いね。一つの形があるから、いつか壊れる。命と同じように、ちゃんと滅びる、そういうことだろ。
「モエルンバ! 何とか言え」
俺に顔を近づけたカレッチの、編んでいる綺麗な髪が焦げていくのが見える。
ああ、脆くて弱いのを愛しいと思うなんて、俺も随分、命が好きな奴らに毒されてるぜ。
どうせもうすぐいなくなるから、カレッチの疑問に答えてあげようか。
「……カレッチがいつも勝手に、俺を置いていくのが癪に障る! 俺も滅びたら、いつもお前を探すが、あの世界では何も見えやしない。もう、面倒になった!」
「は……?」
「だから、俺の目の前でラストダンスを見せてくれ! 確実に一発で、今、ここでおやすみ! アディオス!」
「この」枯葉を燃やしてしまえば、ゴーヤーンの時みたいにはならないだろ。あの時は、二度も別れるなんて、後味が悪すぎたからなァ。
カレッチの片腕が焼け焦げて、ぼとりと土に落ちた。いつもの、無数の枯葉が散っていく姿とは随分違う。俺は思わず口角を上げた。
ああ! 最高の気分だ。
これからはもう、出会ってからすぐにこうしようか?
言葉を交わしてしまう前に。いや、もっと早く、そう、あの目を見てしまう前に。
きっと今は、俺を心から憎んで、つり上がっているんだろ?
そう思って顔を上げると、透き通る宝石のような目が、俺を見ていた。
「っ……」
なんで、怒ってないんだよ。
眉を吊り上げて、ちょっと不満そうに口をとがらせているけど、いつも軽口を叩く時と、同じ目だ。
「で、お前はどうするんだ?」
俺のつけた火に燃やされていると言うのに、カレッチはなんでもないように聞く。
「え?」
「お前はどうやって滅びるんだ」
「そんなもの、放っておけば、またこの時代の伝説の戦士が滅ぼしにくるだろ……」
そう言った俺は、次の瞬間、カレッチが片手で俺を抱き寄せた。
「お、おい。燃えちまうぜ?」
「お前のせいで、はなから燃えてるだろうが」
カレッチが、まだ形がある片手で締め付ける背中が、熱くてしかたない。
どうしたんだよ。聞きたかったが、いつも意識しなくても動いてくれる口が、動かなかった。その疑問に答えるように、カレッチが言った。
「俺を燃やすのにお前を全部使って、燃え尽きろ。すべて灰になったら、さすがにお前も滅びるんだろ」
俺は、息を飲んだ。
その途端、うるさい命のざわめきが、花のそよぐ音が、鳥のさえずる声が、人間共が笑う声が、すべて聞こえなくなった。
カレッチとくっついている所から漏れ出す煙の音だけが、脳に響いている。
「……一緒に滅びてくれるってことか?」
俺が聞くと、カレッチは乾いた声で笑った。
「あ? 一緒に滅びる? ただの仕返しだ。……こんだけ燃やされりゃ、もうどうでもよくなるだろ」
「ンハハ! カレッチは何よりも燃えやすいからな!」
「しょうがねぇだろ! お前と相性が悪いだけだ。他には強いんだ!」
「俺は海にだって入れるけどな! チャチャチャ!」
「あ〜! チャチャって言うな、踊るな! うるせぇ! お前だって……ほら、空気がないと困るだろ!」
「ン? だいたいどこにでもあるけど?」
「だ〜! 話を広げるな! あ〜もう、くっそ」
イライラしたような、しかし落ち着いた声でカレッチは言った。
「俺と相性がこんなに悪いのはお前くらいだって言ってるんだ」
「ハッ、よくそんな嘘をつけるなァ! いつも負けて先にいなくなる癖に」
思わずそう言葉にしてしまうと、俺は急に胸が締め付けられて苦しくなった。
「いつも置いてって悪かったな」
俺は、カレッチの思わぬ言葉に声を呑む。
「……覚えているのか?」
「いや、わからんが、お前のことだけ。もう待つのはこりごりだってことは、覚えてる」
「ン? 待ちくたびれていたのは俺のほうだ。カレッチがまた蘇るのを、いつも待ってたんだぜ」
もうほとんど焼け落ちてしまったのに、カレッチからは変わらぬ声がする。
「俺も、真っ暗で音もない世界で、いつもお前を待ってた。滅びてもいつも、よく眠れなかった」
もう、俺も形を保てない。それなのに、胸の場所が熱くなっていくのを感じた。
「覚えてるとは……思ってなかった。ン? いつも知らないフリしてたのかァ?」
「そんな面倒なことするか。話してるとだんだん思い出すんだ」
「なんでだ……?」
「お前の熱い思いってやつのせいじゃないのか。本当、とことん迷惑なやつだ」
ハッとせせら笑うカレッチの声につられて、俺も笑い声を漏らした。
抱きしめ合っているのか、くっついてしまったのか、もう一つになってしまったのか、よくわからない。
ただ、カレッチのことが大切だと思った。
「今度はお互い、よく眠れるな」
「また眠れなかったらどうする?」
「その時は、俺と踊ろうぜ!」
静かに、炎が消えた。
まだ温度の残る黒い灰が、散らばっていた。