15seconds night flight「今日は八月二十八日ね。というわけで、乙女座の不良くん、お誕生日おめでとう! プレゼントは何が欲しい?」
「それをあと三時間で今日が終わっちまうってタイミングで直接俺に訊くか? 普通は事前にリサーチとかして当日までに準備しておくもんだろ。ったく、おまえってヤツは、サービス精神旺盛な天秤座のくせに小洒落たエッセンスのひとかけらも持ち合わせてねえのかよ」
「だって、リサーチするにも限界があるじゃない? 意に沿わないものを贈って微妙な気持ちにさせるより、多少野暮なやり方でも本人が欲しがっているものを贈った方が、あなたもハッピーわたしもハッピー、ウィンウィンってことになるでしょ?」
「まあ、それも一理あるな」
「でしょでしょ? ふふっ、それじゃあ教えてちょうだい。不良くんは何が欲しいの? オリーブオイル? グリルパン? それとも圧力鍋? わたしにトロットロの豚の角煮を作ってくれてもいいのよ?」
「どうして祝われる側の俺が祝う側のおまえを饗さなきゃいけねえんだよ」
「わたしを饗す権利をプレゼントにしてあげようかなって思ったから……というのは冗談で、不良くんがなかなか答えてくれないからよ」
「――まゆみ」
「ほへ?」
「ってのは冗談で、そうだな……、歌とかどうよ?」
「うた? うたって、あの、シングアソングの歌?」
「他にどの歌があるんだよ。ハッピーバースデートゥーユーの歌、あれをうたってくれよ」
「え、ええっと、歌をうたうって、そんなのでいいの? 十五秒で終わっちゃうわよ?」
「そんなのでも十五秒でも、俺はおまえの歌がいいんだよ。なんてったっておまえの歌声は、空を飛べそうなほどに心地良い、SSR級の歌声なんだろ?」
こぼれた笑い声は、ひとしずくほどの揶揄を含んでいて、いたずら好きの南風みたいに、ふわり、わたしの前髪をくすぐった。
ゆるい熱がまぶたを撫でる。アイマスクをずらされたのだと分かった。そして――
――俺だけのために、おまえの歌声を聴かせてくれよ。
ひと呼吸おいて、秘密を打ち明けるように続く低い声が、わたしの睫毛を震わせる。わたしの産毛を奮わせる。
……ああ、もう、ずるいなあ。
何が欲しいかと本人に直接訊いた手前、本人からのリクエストに応じないわけにはいかない。
あーあー、こほんこほん。
喉の調子を確かめる。
「後から『やっぱり今のはナシ。新しい琺瑯の鍋が欲しい』って撤回しても遅いんだからね」
言わねえよ、と、鼻のすぐ先で、不良くんがはにかむ気配を感じた。
無意識に右手を持ち上げたら、すぐに繋いでくれた。とても心強い。
不良くんの手を握り返しながら、十五秒間の夜間飛行へ飛び立つために、わたしは大きく息を吸い込んだ。