[カレイドスコープ]
オフの日の朝、ナックルシティの城内をオレさまは恋人のマクワと散策していた。
城の窓から注がれる朝の光が絨毯の敷かれた床を照らす。
スタジアムや大学も併設された、一般開放されている城内は日中だと観光客などで混雑する。
ゆえにのんびりと景色を楽しむとしたら早朝か夜に限られる。
「それで......キバナさん、見せたい場所とは?」
マクワが首を傾げる。
今から行くのは関係者以外立ち入り禁止のエリア、城の内装が中世の頃のまま維持されている......まあ“秘密の場所”だ。
オレ含め宝物庫を始めとした城内の管理を任されているわずかな者だけが知る場所、そこにマクワを招待しようというのが今日の散策の目的だ。
ファンタジー気分に浸るちょっとした冒険といったところだな。
「行けば分かるさ」
オレはマクワの手を取り、城の一角にある扉の前まで案内する。
鍵を開けて、重たい鉄格子のような扉を開くと、その先には中世ガラルを彷彿とさせる優美な建物が現れた。
「うわぁ……!」
感嘆の声を上げるマクワにオレは微笑みかける。
そして建物の中へと足を踏み入れた。
天井まで届く本棚には古書から貴重な手記まで古今東西の書物がずらりと並び、その蔵書室の最奥には、ステンドグラスの窓が美しいリーディングヌックもある。
ここはガラルの歴史や文化を伝える博物館のようなもので、宝物庫とは別の意味合いを持つ部屋だ。
「これはまた随分と沢山の本が……」
マクワは物珍しそうに辺りを見回す。
この部屋の蔵書数は数十万程と小規模だが、粒揃いの貴重な代物ばかりが並ぶガラル地方の歴史を語る上で欠かせない場所だ。
よって基本的にここに城の関係者以外を招くのは、もっぱら学者や歴史調査団体などだが、この美しい部屋を恋人と共有したいと思う気持ちも当然湧いてくるわけで……。
「綺麗だろ?ここオレさまのお気に入りなんだよ」
「えぇ、とても神秘的な空間ですね」
「よーし!今日はここで読書三昧するぞ!!」
「え!?いやいや、それは流石にまずいんじゃないですか?」
「大丈夫だって、ここにはオレ達以外に誰もいないんだから」
そう言ってオレは蔵書室の内鍵をかける。
他の管理者は今日ここを使用する予定は無いはずだから、丸一日二人だけの秘密基地にも出来るだろう。
マクワはまだ遠慮してる様子だが、書物にも部屋にも興味津々なのがソワソワした様子で丸わかりだ。
「オマエが好きそうな鉱物図鑑も沢山あるぞ」
「じゃあ少しだけ……」
「よしきた」
嬉しそうにするマクワを見て思わず笑ってしまう。
それから数時間後、すっかり読み耽っていたオレ達は思い出したかのように伸びをした。
「ハラ減ったなぁ」
「お昼にしましょうか」
オレ達はリーディングヌックから、部屋の中央にある大きなテーブルに移動して、持参してきていたバスケットからサンドイッチなど弁当をテーブルに並べた。
朝出る前に二人で作ったものだ。
マクワがオレさま謹製の玉子サンドに手を伸ばす。
「どうだ?美味いか?」
「はい!すごくおいしいです!」
「そっか、よかったぜ」
マクワの頬に玉子サンドのフィリングが付いていて、それを指で拭って舐めとるとマクワの顔はみるみると赤くなっていった。
「キバナさん、それわざとやってますよね……」
「ふふっバレたか」
「もう……あんまり調子に乗ると怒りますよ」
「悪い悪い」
照れながら怒るという器用なことをやるマクワにオレは笑う。
こうして恋人との時間をゆっくり過ごすのもいいなと思った。
***
「中庭も見てみる?」
食事を終えて片付け、少しまったりとしたところでマクワに聞いてみるとコクリと頷いた。
蔵書室を囲む為だけに造られた箱庭のような場所。
管理者の中にはガーデニングが好きな人が居て、常に彼が手掛けた花畑が手入れされていて、季節によって様々な花を咲かせてくれる。
今は秋のバラが咲き誇っていて見事だった。
「わぁ……すごいですね」
「だろ?季節毎に入れ替わるからまた見に来ようぜ」
「あの......今更だけど本当にいいんですか?城内管理に関わってないぼくが遊びにきちゃって」
「いいんだよ、書物が傷まないように一般開放禁止してるだけだから」
「結構アバウトなんですね」
「この城実質オレの家みたいなもんだしさ」
「たしかにキバナさんは居住区の部屋にお住まいですけども」
「平気平気。今日は雰囲気味わってもらう為に正面から鍵開けて来たけど、なんならオレの部屋のベランダからフライゴンにここまで飛んでもらえば移動も一瞬だしな」
「やりたい放題じゃないですか......」
「きちんとするところはきちんとしておけば後は割と自由なのさ」
「そういうものですかね」
建物の周囲をぐるりと周るように中庭を見て周り、また蔵書室の中に戻り読書を再開した。
リーディングヌックの中に並んで座りピッタリ身を寄せ合って二人で一冊の本を読む。
ステンドグラスの色とりどりの光がページをめくった際に入り込んできて、まるで物語の世界に入り込んだような感覚になる。
「こういうの憧れてたんだよなぁ」
「どういうことですか?」
「ほら、よく映画とかであるじゃん。恋人同士や家族でこうやって同じ本を一緒に読んでるシーン」
「ああ、ありますね」
「お伽噺の舞台みたいな古めかしく瀟洒な建物を二人じめして......ロケーションも最高だぜ」
マクワがクスリと笑ってオレの肩に頭を乗せてきた。
「じゃあ、このまま二人きりでずっと本の世界にいましょうか」
「そうだな……でもそれだけじゃちょっと勿体無いかな」
「どうして?」
「折角こんなに綺麗な場所なんだから、ここでオマエとキスがしたい」
そう言ってオレはマクワと見つめ合う。
ステンドグラスの光を映して、マクワの青い瞳が今だけ虹色に輝いていた。
「……」
マクワは目を閉じてオレの唇を受け入れた。
触れ合っている瞬間だけ、二人を残して世界が止まったような心持ちになり、それをもっと味わいたくて何度も唇をすり合わせた。
しばらくそうしてから離してやると、頬を紅潮させて恥ずかしそうに俯くのでそっと抱き寄せた。
「オレしかここに居ないよ」
「そのキバナさんに今の顔を見られるのが恥ずかしくて……」
「可愛いなぁ」
耳元で囁いて、背中をポンポンと叩いてあやしてやる。
「オレもオマエと同じ気持ちだよ」
「え……?」
マクワが顔を上げる。
オレはその額に優しくキスを落とした。
「オレだって今オマエと似たような顔してるだろ?」
「......はい」
未だ赤いままの頬を指先で撫でると、マクワは心地良さそうに微笑む。
***
ゆっくりと捲っていたページも最後になり、いつのまにか夕焼けになっていた空は七色のステンドグラスまで紅く染め上げていた。
「そろそろ帰る時間だな」
「あっという間でした」
「楽しかったぜ。また来よう」
「今度はそれなりに名目を用意して来ることにします」
「それもそれで楽しみにしてるよ」
オレ達は立ち上がり、本を片してバスケットを手に蔵書室を後にする。
中庭に出て口笛を吹くと、オレの部屋にいたフライゴンが飛んできた。
「今日も泊まっていくだろ?」
「本当に部屋まで飛んで帰るんですね......」
「いつもこうだからな。さ、乗った乗った」
マクワの腕を掴んで引き寄せ、そのまま腰を抱いて支えながら、オレの身体の前に座らせて後ろから抱きしめた。
「しっかりつかまってろよ」
「はい」
フライゴンが一鳴きすると、翼を大きく羽ばたかせて飛び上がった。
「すごい、一気にこんな高いところまで」
「どうだ?景色凄いだろ」
「ええ、すごく綺麗です」
ナックルシティの正面側からはあまり見えない、ホワイトヒルに続く雪原と、壁のような山脈が視界に広がる。
「もう少ししたら星も見えてくるぜ」
「いいですね」
数秒間のフライトであっさりオレの部屋近くのバルコニーに到着し、マクワとフライゴン、二人と一匹で見つめ合う。
「......弁当の容器洗ったらさ、後でもう一回外に出て天体観測しないか?」
オレの言葉にフライゴンが遊びに行ける気配を察して鼻息を鳴らす。
それを見てマクワが笑って、首を縦に振ってくれた。
「じゃあ、片付け終わったらな」
「ええ」
夜のデートの約束を取り付けて、とりあえずオレ達は部屋に戻った。
「さてと……」
バスケットから弁当箱を取り出して洗う。
隣でマクワが洗い終わったものを布巾で拭いているのを見ながら、夕飯の事を考える。
後で天体観測に行くのなら、外食の方が良いだろう。
そう思ってマクワに提案すると、彼は笑顔で了承してくれた。
「何か食べたいものはあるか?」
「いえ、特にはないですけど……キバナさんは?」
「オレも別になんでも」
「じゃあ、行き当たりばったりで適当に探して......」
「あっ」
「うん?」
「折角ですから、星を見ながら夕飯を食べませんか?」
「なるほどな。よし、そうしよう」
スマホロトムを呼び出して、デリバリーアプリを開く。
ふと気になって窓の外を見ると、日が沈んで暗くなっていた。
オレ達は部屋でめいめいに寛いでいるポケモン達に声をかけて、モンスターボールに入れていく。
折り畳みの椅子等を用意している内にカレーのデリバリーが届いた。
飲み物をカバンに詰め、コンパクトサイズの天体望遠鏡を収納ケースから引っ張りだしてきて、ナックル城の最上階、屋上に向かう。
修繕中のここは、ブラックナイトの時の損傷がまだ生々しく残っているが、空を遮るものが何もなく、絶好の天体観測スポットだ。
「うわ……すげぇ」
オレは思わず声を上げた。
そこには満天の星が広がっていたのだ。
オレ達は椅子やテーブルをセットして、テーブルにポケモン達のフードやきのみを並べて、
それぞれ椅子に座りデリバリーのカレーを開封した。
家から持ってきたソーダのボトルで乾杯だ。
「今更だけどさ」
「何ですか?」
「オマエとこうして一緒にご飯食べるようになって結構経つんだなぁって」
「ああ……そういえば、そうですね」
「付き合い始めの頃はオマエ一人にしとくとゼリー飲料とか雑な食事しかしてないと知って心配したもんなぁ」
「それはもう忘れてください」
マクワが誤魔化すようにカレーを頬張る。
あの時は本当に大変だった。
ちゃんとした食事を摂るように言ったり、栄養バランスを考えたメニューを提案したりして、親みたいだと愚痴られたもんだ。
それが今ではこうやって恋人として夜を共にしているのだから不思議なものだ。
「オレはさ、マクワ」
「うん?」
「生涯掛けてでも勝ちたい相手や、きっと一生の師であるひと、さまざまな出会いがあった今までのいつの瞬間も」
「はい」
「恋をしていたのはオマエだけだよ」
マクワの瞳を見つめて言うと、彼は少し照れたような顔をして微笑み返してくれた。
「ぼくだって、キバナさんだけです」
「そっか」
満点の星空の下、初秋の風に擽られながらオレ達は見つめ合う。
と、ポケモン達がそんなオレ達をこぞって眺めていたので急に照れ臭くなり、二人とも無言でカレーをかきこんだ。
マクワが少し上擦った声で口を開く。
「星、綺麗ですよね」
「そ、そうだな!」
オレも照れで似たような声を出してしまい、ポケモン達はやれやれといった様子で食事を再開した。
食事を終えて、それぞれ椅子に寄り掛かり、空を眺める。
ポケモン達の遊ぶ声を聞きながら、ちらちらと瞬く星を眺めているとなんだか幸せな気分になった。
「あ、流れた」
「えっ!?どこだ?」
「ほら、あそこの……あれ?消えちゃいました」
「見逃しちゃった?」
「残念です……」
マクワが肩を落とす。
それを見てオレはふと思い出して、天体望遠鏡を取り出す。
「まあ落ち込むなって、これで......」
とオレが言いかけた時、星が流れた。
「あっ!今の見たか?見えたよな?」
「はい、見えました!!」
興奮気味に話すオレ達にポケモン達も興味津々でこちらを見る。
「あっ、また流れた!!おい、マクワも見てるか?」
「もちろんです!!」
そう言ってオレ達は笑い合い、そして何度も星が流れていく。
「流星群だ......」
「こりゃあ天体望遠鏡の出番ナシかなぁ」
「それはそれで後で見てみたいです」
そう言ってマクワが伸ばしてきた手を繋ぐ。
指を絡めて握り締めると、マクワの体温を感じた。
「今日は楽しかったな」
「はい、すごく。ありがとうございました」
「いいんだよ。オレの方こそ、ありがとな」
身を寄せ合って沢山の流れ星を眺める。
遊びに夢中だったポケモン達もいつしか一緒に星を眺めて、歓声を上げていた。
***
翌朝、目が覚めると隣にマクワの姿は無かった。
スマホロトムを呼び出して時刻を確認するとマクワの出勤時刻で、寝間着のまま慌てて玄関に走ると、玄関の姿見で身なりを整えているところだった。
「ゆっくり寝ていて良かったのに」
「いってらっしゃいのキスくらいさせてくれよ」
「……仕方ないですね」
マクワが背伸びをして顔を寄せてくるのを両手で受け止めて、唇を重ねる。
「気をつけて行けよ」
「はい、いってきます」
そう言って少し頬を赤らめたマクワが家を出ていき、扉の閉まる音がする。
途端に少し寂しい気持ちになりながら、今日の予定チェックの為にロトムを呼ぶと新着のメッセージ。
『今日も泊まりに行っていいですか?』
思わず頬が緩むその一行に、オレはすかさず返信をした。
『いつでもおいで』と。