お伽話 都合の良いお伽話に夢を見ていた。
目覚めた世界の空は重く張り詰めた表情を浮かべ、硬い地面はじわじわと僕の体温を奪っていく。
5限のはじまりを知らせるチャイムが響いた。でも、僕を授業へ連れ戻そうとする人はいない。僕と共にショーをしようと言ってくれた君は、居なくなってしまった。いや、居なくなったというよりは"元から居なかった"のだろう。
それもそうだ。僕の演出が必要だと、僕の想いにあんなに応えてくれる人間なんてそうそういるはずがないのだ。だからあれはただの夢で、「未来のスター」は僕が創り出した理想の仲間だったんだ。
「……司、くん」
それでも。
「君の事、好きだったな……」
彼の眩しいくらいの笑顔が胸に焼き付いてしまって。僕がひとりであることなんてわかりきっているし、それでいい。そうだ。「天馬司」なんていない人間のはず。しかし、まるで"また"孤独になってしまったような苦しさを覚えているのも事実だった。夢の中の人間に恋をするなんて、我ながら馬鹿げたものだと自嘲的な笑みが零れた。
会いたい。もう一度、あの大きな笑い声を聞きたい。ころころ変わる君の表情を見つめる瞬間が、大好きだった。笑顔を届けようと必死になる姿が、大好きだった。そんな君に、あと一回でいいから僕の名前を呼んで欲しかった。
まぶたを閉じる。モノクロの空はもう見えない。ゆっくり自分が地面に融けていくような感覚に襲われ、やがて意識を手放した。
「…………ぃ……るい……!」
何かが聞こえた気がした。同時に小刻みに体を揺すられる。
「類!!」
その声で、僕の意識は覚醒した。視界いっぱいに広がるのは、あの星色の髪。僕の愛する人によく似ているなあなんて事をぼんやりと考える。
「……君は……?」
上体を起こして視線を合わせる。すると目の前の彼は信じられないといった顔をした。
「類……お前本当に覚えていないのか……?」
そしていつものように胸を張って、
「オレは未来のスター、天馬司だ!! そしてここはワンダーステージ! ……で、今は練習中だっただろう? 通しが終わった時に類が突然倒れたから心配したんだぞ」
僕の鼓膜を震わせた。
ああ、なんだ。
「忘れるわけ、ないじゃないか」
司くんは、今ここに。
「類? う、苦し」
悪夢だったんだ。孤独を知る僕が見せた、一時の幻。
「急に抱きつくなんてどうしたんだ?」
「司くん」
「お、おう」
「僕は……ひとりじゃ、ない……?」
するりと背に腕がまわってくる。
「…………ああ。類は、ひとりじゃないぞ。何せこの天馬司がいるからな!!それに、オレだけじゃない。寧々もえむもそうだ。お前には仲間がたくさんいるんだぞ!」
きっと僕は、不安だったんだ。この世界がただの夢で、本当はひとりぼっちのままなんじゃないか、と。
「ふふ、そっか」
もうそんな心配、意味なんてないけどね。