一夏の「お客様の中に楽器を弾ける方はいませんか!」
偶然通り過ぎた屋台の横で、ライブ運営とも見える格好をした女性が必死な顔をして呼びかけていた
「ギター弾けますっっ!」
隣を歩いていた水無瀬が、当然手を挙げてこう言った
「ちょっ…」
「ほほほ本当!?あなた弾けるの!?ヤバいこれは天啓が降りたわ…!」
「水無瀬…」
「えへへ〜それほどでも〜、あ、この子もベース弾けるんですよぉ〜」
頼んでもないのに私を紹介しだす水無瀬の腕を掴み、後ろを向いて落ち着かせた
「水無瀬っ…あの格好、絶対ライブの運営か何かだって…!」
「ん〜?そうだろうね〜」
「あたしたちに演奏させるつもりだよ…こ、こんな突然…しかも浴衣で…」
「?うん、そうだろうねぇ」
水無瀬はいつもの笑顔で私を見つめた
「ほ、ほんとにやるつもりなの…」
「うん、だって、お姉さん凄く困ってそうだし…それに…」
水無瀬は一息置いて、言った
「絶対楽しいよ〜〜」
…この子は…
思わず眉間に指を置く
「それに演奏始まっちゃったらむいちゃん、集中できるでしょ?ほら、文化祭もあるんだし〜練習練習〜にゃは〜」
「うぐっ…」
それはずるい…!
…わかった、と小さく発すると、水無瀬は女性のところへ戻り、私たちのことを話した。
「せっかくなら、ヒナとカズも誘ってみない?」
と、言い切る前にスマホを動かす水無瀬を見ては、またため息が出た
2.
水無瀬がスマホをいじり出してすぐの事、
正面に緑髪の小柄な女の子が見えた
「「も、もしかして…」」
おもわず声が被ってしまった
「あっ!お二人とも〜!偶然です!」
「ヒナ〜〜!」
…こんな偶然あるんだ…と思わずぽかん、としてしまった私の前で、2人が手を合わせて喜んでいる
これまでの経緯を説明したところ、やはりというかなんというか…
「やりましょう!絶対楽しい思い出になりますっ!」
「私とおんなじこと言ってる〜」
「もう、2人とも…」
「あとはカズだね〜連絡まだ来ないや」
光に目を落とす水無瀬を見て私は少し不安になった
「空木は…来るかな…」
3.
「…はぁ、やっと電話出た」
「……………」
5度目のコールでスマホを取るということは、きっと外せない用事があるのだろう、と、すこし悩んだが話を続ける
「夏祭りの野外ライブに誘われたの。水無瀬と花塚はもう練習始めてる」
「…あ、そ、」
「…急用で出れなくなったバンドの穴埋めだから時間はそんなに取らせない。場所は…」
会場場所を伝え、一方的に切った。向こうに先に切られるのは、なんだか癪だったから
決めるのはアイツだから
4.
「では、次のグループさんはステージ裏で準備してくださーい」
番が近づくたびに心臓が高鳴る。
普段練習している曲とはいえ、緊張はする…チューニングをしていると、花塚がぽつりと言った
「カズちゃん、来ませんね…」
キーボードには誰も触れていない。幸い、メンバーが集まらなければ主催の中で演奏できる人が入ってくれるとは言っていたけど…
「あたしたちは練習に集中しよう」
「そうですよね…っ!」
「むいちゃん〜リラ〜ックスだよ〜」
花塚も水無瀬も、笑っているが少し寂しそうだ
空木、あんたが2人にこんな顔させてんだよ…
って、突然だったし、こればかりは責められないか…
「あの…演奏会場ってここで合ってますか」
空木だった
「カズきた〜!!」
「カズちゃん…!」
「カズ、」
本当に来た…
「お前、絶対来ないと思ってたろ」
空木がじとっとした目で言った
「うん、だって、カズ」
「あー、もういいよ、で、何やんの」
空木はさっさと練習を始めてしまった。それを見て私もベースを持ち直す
皆の音が重なり、まるで部室にいるような安心感…4人でないとダメな理由がわかった気がした
「行こう」
ステージへの足取りは、軽かった。