お前の凄いところ「お前ってさ、見かけによらずゲーム上手いよな」
ペードがそう声をかけてきたのは、トウハが携帯ゲーム機の画面に没頭していた時のことだった。視線は画面から外さないまま、彼はわずかに眉をひそめる。
「それって褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてんだよ」
「……あんまり褒め言葉に聞こえないけど。ま、ありがと」
トウハは目を画面に向けたまま淡々と返した。今挑戦しているのは、高難易度アクションゲームのノーミスクリアだ。集中力を少しでも乱されれば、一瞬で失敗に終わってしまう。
「それさ、そんなちっこい画面ばっか見てて目ぇ疲れねぇの?」
「疲れないよ」
「右にも左にもボタンいっぱい付いてんのに、どれがどのボタンか分かんの?」
「分かる」
「ガーッ! とかビーッ! とかあっちこっち動きながらどばばばー! びゅーんびゅーん! って攻撃してくんのに、お前それ全部見えて──」
「ああもううるさい! 集中させてってば!」
ついにトウハは語気を強めた。彼はSランクを取るだけでは飽き足らず、真の目標として〝ノーダメージクリア〟を掲げていた。それが、何事も突き詰めずにはいられない彼の性分だった。
だが今は、それを達成するには最悪の状況だった。隣で喋り続けるペードのせいで集中力が保てず、その結果、ノーミスどころかSランクにも届かないスコアで終わってしまう。
トウハは肩を落とし、ゲーム機をゆっくりと膝の上に下ろした。すかさずペードがひょいとトウハのゲーム画面を覗き込む。
「うわ、A⁉ これすげぇんだろ! オレでも分かるぞ!」
満面の笑みで言うペードに対し、トウハは淡々とした口調で返した。
「別に。全然凄くないよ」
このゲームでAランクなんて、ネット上では大勢が当たり前のように出している。競技性のあるプレイヤーにとっては、むしろ下手だと見なされるラインだ。
「僕の目標はAでもSでもなくて、一度もやられないことなの」
ペードは腕を組み「ふーん」と小さく相槌を打つ。
「そういうやつのこと、世間じゃ〝ゲーマー〟って言うんだよな」
ペードの発言に、トウハはぴくりと反応する。
〝ゲーマー〟。その言葉には、少しだけ棘があるように感じられた。ゲームを人よりも多く遊んでいる、それだけのこと。でも時に、それはあまり良い意味では使われないこともある。
「い、いいでしょ。僕……、ゲーマーだし。ゲーム……、好き、だし」
視線を落とし、小さく呟く。その声はかすかに震えていた。そのトウハの反応に、「違ぇよ!」と、ペードが慌てて声を上げた。
「オレは、別にゲーマーを否定したわけじゃねぇって!」
トウハが顔を上げると、彼は頭を掻きながら必死に言葉を探していた。口を開けたり閉じたりしながら、どう言えばいいのか悩んでいる。トウハにはその不器用さが痛いほど伝わっていた。やがてペードは、どこか照れくさそうに目を逸らすと、ぽつりと本音を漏らした。
「素直にすげぇって褒めたんだよ。……否定せずに喜べよ」
そう言うと、ペードはぷいとトウハから顔を背ける。彼の後ろ姿はそっけなさを装っていたが、そこに不器用な優しさが滲み出ていた。
ペードのひと言が、静かに胸の奥へと染み込んでいく。
トウハはわざとらしくため息をつくと、手の中のゲーム機を静かに閉じた。
「それは悪かったね。ありがとう」
「捻くれてんなぁ」
「ペードには言われたくないよ」
そう言って、トウハはようやく笑みを浮かべた。その笑顔は少し照れくさくて、でも心のどこかがふっと軽くなるような、そんな表情だった。
Fin.