青獅子学級の誕生日パーティ 始業を知らせる鐘が鳴るよりも早い時間、青獅子の学級の教室はいつもより賑わっていた。
教室の隅には常であればない机が置かれ、賑わいの中心はそこにあった。
「メーチェってほんっと天才! こんなの誰も思いつかないよ」
「そうかしら〜食堂にもこんな感じのものがあったと思うんだけど〜」
サガルトの上に凍らせたクリームと新鮮な果実を彩りよく飾るメルセデスと、目を輝かせてそれを見つめるアネットの周りには沢山の料理が並んでいる。完成したのか手を止めたメルセデスは出来上がった品物が記憶と異なることに首を傾げている。
「メルセデス、アネット、本当に間に合うのですか?」
心配そうに言うイングリットだがその視線は机の上に乗り切らないほどの数々の料理に向かっている。
「大丈夫大丈夫! 先生には許可をもらってるし、場所も確保できたし、ただ……」
「ただ?」
快活に答えるアネットはしかし、言葉尻に気概はない。
「思ったより、匂いがするから、午前の授業はお腹空いちゃうなーって」
気まずそうな視線の先は、大量の料理だ。ドゥドゥーとアッシュが昨晩から張り切って仕込んでいた品々は冷めても美味しそうな品ばかりだ。
底の深い籠に黙々とドゥドゥーが隙間なく詰めているそれらは午前の授業が終われば全員で食べる予定のものたちだ。
担任とフェリクスで狩ってきた魚や肉をふんだんに使い、学級全員で育てた野菜たちも全て使用したそれらは学級全員で食べるにしても多すぎるように見えた。
「確かに……。しかし、保存のきくものは明日以降に残しても良いですし、それでも余れば……金鹿や黒鷲の面々に協力を要請しましょう」
できればそれはしたくない、という感情を表情に滲ませながるイングリットにアネットとメルセデスは苦笑する。イングリットにとって食料とはそれほど貴重なものなのだ。
「皆さん、間も無く殿下が来られます!」
偵察に出ていたアッシュが戻ってきて、賑やかだった空気が引き締まる。戦闘課題に挑むようなそれに似た緊張はしかし、一部は戦闘よりも緊張しているようにも見えた。
外からシルヴァンの笑い声が聞こえてきて、それから三人分の足音がばらばらと聞こえてくる。ぎ、と扉が軋む音がして、教室に光が指す。扉はいつも通りの速さで開かれていると言うのに、常時よりも遅いように感じた。
光の中から金色の髪の輪郭がはっきりとしてくる。今だ、と思った瞬間は果たして揃っていたのか。
「「で、殿下、お誕生日おめでろうございます!」」
「殿下、お誕生日、おめでとうございます」
「ディミトリ、お誕生日おめでとう〜」
「っ、ーーーおめでとう、ございます」
ばらばらにも程がある祝いの言葉にディミトリは目を丸くしていた。シルヴァンはその隣で腹を抱えて笑っているし、フェリクスは忌々しげに頭を抱えている。
語弊のないように注記しておけば、彼らはちゃんと声を揃える機を打ち合わせしていた。だがそれが『殿下の姿が全て見えた瞬間』という極めて曖昧な決まりだっただけだ。
「お前たち……その、これは」
はっと気を改めたディミトリが教室を見回す。もちろん部屋の片隅の料理の数々と、ドゥドゥーの抱える大きな菓子も目に入る。
「ええと、私たち、殿下のお誕生日が今日だから、それで、その……」
「それで、皆でお祝いできたら、って考えたの〜」
「学級全員で用意した食材から作った料理です」
ゆっくりとした足取りでディミトリが、ドゥドゥーの抱える菓子に近づく。モモスグリを練り込んだ菓子は食堂で出されるものより大きく、添えられたクリームと果実からは微かに冷気を感じる。
「サガルトか」
「そうよ〜。凍らせて、食感が変わるようにしてみたの〜」
いつもと違う方が、特別みたいでしょう? とメルセデスが微笑む。
「あの料理は?」
「あれは午前の授業が終わった後、皆で食べようと用意しました」
「このお菓子は溶けちゃうんで、授業が始まる前に食べようと思って」
これは殿下の分です、と取り分けるための皿をアネットが差し出す。ディミトリが受け取ると早速、とドゥドゥーがそれを取り分け始める。
「お誕生日、おめでとうございます」
ディミトリの皿に大きく切れた菓子を乗せるとドゥドゥーが改まって言う。
「それはもう聞いた」
「いえ、おれは言い損ねたので」
「そうか」
はい、と満足げに笑みを浮かべる。四年前から従者として側にいるドゥドゥーがディミトリの誕生日を祝うのはこれが初めてだった。ディミトリの知らない所で料理を少し豪華にしてみたり、花を飾ってみたことはあったが、祝いの言葉を伝えるのは憚られた。
「そうそう、俺も忘れてました。おめでとうございます、殿下」
「シルヴァン」
空の皿を手にしたシルヴァンが二人の間に割り入る。
「あ、そうだ。殿下、フェリクスの奴も食材を狩りに行ったり収穫を手伝ったりしたんで覚えててやって下さいね」
こそこそと声を潜めて言うと片目を瞑ってその場を離れていく。いつの間に持っていたのか、皿の上には小さなサガルトの切れ端が乗っていて、部屋の隅にいるフェリクスに食べることを強要している。
ディミトリが手にした皿に視線を落とす。フェリクスの皿のものより数倍大きなそれを銀食器で小さく切り分ける。酸いと甘いの間のような、果実の匂いが鼻腔を擽る。きっと香りとそう違わない味がするんだろうと切り分けた欠片を口に放り込んだ。
「…………」
密やかに学級中の視線が集まる中、ディミトリはもぐもぐと咀嚼すると、綻ぶように口角を釣り上げた。
「うまいな」
目を細めるディミトリに製菓を担当していたメルセデスとアネットがほっと胸を撫で下ろす。
「皆、聞いてほしい」
よく通る涼やかな声が教室を満たす。
「ありがとう。俺などのために今日も早朝から、いや、もっと前からか、準備や協力の呼びかけも大変だっただろう。感謝をしても仕切れない。皆に報いられるよう、俺はこれからも精進すると今一度誓おう」
皿を置き、深く頭を下げる。
「それで、料理のことなんだが……」
顔を上げたディミトリがちらりと山のような料理を一瞥する。
「皆が良ければ、中庭に広げて金鹿や黒鷲の者たちとも分け合いたいと思うんだが」
どうだろうか、と全員を見回す。
「も、もちろんです!」
「クロードとか、こういう宴みたいなこと好きそうですよね」
「うんうん、鷲獅子戦後の宴の主催もクロードだったって聞いてるもん」
「なら芝生の上に敷く物も用意しなきゃですよね」
イングリットの力強い首肯を皮切りに、全員が思い思いに同意を口にし始め、ディミトリはもう一度ありがとう、と口にした。
「そろそろ時間だ。今日も一日頑張ろう」
ディミトリの言葉に全員が頷いたちょうどその時、扉が開いて担任の教師が現れた。