だから今はおやすみ「ポップのメドローアならきっとおれを殺せるよね」
「・・・おやすみ前のお話にしちゃあ物騒すぎやしねぇか」
洗い立てのシーツと天日に干したふかふかの布団。たらふく食べて飲んで腹も心も満たされている、あとは穏やかな夢の時間を待つばかり。
安らかな眠りに落ちる前に一番の相棒と月明かりの下でささやかな会話でも楽しもうかと思ったらこれだ。
今日の晩飯は旨かったとか、明日はどこへ行こうかとか、楽しい話題なんていくらでもあるだろうに。
「や、おれに向かって本当に撃ってくれってことじゃないよ?」
「当たり前だバカヤロウ」
物騒な寝物語は続くらしい。隣に横たわる親友の顔は何だか楽しげだ。
「おれ、闘気の技なら何とかこらえられると思うんだけどマホカンタはできないしさ。バーンみたいに掌圧で撥ね返すのも難しそうだし。
上手いタイミングでメドローアを撃てば確実だと思うんだよね」
「まあそうかもなあ」
どうやらこの話が落ち着くまで彼は眠らないようだ。仕方ないので乗ってやる。
「しかし確実に当てるとなるとおれはギリギリまでお前に姿は見せられないな。
ドルオーラどころか竜闘気全開で一発殴られりゃ終わりだからよ」
何せあちらは竜の騎士、こちらはか弱い人間だ。まともに正面からぶつかって勝てる見込みは万に一つも無いだろう。
「そうだねぇ。おれから身を守りつつ確実に当てるならクロコダインかヒムに牽制してもらって・・・」
「おいおい集団戦か。つーか本気のシミュレーション始めんのかよ」
「もし、だよ。もし」
もしもの話で何故親友を殺す算段を立てねばならないのか理解に苦しむのだが。
しかし瞳を輝かせベッドから身を乗り出してくる様は、きっと『勇者ごっこ』に明け暮れた島の子どもの頃そのままだ。
(純粋な好奇心、戦闘への知識欲・・・だったらまだマシかもしれねえが)
それだけでは無いのだろうと推測しつつ、ポップも話を続けた。
「チームを組むなら・・・ラーハルトはお前に付くだろうな」
「だよね。マァムのスピードで太刀打ちできるかな?」
「あーどうだろうな、あの野郎のスピードは尋常じゃねぇし、厳しそうだな。
何とか槍の間合いの内に入って閃華裂光拳ぶち当てられれば勝ち確なんだが」
「閃華・・・お前もたいがい物騒だよ、ポップ・・・」
「うるせえ、お前が始めた話じゃねえか。
お前にメドローアぶつけるつもりで行くならラーハルトだって冥途の道連れにしてやらにゃあ可哀想だろうが」
「それってどっちが可哀想なの?」
「ラーハルト」
「そうかなあ、やっぱり」
おれラーハルトは死なせたくはないんだけどなあ、せっかく父さんの血で生き返ったんだからとダイは笑う。
だったら親父さんに命懸けで庇われた自分はどうなんだ、と問い詰めたかったが言わずにおいた。
「おれの足止めをするなら?」
「ほとんどの技は無効だろ。そうだな、アバン先生の破邪の秘法で何とか止められるか・・・」
「ベタンはどうかな」
「あー元々威力の強え呪文だからな。フェザーで増幅させりゃかなりイイ線いけるかもしれねえな。
てかよ、お前何でこっち側で考えてんだ。自分らがどうおれらを攻略するか考えろっての」
「あ、そっか」
へへへと照れ笑いするダイには、どうやら戦闘でポップ達に『勝つ』意思は無さそうだ。
ただ純粋に『自分を殺すための戦術』を検討している。そのことに気付いてポップは背筋をぞわりと粟立たせた。
「てめえが倒されるシミュレーションなんかして楽しいもんかね、まったく」
"殺す"という言葉は使いたくなくて、"倒す"に変えた。ダイはその違いに敏感に気付いて小さく微笑む。
話に飽きたふりをしてごろんと仰向けになると、楽しいわけじゃないけど、と声が返ってきた。
「こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、おれがこの世界で一番強いわけじゃない。竜の騎士の力にだって対抗する術はあるんだなって思って。
おれを、竜の騎士を殺す方法がポップ達人間にもあるってことに・・・何だか、ホッとしたんだよ」
「・・・ホッとすんのか。おれが、お前を、殺せるかもってことに」
「うん・・・ごめんね、ひどいこと言ってる自覚はあるよ」
(本当にひでえよ、ダイ)
やっと再会できた、やっと共に平和な世界を実感することができたばかりだというのに。
(お前は自分がいずれ人間の敵になる日が来るとでも思ってるのか)
「おれがお前を殺せたとしたら」
静かな声で切り出す。
「世界はきっと、おれを勇者殺しの大悪党と罵るんだろうな。そんで今度はおれをどうやって殺すか、その術を探そうとするんだ」
「そんな、そんなわけ無いよ。だってお前がおれを殺すとしたら、その時はおれはきっと地上の、人間の敵になってる」
「だとしても竜の騎士を殺したおれは次なる脅威だ。地上に限らず、世界の均衡を保つ者を殺した三界の敵と思われてもおかしくねえな。
たとえ人間達がおれのご機嫌取って懐柔しようとしたとしても、天界魔界から刺客がわんさか来るんじゃねえか?そんで結局おれは地上から追い出される」
「そんなことおれがさせないよ!ポップのこと傷つけようとする奴なんて許さない!おれが絶対お前を守ってみせる!!」
「いや、そんときゃお前メドローアで消えてるんだろうが」
「あ」
ばっかだなあ、とげらげら笑って、ほんの少しポップは泣いた。
殺されている前提で話しているのに、殺した相手を守ってみせるだなんて
自分が消えることは躊躇いなく話せるのに、ポップが消えることは許せないだなんて。
(おれだって、お前が消えちまうなんてもう二度と耐えられねえよ)
特異な血と宿命を背負って生まれたダイの行く道程は、今後も平穏なものではないかもしれない。
だがそんな宿命などくそ食らえだと。ダイにはダイの人生があって、それは絶対に幸福なものでなくちゃいけないんだと。
そう叫び続け実現してみせることこそが、彼の魔法使いである自分の進むべき道だとポップは自覚している。
(世界を敵に回すつもりは無ぇが、お前の敵になるつもりだって一欠片も無いんだぜ)
どんなに無茶で無謀な道でも、ダイとダイの愛する世界すべてひっくるめて丸ごと幸せにしてみせる。
あえて口にはしないがこれはポップの中での絶対的な誓いだった。
「なあ、ダイ」
ベッドから起き上がり、昔と変わらない癖の強い黒髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「もしもさ、もしも、どうしてもお前がこの世界にいられなくなっちまったなら、仕方ねえからおれがこの手で消してやるよ。
でもよ、お前がそうなる時はおれもこの世界にゃいられねえ。だからそん時はお前がおれを殺してくれよ」
「ポップ」
迷子の子どものような顔で見つめてくるダイに、ニヤリといつものように笑いかけてやる。
「でもそれは本当に最後の最後だぜ、ダイ。おれはお前を死なせたかねえし、お前だっておれを殺したかねえんだろ?
だったら今は生きていくしかねえじゃねえか。
旨いもん山ほど食って、楽しそうなことたくさん探してさ。面白おかしく生きていくんだよ。
お前は優しいから、困ってる人を見たら喜んで手助けするんだろう。おれもそれを手伝う。それもきっと楽しいさ。
そうやって毎日楽しく生きてくだけなら、おれもお前も、誰の敵にだってなりゃしねえ。
どうやって死ぬかとかどうやって殺してもらうかなんて、そんなこと考えるのはヨボヨボのじいさんになってからでも遅くねえ。
てめえ自身を消す手段考えてる暇があるなら、明日どこで何して遊ぶか考えようぜ」
「ポップ」
ほかの言葉を忘れてしまったかのように、ダイはただ親友の名を呼ぶ。
「大丈夫だよ、ダイ」
ポップも生涯の相棒の名を大事に呼ぶ。
一度は忘れられたお互いの名前。こうして呼び合える間はきっと大丈夫だと信じられる。
「さんざん遊んで楽しんで、それでもどうしても駄目だってんなら、ちゃあんと消してやる。おれも一緒に消えてやるから」
だから今は、安心しておやすみ