星空に遊ぶ子ども達「お兄さん、一緒にイイことして遊ばな~い?」
そろそろ床に就こうかとしていた夜半過ぎ、ダイに貸し与えられた寝室に繋がるバルコニーから軽い声が聞こえてきた。
閉めていたはずの硝子扉がキイと微かな音をたてて開き、夜風に煽られ白いカーテンがふわりと揺れた。
ここは王城でもかなりの高層に位置する部屋だ。こんな場所に外からいきなりやって来られる人物など世界でも一握りしかいない。
「ポップ」
宵闇を背に、宙に浮いたままひらひら手を振る年上の友人を見てダイは柔らかく笑った。
「そういうこと言う人にはついてっちゃダメだって言われたんだけど」
「誰に」
「ヒュンケルとラーハルト」
「いつ、どこで」
「今日の昼間、一緒に街に行ったとき」
「はぁあ!?どこ連れてかれたんだおめえ!!」
あいつらもガキ相手に何考えてやがる!と憤るポップに、いつまでたってもおれは子ども扱いなんだなあ、とダイはぼんやり思う。大戦から数年経ち、もうすっかり彼の背も追い越してしまったというのに。
「武器屋を巡ってただけだよ。大通りで綺麗なお姉さんがヒュンケル達に声かけてきたんだ。待ち合わせしてたクロコダイン見てどっか行っちゃったけど」
「大通りぃ?…客引きは花街でも限られた場所しか許可されてねえはずだがな…フリーで稼いでる奴が出てきてやがんのか、ただの逆ナンか…姫さんに報告、いやまずアポロさんあたりに…」
ぶつぶつとよく分からないことを呟くポップに「ヒュンケルもレオナに報告しておくって言ってたよ」と伝えると、ああそりゃそうかと返ってきた。
じゃあまあそれはいいや、とポップはダイを見据える。
「んで?兄弟子さんと部下さんのありがたーい教えの通り、真面目なお兄さんは、おれのお誘いには乗らず良い子でおねんねするわけかい?」
「まさか!」
揶揄い混じりのポップの言葉にダイはすぐさま否と返す。見ず知らずのお姉さんならいざ知らず、ポップからの誘いを断るはずがない。即答にポップの顔もほころぶ。
「外に行くんだよね?」
「ああ、そのつもり」
じゃあちょっと待っててよ着替えるから、と告げ、ダイはクローゼットに向かう。何処へ行くつもりかは知らないがさすがに夜着では出掛けられない。
ポップはそんなに急がなくていいぞーとのんびりした口調で応えた。
「ねえ、どこに行くの?」
「んー色々案はあるんだがなあ」
バルコニーに取り付けられている格子に座り、城下に向かって足をぷらぷらさせているポップを横目に、ダイは何を着ようかとクローゼットに並ぶ服を見渡す。
「マルノーラ大陸にオーロラを観に行く、とか」
「おーろら?が何か知らないけど寒そうだね」
マルノーラは最北の大陸だ。日中に訪れたことはあるが、夜だと更に冷え込むだろう。外套掛けに掛けられた厚手のマントに手に伸ばす。「行ってすぐ見られるものなの?」
「知らねー」ポップはあっさりと言った。「気象条件により何やらかんやらって先生は言ってたけど」
見られるかどうか分からないもののために寒い思いすることないじゃないか、とダイは手にしていたマントを戻した。ポップもそりゃそうだな、とこれまたあっさり案を引っ込める。
「じゃ、南にするか。無人島でウミガメの産卵が見られるらしい」
「ウミガメ」
「何かめちゃくちゃ可愛いらしいぞ、ウミガメの赤ちゃん」
南なら薄着がいいかな、と訊けばお前いつも薄着じゃねーかと笑われる。年がら年中長袖に長手袋を着込んでいる奴に言われたくないとツッコミ返せば、うるせー魔法使いはそういうもんなんだよと半ば本気で怒られた。
「産卵って今夜見られるの?」
「さあ?知らね」
「どこの島だよ」
「んー?南の島のどっかだよ。詳しくは知らねえ」
「そもそも産卵してすぐは孵らないよね。ウミガメの赤ちゃんっていつ見られるのさ」
「あーそだっけ?いつ孵るかなんて知らねーよ。ウミガメの生態なんて調べたことねえもん」
「さっきから知らねーばっかじゃんか、ポップ」
ダイは笑いながら夜着から適当な普段着に着替える。ポップも笑いながら続ける。
「んじゃあ、これはどうよ。ドワーフって種族が地下に暮らしててな。鉱石の発掘がそいつらの主な仕事なんだが、年に一度珍しい宝石や鉱物が売り出される鉱石祭りが催される」
「面白そう!で、いつどこでやるの?」
「知らねえ」
「ダメじゃん!」
けらけら笑いながらツッコむダイに、ポップはまったく悪びれることなく言う。
「まあ、何でもいいじゃねえか。飛びながらどこ行くか決めようぜ。お前とならどこで何したって楽しいからな」
それはダイも大いに同意するところだ。初めて出会ったときからポップとならどこで何をしていたって楽しかった。厳しい戦いの中にあってさえもだ。それはきっとこれからだって同じだろう。
「いいよ、それで。あ、そうだ」
ふと思いついてベッドサイドチェストに置いていた包みを手にする。
「これ、レオナとお茶したときに食べた焼き菓子。すっごく美味しかったからポップにも食べさせてやりたいなって言ったら包んでくれたんだ。明日にでも渡しに行こうと思ってたんだけど…おやつに持って行っていい?」
「いいねえ」
ポップはニッと笑うと、肩に提げていた袋から金属製と思われる水筒を取り出し軽く振ってみせた。「魔法瓶」と名付けられたそれは中身の温度が変わりにくいよう加工されているという最新のアイテムだ。
「これ、先生特製ブレンドの紅茶。ミルクティーにすると美味いって言ってたからさっき淹れてきた。飲むだろ?」
「飲む飲む!」
行き先が決まらなければ空の上でお茶会もいいかもな。そう言ってポップは笑う。ダイもそれもいいねと笑い返した。
美味しいお菓子と飲み物をお供に、一番の相棒との空中散歩。それだけで楽しい夜になるのは決定したようなものだ。
「じゃあ行こうぜ」
着替えを終えたダイにポップが手を伸ばす。もう助けてもらわずとも同じくらいの速度で飛ぶことができるのだが、ダイは素直にその手を取った。
ふわりと身体を宙に浮かべ、星空の下に飛び出した。眼下には美しい城下町の灯りが瞬く。天と地からの輝きに包まれた2人の頬を夜風が心地良く撫でていく。
「とりあえずここからは離れるよね?どっち向いて行こうか?」
「そうだなあ、お城近くじゃあ誰かに見つかって声かけられても面倒だしな。ダイ、お前どっち行きたい?」
「自分が誘っといてもう…あ、そう言えばラインリバー大陸には夜になると光る不思議な実をつける木があるってチウが言ってたなあ」
「おっいいじゃん。じゃあ西に飛ぶか。で、その実って今の時季に実ってんの?」
「知らなーい!」
「知らねーのかよ!じゃあこんなのはどうだ。エルフが密かに育ててるっていう月の光を集めて咲く花の花畑!」
「そんなのあるんだ!?すっごく綺麗なんだろうね。で、その花畑の場所は…?」
「知らねえ!」
「やっぱりかー!」
あははははと笑いながらダイとポップは夜空を飛ぶ。
「あちこち飛んでたら見つけられねえかなあ?」
「密かに育ててるんでしょ?難しいんじゃないかなあ。でも見つかっても見つからなくても全然いいよおれは。お前がいればどっちでも楽しいもん」
「そうだな、どっちでもいいな。」
手を繋いだまま2人は高度を上げる。優しく見守るように輝く星空に、明るい笑い声が淡く溶けていった。