あの日ぼくらは確かに幸せに生きていた空が白みかける頃、暗い寝床を抜け出してヒュンケルは城の外へ向かう。
東に望む海から眩いばかりの太陽が顔を覗かせる。
父や城のおとな達が活発に動く夜も楽しいが、黎明の光を浴びると体がすっきりと目覚めていく気がする。
昨日と今日の狭間は光と闇とが混ざり合い、紫色に染まっている。
(まるで夜と朝の真ん中にいるみたいだ)
その美しさに見とれながら、一日の始まりの空気を胸いっぱいに吸い込む。
父が朝食に呼びに来るまで、魔城の片隅でヒュンケルは夜明けを見つめ続けていた。
ねぐらに帰る鳥の声を聞きながらマァムは夕焼けを見つめていた。
深い森に囲まれたこの村でも、屋根の上ならば暮れていく夕日を長く見送ることができる。
(背中から夜がやって来る)
闇の中では魔物の動きが活発になる。村には日暮れを厭う者も多い。
それでもこの赤く染まる美しい空を嫌いになりたくはないと彼女は思った。
今日も一日ありがとう。明日もまたよろしくね。沈む太陽に呼びかける。
そして宵闇に包まれた頃、階下から呼ぶ母の声に応えてマァムはひらりと屋根から飛び降りた。
よく晴れた青空の下、咲き誇る花々を摘んではダイは器用にその茎を編んでいく。
魔法の勉強をサボったと怒る鬼面道士の養い親に花冠を被せると、呆れたように笑ってくれた。
すると島の友人達が我も我もと集まっては同じものをと所望する。
手のひらに乗るほどの小さい友達から、山のように巨大な友達まで。
花の咲き乱れる常春の丘の上で、皆がダイの手の中で生まれる作品を興味深げに見つめている。
(大丈夫、花はたくさん咲いてるから)
順番だよと声をかけ、ダイは日が暮れるまで花冠を作り続けた。
寒さに体を縮こまらせて、まだ雪の残る森をポップは歩く。
大樹の側にしゃがみ込み軽く根本を掻いてやれば、丸く膨らんだ薄緑色が現れた。
山菜の柔らかな花芽は家族皆の大好物だ。早速母にフリッターにしてもらおう。
採り過ぎない程度に摘んで籠に入れ、さあ帰ろうと視線を上げた先。
早咲きの花が一輪、大樹の枝に揺れていた。
(雪解けまでもう少しだな)
満開になったら花見に来なくちゃ。嬉しさをこらえきれず、ポップは跳ねるように駆け家路を急いだ。
呼びかけに応えて魔法陣は白く強く輝いた。契約の成功にレオナはほっと息を吐く。
幼少より魔法の才に恵まれた彼女にとって呪文の契約は慣れたものだが、今回ほど緊張したことはなかった。
いつもならば契約した呪文はすぐに唱えてみる。回復呪文など自らの指を切って試そうとして叱られたものだ。
だがこの呪文は試す気にはなれない。そもそも試す対象も思い当たらないのだが。
他者の人生を左右する大呪文。使う日なんて来なければいいと思うけれど。
(でもいつか、使うべき時が来たとしたら)
その時はただ相手の幸福と未来のために唱えます。ですからどうか神よご加護を。胸の内で賢者の卵は誓い、祈った。