声は力に 指先から細く伸びた閃熱呪文は海辺の岩を鋭く貫いた。続けざまに放たれる熱線が次々と小さな穴を開けていく。
「やるな。無詠唱で連発も可能なのか」
感心したように呟くクロコダインに、ポップはへへんと得意げな顔で鼻の下を擦ってみせた。
「むえい、しょう?」
「名を唱えず呪文を発することだ。アバンに習わなかったか?」
耳慣れない単語に首を傾げるダイにヒュンケルが声をかける。
「習ったっけ?」
「んあ〜どうだったかなあ」
ヒュンケルからの問いかけをポップに振るが、曖昧な回答しか返ってこない。
「ダイの奴、三日しか先生に教えてもらってねえからなあ。意外と基本的な話が抜けちまってるってことがあるんだよな」
なるほどと頷き、ヒュンケルは前方に見える小さめの岩に手をかざした。
「呪文に限らず、技の名を発するか否かで威力や精度に差がつくものなのだ。たとえば」
ハッ!という声とともに手のひらから闘気弾が放たれ、岩が砕け散る。
「軽い掛け声ならこの程度だが」
この程度?と頬を引き攣らせるポップとふんふんと聞き入るダイ。対称的な反応を見せる二人の弟弟子に軽く笑みを見せたヒュンケルは、続いて傍らに立て掛けていた魔槍を手に取った。正面に構え闘気を集中させる。
「グランドクルス」
海に向けて強烈な光が発射される。波をなぎ倒し沖の大岩を十字型にくり抜いた凄まじい威力にダイが歓声をあげる。
「おお〜すっげぇ〜!」
「それがお前の必殺技か。これほどの闘気を集中させ一気に放出するとは。さすがだな、ヒュンケル」
「フッ、今のはあくまで見本、出力は抑えているのだがな。……このように技の名を声に出すことで、より強い効果を発揮することができる。翻せば、無詠唱で強力な技や呪文を行使するのは非常に高等な技術である、とも言える」
「なるほどな〜。確かにおれもアバンストラッシュ撃つときは自然に声に出してるもんな」
「重いものを持つときに無言で持ち上げるのと声を上げるのでは抱えられる重量に差がつくそうだ。技を放つときに声を出すのは、これから大技を使うぞと自分自身に言い聞かせているのかもしれんな。」
和やかに会話をしている三人をよそに、ポップの顔は青ざめていた。
(何だよあのとんでもねえ破壊力は⁉あれで抑えただって?前衛の戦士にあんなのバカスカ撃たれちまったら魔法使いなんざ必要なくなっちまうじゃねえか!)
ヒュンケルとしては無詠唱で威力を集束させたギラを扱うポップの技術の高さを説明することが目的だったのだが、明らかに例えとして使うレベルの技ではない。
「しかし威力を抑えてあれほどとは……そう連発はできまい」
「ああ、全力であれば一回放つのが精々だ。そこはやはり魔法のようにはいかんな」
聞こえてきた会話にほっと胸をなでおろしていると、「そういえば」とダイから声がかけられる。
「ポップさあ、ラナリオンを使ったときにはもっと長く唱えていたろ?あれもやっぱり強力な呪文だからなの?」
「へ?あ、ああ、そうだな。あれは呪文っつーより精霊への呼びかけだな」
「呼びかけ?」
また首を傾げるダイに、これも教わってなかったかと説明を始める。
「高等呪文は精霊に借りる力が大きいからな。この呪文使わせてください〜ってお願いするんだよ。そうすることで成功率が上がるんだ。実力が上がるほど必要無くなってくるんだけどな。師匠なら無詠唱でラナリオンも使えるんじゃねえかなあ」
へえ、と感心したように相槌を打つダイに、ニヤリと笑う。
「ちなみにメラにも呼びかけの言葉はあるんだぜ。ほとんど唱える奴はいねえけど」
「えっそうなの⁉」
頷き軽く目を閉じる。手のひらを天に向け、魔法力を集中させる。
「炎の精霊達よ、我に力を与えたまえ。輝かしき紅蓮の炎を我が手に……メラ」
詠唱を終えた途端ポップの手のひらから激しく立ち上った火柱に、ダイ達は思わず身体をのけ反らせた。
「これ、メラ⁉」
目を丸くするダイに、おうよと笑いかける。
「メラでわざわざお伺い立てる奴なんていねえからなあ。精霊も嬉しくなっちまうのか大サービスしてくれるんだよな。つっても所詮は初歩呪文だし、長くはもたねえんだけど」
言葉どおり、火柱はすぐに小さな火の玉に戻っていく。
「瞬間的な威嚇に使うにも詠唱が長すぎるな」
「そうそう。見栄えはいいんだけど戦闘には使いづれえんだ。だから呼びかけ方を覚えてねえ魔法使いも多いんだってさ」
何か活用法は無いかと思案するヒュンケルに、ポップは肩をすくめ応えた。
「詠唱で言うなら威力の向上より相手の裏をかいてみたいんだよなあ」
「と言うと?」
実際にポップの戦術に裏をかかれた経験のあるクロコダインが興味深そうに問う。
「例えばヒャダルコって唱えながらメラゾーマ出すとか。面白くねえ?」
「凍結を避けようと身構えたところに炎をお見舞いするわけか。確かに意表をつけるだろうが、かなりの難易度ではないか?」
「そうなんだよなあ。軽く試したことはあるんだけどメラゾーマどころかヒャダルコも中途半端な出来になっちまって。実戦に使うには、まだまだ」
「自らの意思を偽るようなものだからな。とは言え、いずれお前ならものにしそうだが」
ガハハと笑い合う二人を見ながら、ダイは考えを巡らせる。
(おれが魔法苦手なのは、しっかり呼びかけができてなかったからなのかな?)
ぐっと目を閉じ意識を集中させ、両手を前に伸ばす。
(自分と精霊にちゃんと呼びかける。この呪文を使うって言い聞かせる!)
詠唱の文句は知らないので、心の中で精霊に願いを向ける。
(氷の精霊さん、おれに力を貸してください)
「……ヒャド」
大声で叫ばれた詠唱とともに、小さな氷の粒がころりとダイの足元に転がり落ちた。
「メラを出そうとしたのか?ポップでも難しいそうだから、そう簡単にできるものではないと思うが」
「いや……うん、そうだね……」
フォローのつもりでかけられたヒュンケルの言葉に、ダイはしょぼんと肩を落とす。
「ま、まあ、そっちはおれが極めてやるからよ。お前はお前にしかできねえ技と呪文を磨いてくれや」
相棒の真意を正しく読み取ったポップに優しく頭を撫でられて、ダイは(おれ、魔法はライデイン一本に絞って頑張ろう)と胸の内で誓いを立てるのだった。