華はひときわ輝いて 冷たい岩の上でマァムは目を閉じ呼吸を整えていた。深く息を吐き意識を集中させる。気が高まったところでかっと目を見開くと足元に向かって拳を振り下ろした。瞬間、眩い光が周囲を照らす。傍らではブロキーナが静かに佇んでいた。光が失せた後も岩肌は硬くマァムの足元を支えている。ただ、その上に置かれた一輪の花だけが土塊のように砕けぼろぼろと崩れ去った。
「成功だね」
老師の言葉にマァムは黙礼を返した。少し離れた場所で立ち尽くしているチウに手を差し出す。
「次を」
「はっはいっ!」
我に返ったチウは桶に生けられた花を手に取り、マァムに渡した。頭から尻尾までガタガタと震えているその姿にマァムは一瞬眉をひそめる。しかし特に声をかけてやることもなく、受け取った花を岩の上に置いた。再び目を閉じ拳に意識を集中させる。
一度の成功だけで技を会得したとは言えない。桶の中の花が無くなるまで試行は続く。まっすぐ落とされた拳を中心に強烈な光が広がる。数秒前まで花の形をしていた"もの"は砕け散り、欠片が風に飛ばされる。表情ひとつ変えることなく、マァムは飛び去っていく“もの”たちを見送った。
マァムが拳で砕いた花は、ブロキーナの指示で今朝方チウが摘んできたものだ。
「マァムさんのためにより美しいものを選んできました!」
溢れそうなほどたくさんの花を生けた桶を抱え胸を張るチウの頭を撫でながら、マァムは上手く笑えずにいた。
同じ種の花は故郷の村にも多く咲いていた。束のように摘んでは幾度となく家に持ち帰ったものだ。鮮やかな手土産を携えたマァムの頭を母はいつも優しい笑顔で撫でてくれた。窓辺や食卓に飾られた季節の彩りは、懸命に日々を生きる心を慰め癒やしてくれる。家族の笑顔のため、心優しい少女は毎年たくさんの花を摘んだ。
その花を今日、マァムは自らの手で壊した。
目を楽しませるためだけに地に咲く花を摘むことと、今彼女が為した行いと。何が違うのかと問われれば上手く答えることはできない。だが過去に感じたことのない痛みがマァムの胸を鋭く貫いていた。
生き物の命を奪う事は初めてではない。畑の野菜や果樹につく害虫は潰した。川で魚を捕り、家畜を絞めて糧とした。森に住む獣や怪物たちが村に侵入してきたときは魔弾銃で撃った。戦いに身を投じてからも数え切れないほどの怪物たちを倒してきた。
生きるため、正義のためと信じて繰り返してきた行為だ。そのことを弁解するつもりはない。あらゆる生命を奪うことが罪であるならば自分はとうに重罪人だとマァムは思う。砕けた花を惜しむ資格など自分には無い。ひと突きごとに胸を刺す痛みに耐えながら、マァムはひたすら拳を振るい続ける。
脳裏には幼いころの思い出ばかりが浮かぶ。初めて回復呪文を使えるようになった日、母やアバンから大いに褒められた。村人たちの傷を癒やし感謝の言葉を受けた。
魔弾銃を授かったときは泣いた。誰かを傷つける力を得ることの恐ろしさに震えた。アバンに諭され納得してからも、引き金に指を添えるときは必死に心を奮い立たせた。
そしてマァムは今、大切な人たちを癒やすために身に着けた力をいかなる生命をも破壊することのできる武器にする。
今更泣いたりはしない。恐れたりはしない。剣や槍を振るうのではなく、炎や氷を浴びせるのでもなく、この身をこの拳を武器とする道を私自身が選んだのだから。痛みを訴え泣き叫ぶ記憶の中の幼い自分に言い聞かせる。もう後戻りできない道を私は歩み始めたのだ、と。
桶に残る花は少なくなった。修行を続けるマァムの足元には色あせた生命の残骸が広がる。青ざめた顔のチウといつも通り穏やかな表情のブロキーナがじっと彼女を見守っている。
鮮やかな彩りに向かってマァムは躊躇わず拳を振り下ろす。心優しい少女の手の内に、ひときわ美しい光の華が咲いた。