君を抱きしめて眠る 大雨が降ったら川が溢れて村ごと海まで流されてしまうんじゃないかとか。
山のてっぺんにある大きな木に雷が落ちて、火事になってしまうんじゃないかとか。
そんなことばかり考えて怖くて震えて眠れない夜は、いつも母さんがそっとおれのことを抱きしめてくれたっけ。
優しい腕に包まれて「大丈夫よ」と言ってもらえるだけで、世界の全てが本当に大丈夫になったような気がして、おれは心から安心して眠れたんだ。
「ポップって小っちゃいころから怖がりだったんだね」
「うるせえ」
くすくすと笑うダイの身体を抱き寄せる。屋根も壁も無い野営の夜にはお互いの体温が毛布の代わりだ。
「おれも小さいころケガして泣いちゃったときはじいちゃんがぎゅってしてくれたなあ」
「そうだろ、そうだろ。こうして身体をくっつけ合うのはあったけえだけじゃなくて精神的にも落ち着くんだよ」
ほんとだね、と笑い、ダイもポップにしがみついた。二人とも親の腕の中で護られて眠る年頃はとうに過ぎたけれど、何の拠り所も無しに立っていられるほど大人でもなかった。
「ねえ、ポップ」
ポップの胸元に顔を埋め、ダイが小さな声で問いかける。
「おれがもっと大っきくなってもさ、こうやってぎゅってしてくれる?」
「大っきくってどんくらいだよ?」
「ん~っと……ポップよりも大っきくなっても」
こいつマジでおれより背が高くなりそうだなあ、と彼の父親の姿を思い浮かべながら、ポップは「いいぜ」と笑いかける。
「お前がどんなにデカくなっても、こんな風に寒い日や、いらねえこと考えちまって眠れない夜はいつでもおれを呼んだらいいよ。抱きしめて寝てやっから」
「うん。ありがと。ポップも雨や雷が怖くて眠れないときはおれを呼んでね。ぎゅうってしてあげるから」
「今は怖くねえよ!」
こつんとダイの頭を小突き、ポップは笑った。つられてダイもけらけらと笑う。焚火の炎よりも温かな笑い声が二人を包む。
「さ、もう寝な。交代の時間になったら起こすから」
「うん。おやすみ……」
先に火の番をするポップに就寝の挨拶をしてダイは静かに目を閉じた。すぐに寝息を立て始めた小さな背を撫でてやりながら、ポップは一人夜空を見上げる。
「こいつはおれなんかに頼らなくても、一人ですやすや眠れそうな気もするけどなあ……」
自分の方が年上なのだからできることをしてやりたいと思うが、ダイは想像以上に心身共に強い。こうして甘えてくるのも逆に気を遣われているんじゃないかとさえ思うこともある。
「ま、望んでくれる限りはくっついててやるさ。一応兄弟子だしな」
心地よさそうに眠るダイを見遣り、ポップは柔らかな微笑みを浮かべた。うっかり寝入ってしまわないよう気をつけながら、腕の中の温みに頬を寄せて目を閉じる。
「どんだけデカくなってもいいから、つらい夜はおれんトコ来いよ……ダイ」
聞こえていないはずのダイが頷くように頭を下げ、ポップの胸に擦り寄った。
「今頃どこにいるんだろうなあ……」
昼も夜もほとんど変わりのない世界の中で、今日も一人寝床を作る。何年経っても忘れることのないあの温かさを思い出しながら、ポップは両腕で自分の身体を抱きしめた。
「早く出てこいよ……こんな場所で一人っきりで、おまえどうせちゃんと眠れてねえんだろう?」
呼びかける声は闇に消える。そっと目を閉じ記憶の中の親友を瞼の裏に思い浮かべた。あれから何年経ったのか。今はもう背も追い越されているのかもしれない。
「どんだけデカくなっててもいいから、つらい夜はおれんトコ来いよ……ダイ」
届かないはずの声に応えるように、遠くで竜の鳴き声が響いた。