目指す道の先は マァムをロモスへ送り届けた後、パプニカに戻ったポップは城までの道を一人とぼとぼと歩いていた。
「武闘家かあ……」
パーティー離脱の話を聞いたときは驚愕した。武闘家に転職する、と聞いたときは更に。彼女ならば必ず修行を成し遂げられるだろうと信じている。だが、両親それぞれの職を融合した『僧侶戦士』としての名を失うことにはきっと迷いもあったはずだ。
自分ならば、あんなにもきっぱりと決断できただろうか。ポップは己の影に問いかける。魔法使いを目指したのはアバンから「向いている」と言われたからだ。師に着いていけるならば職業にこだわりなど無かった。しかし、今から他の道を探せと言われても簡単には思いつかない。未熟なりに積み上げてきたものを捨てる勇気はポップには無い。
無論、マァムは自身の持てる力を捨てるわけではない。戦士として身に付けた体術の心得や親譲りの剛力があったからこそ武闘家という職を見いだしたのだから。回復手として自分では力不足だとも言っていたが、ベホイミは決して容易な呪文ではない。彼女の魔法は今後の戦いの中でも大いに役立つはずだ。再会したときには、培ってきたものを活かした素晴らしい武闘家になっているに違いない。
それでも、生業を変えるというのは大きな決断だ。武器を失ったマァムは一人で悩み、一人で新たな道を志した。その強さにポップは心から尊敬の念を抱く。そして己の小ささを改めて思い知る。
(魔弾銃が使えなくなって、一番つれえのはあいつだって分かってたはずなのに。おれはあいつの苦しみに気づいてやれなかった)
マトリフの元でレベルアップしていくポップを「凄い」とマァムは言ってくれたけれど。全然凄くねえよ、とポップは独り言つ。大切な仲間の――大切な女性の悩みひとつ聞くことができずにいたのだから。
(もっともっと、強くならなきゃ。マァムに心から頼りにしてもらえるくらいに、強く)
固く拳を握りしめ、ポップは自分自身に誓う。
「そんで、ちゃんと自信がついたら……きっと」
出会いの森で言えなかった言葉を、いつか彼女に伝えたい。自分の進む道の先がどうなっているか、まだ不安しかないけれど――まだ見ぬ未来の自分に向けて、頑張れよ、とポップは小さく呟いた。
「やだ、そんなこと考えてたの?」
大戦が終わり数年。ようやく気楽な思い出話として語り合えるようになった頃、ふとあの日の記憶を紡いだポップにマァムは目を丸くした。
「私が勝手に決めちゃったことなんだから、気にしなくていいのに」
むしろ恥ずかしいわ、とマァムは語る。あの頃の自分は人に相談することが苦手で、独りよがりな部分があったと自覚しているらしい。あの後ポップ達が経験した激戦を思えば、一時離脱を責められてもいいくらいだとさえ言う。
「責めるつもりなんてねえよ。武闘家のお前の力が無きゃ切り抜けられなかった戦いがいっぱいあるんだから」
「だったら、ポップも自分を責めたりしないでよ?」
責めてはいねえよ、とポップは口ごもる。
「ただ何となく、おれって情けねえなあと思っただけで」
「情けない?」
「自分で自分の生き方決めようなんて、あの頃は全然考えてなかったからさ。マァムはすげえな、おれとは違うなって思ったんだよ」
実家で武器屋で手伝いをしていた時、「つまらない仕事だ」と感じながらも他の道を探そうなんて考えもしなかった。魔法使いを名乗るようになってからも、心のどこかに「先生が向いてるって言ってくれたから」という思いがあった気がする。もし大成できなくても、自分から選んだ道ではないのだから仕方ない、という逃げの思いが。
「そうかしら」
マァムは首を傾げる。
「私だって父さん母さんの職を合わせて名乗ってただけよ? 母さんに背中を押してもらわなければ旅に出ることもなかった。自分で家を出てアバン先生に着いていったポップは、その頃から私よりずっと勇気があったんだと思うわ」
「そりゃ買いかぶりってもんだぜ……」
「いいわよ、買いかぶりでも」
ふふ、とマァムは笑い、ひん曲がったポップの口元をつんとつつく。
「どんどん成長するあなたに追いつきたくて、私はずっと頑張ってきたんだもの。今までもこれからもずっと、ポップは私の目標なの。あなたのこと誰より尊敬してるわ」
「……尊敬だけ?」
「どうかしら?」
にっこりと眩しい笑顔を見せられて、ポップは「ちくしょう」と呟く。
「お前、はぐらかし方上手くなってねえ?」
「そう? 嘘が上手な大魔道士様を目指しているからかしらね」
「だーっ! そういうの、可愛く――!」
「可愛く?」
「……可愛いぞ! すっごく!」
予想外の言葉にぼんっと頬を赤らめるマァムを見て、ポップはニヤリと笑う。
「ははは! そういうトコ、マジで可愛いな!」
「からかわないでよ! もう! せっかく褒めたのに、馬鹿!」
「からかってねえって~」
ぽかぽかと軽く叩いてくる拳を避けながら、ポップはけらけら笑う。あの時誓ったような強い男になれているか、正直まだ自信は無い。けれど、こうして真っ直ぐに自分のことを「目標だ」と言ってくれる人がいるなら、どこまででも高みを目指していける気がする。今も人に頼ることが不得手な彼女が全身で寄りかかってきても倒れないくらいになりたいと心から思う。
「な、マァム」
「何よ!」
真っ赤な顔のままのマァムに、ポップは柔らかく声をかける。
「好きだぜ」
「! 知ってる!」
破顔する大切な人にポップも満面の笑みを返す。この笑顔を見続けられたなら、目指す道の先はきっと明るく輝いているに違いない。