思い出と約束「レオナとメルルと一緒にね、クレープ屋さんに行ったの」
台所でボウルを用意しながらマァムが語る。
「週に一度だけ広場に屋台を出すんですって。とっても人気ですぐ売り切れてしまうらしいの。私たちの後にもすごい行列ができていたわ」
「へえ」
相槌を打ち、ポップは小麦粉の入った袋をマァムに手渡した。封を開け、袋から直接ボウルに粉を入れようとする彼女に待ったをかける。
「こら。スプーン使え」
「え~……面倒じゃない?」
「ちゃんと分量量らねえと上手くできねえぞ」
ポップは大さじを差し出し、「すり切り四杯な」とマァムに告げる。
「もしかして、お砂糖も量らなきゃ駄目?」
「当たり前。あ、粉付いたままのスプーンこっちに突っ込むなよ!」
マァムは「洗い物が増える」とぼやく。ポップは苦笑しながら砂糖壺の蓋を開ける。
「食えないものができちまって捨てるほうがもったいねえぞぉ~」
「う……分かったわよ」
言いつけどおりしっかり材料を量り、ボウルに入れる。へらで軽く混ぜ合わせながらマァムは話の続きに戻る。
「街のクレープは粉とお砂糖以外にも、牛乳や卵やバターなんかも使ってるんですって。さらっとした生地を鉄板の上に落としてね、木の棒でさーっと丸く広げるの。魔法みたいだったわ」
楽しげに語るマァムに「おれも見てみたかったな」とポップが笑う。マァムも笑顔で「見せたかったわ」と返す。
「今度は一緒に行きましょうね。トッピングも色々選べるのよ」
「へえ。何にしたんだ」
ポップは水差しをボウルに傾けた。砂糖を混ぜた粉にゆっくり少しずつ水を注ぐ。「こういうの苦手だから、お願い」とマァムに託されたのだ。ちょろちょろと注がれていく水を、マァムは感心したように見つめている。
「一気に入れたほうが早い気がするけど」
「ダマになっちまうんだよ。ほれ、混ぜて。あんまりぐるぐるかき回しすぎるなよ」
ポップの手ほどきを受けながらマァムは丁寧に生地を作っていく。おおざっぱなところはあるが、根が真面目なので手順を守ればおかしなものは作らないのだ。綺麗に混ざった生地を二人は満足そうに見る。
「で、何だっけ。クレープのトッピングか」
フライパンを火にかけ、ポップは話を戻した。「そうそう」とマァムは記憶を辿る。
「レオナはね……イチゴバナナチョコアイスケーキホイップクリーム増し増しカラースプレッドデコレーション……だったかしら」
「呪文かよ!」
注文したレオナも請け負った店員も、そのメニューを覚えているマァムも大したものだとポップは感心する。呪文、というツッコミに対して「ほんとね」とマァムは笑った。
「要は人気のトッピング全部乗せね。大サービスで盛られてたから受け取るのも大変そうで。レオナったら落ちそうになったイチゴを口で受け止めてたわ」
「はは、姫さんらしいチョイスだな。」
熱したフライパンに油をなじませ、生地を流し込む。持ち手を軽く傾け、綺麗な丸形に広げる。
「上手ね」
マァムの賞賛を受け、ポップはてへへと笑う。アバンから料理を習っていて良かったと心から感謝する瞬間だ。
「メルルはレモンシュガーっていうのを選んでたわ」
マァムの話はクレープのトッピングに戻る。レモンシュガーはメニューの中で一番安価なもので、メルルはレオナから「遠慮して選んだわけじゃないわよね」と問い詰められていたそうだ。
「焼きたての生地の上に溶かしバターを塗って、レモン果汁とお砂糖を振るの。ひと口もらったんだけど、すごいのよ! 見た目はシンプルなのにとっても美味しくて! 次は私もこれにしようって思ったわ」
興奮気味に話すマァムはまるで幼い子どものようだ。普段はしっかりしてるけど、こういうとこ可愛いよな。胸の内でこっそりそう思いながら、ポップはマァムに問う。
「で? お前はどんなトッピングにしたんだ」
「私? ハーブチキンとレタス」
「……おやつっていうより軽食だな」
「レオナにも言われたわ」
生地の端の色が変わってきたところで裏返す。ほどよく焼けていることを確かめ、裏面にも軽く火を通して皿に移す。
「おかずクレープにするなら砂糖じゃなくて塩混ぜたら良かったかな」
「今は甘いのが食べたいから大丈夫」
できあがった生地にジャムを塗る。店屋で食べるものに比べればずいぶんと質素だ。
「外で美味えもん食ってきて、わざわざこんな地味なもん作らなくてもいいだろうに」
ポップの言葉にマァムはぷくんと頬を膨らませる。
「だって食べたくなったんだもの。ポップが初めて作ってくれたとき、何て美味しいんだろうってびっくりしたんだから」
ネイル村で宿の世話になった際、お茶うけにとポップが台所を借りて作ったのがこの料理だ。あのときは蜂蜜なども塗っただろうか。マァムもダイもレイラも美味しい美味しいと喜んで食べてくれたのをよく覚えている。
「お店のクレープは確かにすごく美味しかったけど、ポップのあのおやつを食べたいなってつい思っちゃったの」
もちもちとした生地を頬張り、マァムは微笑む。
「そうかい」とポップは笑い返した。心の中にまで優しい甘みが広がっていくようだ。
「そういえば、今度はパンケーキのお店に行きましょうって、レオナが言ってたわ」
二人で作ったおやつをしっかり平らげて、マァムが言う。
「ふわふわのホイップクリームが雪山みたいに乗ってるんですって。メイプルシロップやチョコレートソースをかけるのが人気らしいわ」
「美味そうだけど、すげえ甘そうだな」
ポップの言葉にマァムも頷く。
「私、パンケーキは半熟の目玉焼きとベーコンを乗せたのが好きなんだけど……お店のメニューにあるかしら」
またも甘味より軽食的なものを選ぼうとするマァムにポップは笑う。
「それは今度おれが作ってやるからさ。姫さんたちとは甘〜いパンケーキ堪能してこいよ」
「うーん、そうね。そうする。ベーコンエッグパンケーキも楽しみにしてるわ」
「おう、約束な」
二人はにこりと笑い合う。新しい思い出と約束が増えるたび、心は甘く満たされていく気がした。