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    sangurai3

    かなり前に成人済。ダイ大熱突然再燃。ポップが好き。
    CPもの、健全、明暗、軽重、何でもありのためご注意ください。
    妄想メモ投げ捨てアカウントのつもりが割と完成品が増えてきました。

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    sangurai3

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    本編中〜本編後のポプメル。マムも結構出てきます。
    2022/8/20ガルスト展示作品として支部投稿予定てしたが、未完成のため一旦こちらに途中まで上げておきます。
    完成しましたら支部に移行します。

    言えなかった言葉 べっとりと血のついた服を洗う。擦っても擦っても、盥の水がどれだけ赤黒く濁っても、布地は元の色に戻らない。それでもメルルは懸命に手を動かす。
     大方を洗い終えて、大きく穴の開いた片袖に手を伸ばす。繕うより新しい袖を縫い付けたほうが早いだろうと祖母に言われ、思い切って鋏を入れた。皆がレオナから治療を受けている間に近い色の布と糸も仕入れた。もうこの袖は捨てるばかり。洗い直す必要などないのだ。そう分かっていてもメルルは手を止められない。水を赤く染めていく血が、彼の――ポップの身体から流れ落ちたものだと考えるだけで涙が止まらなかった。
    (ごめんなさい)
     ポップが『逃亡』した後何をしていたのか、レオナたちから聞いた。たった一人でバランと竜騎衆の元に向かい、足止めをしようとしていたのだと。服に残っていた無数の裂け目は、竜騎衆の一人に剣でいたぶられた跡なのだとヒュンケルは語った。
    (ごめんなさい)
     メルルは心の中で謝罪を繰り返す。己は彼の真意に気付くことができなかった。ダイへの思いは嘘だったのかと詰ってしまった。彼の流した涙に嘘がないことを知っていたはずなのに、信じきれなかった。問い詰めたとき、ポップは気まずそうに顔を逸らしていた。彼の表情をもっとよく見ていたら、真意に気付けたのかもしれない。気付けたところでメルルにできることなどないけれど――彼の誠意に好意を覚えたはずなのに、勝手に失望して「嫌い」だと言ってしまった自分が許せなかった。
    (ポップさん、ごめんなさい。嫌いだなんて嘘です)
     そう本人に言えたら少しは気が楽になるだろうか。この家に戻ってきてすぐ、レオナとクロコダインが目を覚ましたポップに謝罪した。ポップは「騙したのはおれなんだから」と申し訳なさそうにしていた。メルルもレオナらと一緒に頭を下げたが、「嫌い」と告げたことに関しては口にできなかった。全員満身創痍だったこともあり、その場ではそれ以上の話などできなかった。
    (ポップさんはもう眠っているから……明日の朝に……)
     改めて謝罪をしたい。「嫌い」だなんて嘘だったと伝えたい。この服を仕立て直して、手渡すときにでも……メルルは頭の中で会話のための順序を組み立てる。
    「あれ、メルル?」
     背後からの声にびくりと身を震わせる。振り返ると、裏口にポップが立っていた。白い夜着が宵闇の中でぼんやりと光る。
    「ポ、ポップさん……! どうなさったんですか……?」
     メルルは慌てて立ち上がった。不調を隠して見張りに立っていた彼は「今度無理をしたら承知しない」と仲間たちに凄まれ、ベッドに押し込められたはずだ。
     また何か無理をしようとしているのか。それとも傷が痛んで眠れないのか。心配から眉を寄せるメルルにポップは笑顔を向ける。
    「どうってこともねえんだ。喉が乾いたから水飲みに起きただけ。そしたら外から物音がしたからさ」
    「そうでしたか」
     メルルはほうっと安堵の息を吐いた。ポップの声色は落ち着いている。嘘をついているようには感じなかった。
     物音の原因が分かったというのに、ポップはその場を動こうとしない。メルルは小さく首を傾げる。
    「メルル。それっておれの服かい?」
     そう問われて、切り取られたの片袖を握りしめていたことに気付いた。ポップの血が染み込み、赤黒く染まった布。
    「あ! これは……その……」
     捨てるはずの片袖を必死に洗っていたなんて、どう思われるだろうか。上手い返答が思いつかず、メルルは「あの、その」と意味のない言葉を繰り返した。
    「ごめんな」
     思いもよらぬ言葉をかけられ、ハッと顔を上げる。ポップは眉を下げてへにゃりと笑っていた。
    「怖かったよな。急に戦いに巻き込んじまって、さっきだってあんなことになってさ。迷惑かけて、本当にすまねえ」
    「そんなこと……!」
     メルルはぶんぶんと首を横に振った。彼らと行動を共にしたのも、この家に招き入れたのも、メルル自身の意志だ。ポップに謝ってもらうことなど何もない。
    「……迷惑なんて思ってません。わ、私は、ポップさ……皆さんのお役に立てるのが嬉しいんです」
     絞り出すように、何とかそれだけは言えた。ポップは優しい瞳をメルルに向ける。
    「へへ、そっか。ありがとな」
     人好きのする気安い笑み。きっと彼は誰にでもこの笑顔を向けるのだろう。メルル相手でなくても、誰にでも。
    (ここにいるのが私じゃなく、ポップさんが心から信頼している人――ポップさんが心から想う人だったら……無理も遠慮もしていない顔を見せてくれたのかもしれない)
     出会って数日の自分と、彼と共に戦場を駆けてきた仲間を比べてもどうしようもないというのに。ポップの言葉や表情に疎外感を覚えてしまう自分が情けなくなる。
    「お洋服、明日までに繕っておきます。ポップさんはゆっくり休んでくださいね」
     心を覆う暗い陰を隠し、メルルは精いっぱいの笑顔を作った。ポップはこくりと頷く。
    「メルルも無理しないでくれよ。もう夜遅いんだから」
    「……はい」
     家の中に戻る後ろ姿を見守る。朝が来れば彼らは旅立つ。偶然が生んだ縁はもう途切れてしまうのかもしれない。
    (ごめんなさい。嫌いなんて嘘。私は、あなたを――)
     開きかけた唇を引き結ぶ。メルルはぼろぼろの片袖を強く握りしめることしかできなかった。



     水晶玉にはただメルルの顔が映るばかりだった。どれだけ意識を研ぎ澄ませても、どれだけ祈りを捧げても、透明の玉の中に欲するものは浮かんでこない。
    「メルル、無理をしないで。少し休みましょう」
     そう声をかけてくれるレオナこそ疲労困憊の様子だった。無理もない。あの朝以降、負傷者の治療やダイ捜索の指揮でほとんど寝ていないはずなのだ。本当は泣き叫びたいだろうに――王女は微笑みを絶やさず、自身の為すべきことを全うしようとしている。
    「二人とも大丈夫?」
     別室で兵の治療に当たっていたマァムが扉の向こうから覗き込んでくる。彼女もまた、戦いの疲れを癒やす間もなく忙しく動き回っている。
    「今、休憩しましょうって話してたところよ。マァムもこっち来て座ったら?」
     レオナが手招きをすると、マァムは少し迷いを見せた。
    「もう一度谷に行ってみようかと思うんだけど」
    「今日はやめときなさい。いくら体力自慢のあなたでも倒れちゃうわよ」
     そう言ってレオナはマァムを部屋に引っ張り込んだ。三人でテーブルを囲み、冷めた紅茶をすする。
    「……ポップも、変わらず?」
     気遣わしげにマァムが問う。メルルは小さく頷いた。
     目を灼くほどの光が弾けた後、ポップの意識はメルルからは全く見えなくなった。精神感応にも応えようとせず、覗こうとしても暗闇が広がるばかりなのだ。メルルから話を聞いたフローラは「無理に見ないほうがいい」と助言した。どこまでも広がるポップの中の闇にメルルまで取り込まれはしないかと不安視したのだ。
     しかしメルルはポップに呼びかけることをやめなかった。ダイの行方を探す傍ら、幾度となく彼の名を呼んだ。この行為でポップに幻滅されても構わない。己の精神が傷つけられることも怖くなかった。ただポップの声が聞きたい。その一心でメルルは彼の意識に挑み続けた。
     ポップは今、この砦にはいない。心を閉ざしたままダイを探して世界中を飛び回っている。彼が帰ってくるのは魔法力と体力が極限に達したときだけだ。この数日、ポップとまともに会話を交わせた者はいなかった。
    「メルルは凄いわ」
     静かにマァムが言う。メルルは首を横に振った。
    「他に何もできないから、こうしているだけです。ポップさんやダイさんのためというより、自分のためにやっているようなものです」
    「それはあたしも同じよ」
     レオナが優しく微笑みかけてくる。
    「じっとしてると苦しくなってしまうから、動き続けてるの。一度立ち止まったらもう何もできなくなってしまいそうで……怖い」
    「姫様……」
     めったに聞くことのないレオナの弱気な言葉だ。かける言葉が見つからず、メルルは王女の顔を見つめることしかできない。
    「……やっぱり、ロロイの谷にもう一度行ってくるわ」
     紅茶を飲み干したマァムが立ち上がる。
    「今日はやめときなさいってば。全然休めてないじゃない」
    「私も同じよ。怖いから動かずにいられないの」
     小さく笑い、マァムは部屋の外へと向かう。
    「マァムさん。私も行きます」
     メルルも水晶玉を手に立ち上がる。身体を休めなければいけなことは分かっていたが、やはりじっとしてはいられなかった。
    「場所を変えたら何か見えるかもしれません。ご一緒させてください」
     マァムはしばし無言で考え込んでいたが、「じゃあ行きましょうか」と笑顔を浮かべた。
    「二人とも早めに帰ってくるのよ~」
    「レオナこそちゃんと休んでね」
     ひらひらと手を振るレオナに手を振り返す。メルルとマァムは連れ立ってロロイの谷を目指した。

    「時間や視点を変えれば、何か見つかるかもと思ったんだけどね……」
     崖の上からマァムが駆け下りてくる。ピラァの下でメルルは水晶玉を見つめていた。
    「メルル、あんまり無理しちゃ駄目よ」
    「ええ……」
     丸い水晶には青空が映っている。あの朝とよく似た美しい空だ。しかしその青がよく似合う小さな勇者は何処にもいない。
    (ダイさん……何処にいるのですか……どうか、どうか帰ってきて……)
     明るい笑顔を思い浮かべながら祈る。わずかでも手がかりが見つからないかと、水晶玉を覗き込む。
    「!」
     青空を流星が横切った。ハッと上を見ると、一条の光が砦の方向へ飛んでいく。
    「ポップ……!」
     マァムの悲痛な声が聞こえた。また気絶寸前の状態で戻ってきたのだろうか。
    (ポップさん。ダイさんはきっと見つかります。だからお願い、無理をしないで……)
     メルルはポップに呼びかける。返事は一向に返ってこない。眩しいほどの青空の下、心の目をいくら凝らしても暗い闇が晴れることはなかった。



     やや幅のある川の前で三人は立ち止まった。目的の村に続く道は流れに向かっている。川の中には数個の飛び石があった。ここを渡るのが正式なルートのようだ。
    「聞いたとおり、近くに橋はなさそうですね」
     メルルが川の周辺を見渡す。
    「今は流れが緩やかだけど、雨が降ったら渡れないわね。大量の荷物を運ぶのも難しそう」
     マァムが眉をひそめる。昨夜泊まった街で、商隊の者からこの先の村について聞いた。小さな集落ゆえに橋を架けるほどの予算がなく、大雨のたび陸の孤島状態になるそうだ。
    「まずは現地で聞き取りだな。行ってみようぜ」
     ポップの言葉に二人は頷く。旅の主目的はダイの捜索だが、世界中で起きている大小の問題を国へ報告し解決へ導くことも彼らに課せられた使命なのだ。
    「私が先でいいわよね?」
     トベルーラ、あるいはマァムの脚力でも一飛びで越えられる川幅だが、村人たちと同じ方法で渡ろうということになった。道先の安全性が不明な場合、先頭をマァム、しんがりをポップが務めるのが恒例となっている。いつもどおりメルルは二人の間に立つ。
    「長く使われているのね。石の表面が足の形にへこんでるわ」
    「踏み外すと滑りそうですね」
    「この石を残すにしても、手入れが必要だな」
     飛び石は古いものらしく、踏み跡の外側には藻がびっしりとついている。三人は慎重に歩を進めた。
     最後の石からぴょんと跳躍し、マァムが川岸に辿り着いた。
    「結構距離があるから気をつけて」
    「はい」
     手を貸しましょうかというマァムの申し出をメルルは断った。意地を張ったわけではない。仮に足を滑らせても水深は膝下程度。手を借りるほどのことはない、と思ったのだ。
     右足に力を入れて踏み込む。その瞬間、足元で小魚が跳ねた。つま先が藻にかかり、ずるりと滑った。体制を立て直そうと左足で無理に踏ん張ったのが良くなかった。メルルの身体はぐらりと後方に傾ぐ。
    「危ない!」
     マァムの声が遠く聞こえる。このままでは後頭部を飛び石か川底にぶつけてしまう。せめて受け身を取らねば。そう思うのにメルルは身体を上手く動かせなかった。対岸を見ていたはずの視界に青空が広がる。時間がやけにゆっくり過ぎていくように感じた。
     ばしゃん、と大きな音がして、メルルは目を瞬かせた。確かに水音を聞いたはずなのに、覚悟していた冷たさも痛みも訪れる気配はない。代わりに、己の身を支える力強い腕の温かさを感じた。
    「あっぶね〜。ギリギリセーフ!」
     視線の先に、にかっと笑うポップの顔が見えた。からりと晴れた青空を背景に、メルルを見下ろしている。ここに来てようやく、メルルは自分がポップに抱きかかえられているのだと気付いた。 
    「ポ、ポップさん! ごめんなさ……!」
     慌てて身を起こそうとするも「危ないから」と止められた。ポップはじゃぶじゃぶと川の中を歩く。ブーツや下衣が濡れることなど、まるで気にしていないようだ。メルルは無言でポップにしがみついた。恥ずかしさと申し訳無さで顔が熱くなる。
    「あー良かったあ」
     前方から安堵の声が届く。目を向けるとマァムも片脚を水の中に突っ込んでいた。倒れていくメルルを助けようと川に踏み込んだのだ。ポップが岸に辿り着いたのと同時に、マァムも脚を水から上げる。二人のブーツからぐぼ、と籠もった音がした。
    「ごめんなさい、お二人とも」
     どじを踏んだ自分一人が無事であることに申し訳無さが募る。俯くメルルに、明るい声が返ってきた。
    「気にしないで! メルルに怪我がなくて良かったわ」
    「この天気ならすぐ乾くだろうしさ」
     青空と同じくらいからりとした表情で、ポップもマァムもメルルを見つめている。心からメルルの無事を喜んでくれているのが分かる。恐縮するばかりでは、却って彼らに気を遣わせてしまうだろう。そう考え、メルルは笑顔を浮かべた。
    「ありがとうございます」
     ぺこりと頭を下げると二人は照れくさそうに笑う。外見はさして似ていないのにその表情はとてもよく似ていて、メルルの心には温かさと痛みが同時に生じた。
    「これ、脱いじまったほうが早く乾くかなあ」
     メルルを下ろし、ポップはずぶ濡れのブーツに手をかける。
    「ブーツは乾くかもしれないけど、足に土が付いちゃうわよ」
     前方の細道には土埃が舞っていた。裸足で歩けないほどの悪路ではないが、マァムの言うとおり足が汚れてしまいそうだ。
    「じゃあ、こうすりゃいいじゃん」
     にんまりと笑い、ポップは宙に浮いた。ブーツを脱ぎ、逆さまにして振る。びしゃびしゃと水が中から零れ出てくる。
    「メルル、手ぇ繋いで」
    「えっ」
     ブーツを片手に抱えたポップはメルルに手を差し出した。何故マァムではなく自分なのかと、メルルは目を丸くする。
    「おれもマァムも片手塞がっちまうからさ。真ん中にメルルが入ってくれよ」
    「え、でも、私はこのまま歩けますよ?」
     メルルは服の裾さえほとんど濡れていないのだ。ポップと共に飛ぶ理由がない。
    「たまにはみんなで飛ぶのもいいじゃない。ここのところ歩きどおしだったものね」
     戸惑うメルルにマァムも手を差し出す。にこりと微笑みかけられ、メルルは反論の言葉を失ってしまった。
    「ほら、早く」
     ポップがメルルに手を伸ばしてくる。グローブで覆われた手のひらに指先で触れると、強く握り込まれた。次いでマァムとも手を繋ぐ。三人の身体はふわりと空へと浮き上がった。
    「ちょっとぉ! 高く飛びすぎじゃない?」
    「たまにゃあいいじゃねえか!」
     両手の先でポップとマァムがいつものように掛け合いをしている。彼らの手しているずぶ濡れのブーツが風に煽られてぐぽぐぽと鳴った。何故だか妙に可笑しくなって、メルルは大きな声で笑い出した。
    「ふふふ……あはははっ!」
    「ど、どうした? メルル」
     ポップが目を見開いている。マァムも突然笑い出したメルルに驚いているようだ。
    「な、何だか…急に楽しくなっちゃって……ふふふ、あはははは!」
    「何だよそれぇ! ふはははっ」
    「ちょ……釣られちゃう……ふふふふふっ」
     笑いの止まらないメルルを見て、二人も笑い出す。繋がった両手が温かい。大笑いしながらも、メルルを振り落とさぬよう二人はしっかりと手を握ってくれている。
    (こんなにも大切にしてもらっている。私が返せる以上に、ずっと。それなのに、私は)
     ポップとマァムがアイコンタクトを取っているのを横目で見る。飛行バランスを崩さぬよう注意しているだけ。そう分かっていても、言葉に出さずに通じ合えている二人の姿がやけに眩しく見える。
    (同じになんてなれるはずがないのに、私は何を望んでいるというの)
     胸をちくりと刺す痛みに気付かぬ振りをして、村に着くまでメルルは笑い続けた。



    「あなたのこと、嫌いです」
     メルルの言葉をポップは静かに聞いていた。
    「嘘つきで、いつも無理ばかりして、お喋りなくせに大事なことは言わないで……そういうところが大嫌いです」
     こくりとポップが頷く。メルルはぎゅっと拳を握りしめた。
    「好きな人のことはからかったりせず優しくしてあげたらいいんです! 逆に何とも思ってない相手に優しくしないで。気持ちとやっていることがあべこべだから誤解してしまう……勘違いしてしまうんです!」
    「……うん」
     静かに応えるポップをメルルは強く睨んだ。
    「そ、そうやって……どうして私の言葉なんかに頷くんですか 『おまえに言われる筋合いはない』って怒ればいいのに!」
    「いやあ、怒れねえだろ」
     ポップは眉を下げてへにゃりと笑う。
    「だって本当のことだもんよ。こんなこと言いたかねえだろうに言ってくれるの、ありがてえなって思っちまうよ」
    「な……!」
     絶句するメルルにポップは笑いかける。
    「癖になっちまってることもあるから時間かかるかもしれねえけど、直せるように努力するよ。メルルに嫌われたまんまは寂しいからさ」
     柔らかく微笑むポップの胸をメルルは拳で打ちつけた。
    「そういう、あなたのそういうところが……! 私は……!」

    「『  』なんです……!」

     最後の叫びは夢の中に収められたのか、それとも声に出してしまったのか。メルルはゆっくりとベッドから起き上がる。同室のマァムは室内にいない。既に起きて、外に出ているようだった。万一寝言を言ってしまったとしても聞かれてはいない。そのことに深く安堵する。
     昨日は遠方の村に出向き、諸問題の聞き取りをしてきた。小さな集落には宿屋もなく、ポップの提案でその日のうちに大きな街まで戻ることとなった。久しぶりの柔らかなベッドが逆に安眠を妨げたのかもしれない。メルルは首をぐるぐると回す。軽く伸びをすると、寝起きの怠さが少しましになったように感じた。
     着替えを終えて部屋を出ると隣室のポップもちょうど出てきたところだった。
    「おはよう! 今日はゆっくりなんだな」
     いつもと変わらぬ明るい笑顔と声色。メルルも笑顔で挨拶を返す。
    「おはようございます。ええ、少し寝過ぎてしまったようですね」
    「そこまで遅くはねえだろ。疲れが出てるんじゃねえか? 無理しないでくれよ」
     気遣いに礼を返し、二人で宿の食堂へと足を向ける。階段の踊り場でマァムと顔を合わせた。早起きの彼女は走り込みをしていたようだ。
    「汗かいたから着替えてくるわ。先に食べててちょうだい」
     そう言って笑い、部屋へ駆けていくマァムに「慌てなくていいから」とポップと二人で手を振る。
    「ああ言ってましたけど、待つでしょう?」
    「ん。久々の宿なのに、一人メシ食わせるってのもなあ」
     食堂へ入ると打ち合わせるまでもなく窓際の席に向かった。「後で連れが来る」と店員に告げ、果実水を注文する。甘酸っぱい香りを嗅ぐと夢見の悪さもいくらか和らぐ気がした。
    「あの、ポップさん」
     しばしの沈黙の後、メルルは意を決して口を開いた。
    「ん? 何だい?」
     ポップは大きな瞳をくるりとメルルに向ける。
    「『嫌い』って言ったの、嘘ですから」
     小さな声で伝えるとポップは二、三度目を瞬かせ、次いで口元をゆるりと緩めた。
    「何だよ、いきなり。ずいぶん前の話じゃねえか?」
     テラン城でのことだろう? とポップは言外に問う。今度はメルルがぱちぱちと瞬きをした。
    「え、ええと……そうですね」
    「はは。あれはおれのやり方が悪かったんだからさ。全然気にしちゃいねえし、メルルも気に病まないでくれよ」
     からからと笑い、ポップは果実水を飲み干す。メルルが更に続けようとしたところで着替えを終えたマァムがやってきた。ハッと口を噤むメルルを見て首を傾げる。
    「ありがとう、待っててくれたのね。……話の邪魔しちゃった?」
     いいえ、とメルルは首を横に振った。「ちょっと昔の話してたんだよ」とポップが続ける。「そう」と軽く頷き、マァムは席に着く。タイミングよく現れた店員にそれぞれ食事の注文をした。
     朝食を取りながら、三人は大戦のころの思い出話に花を咲かせる。それぞれの修行話などに相槌を打ちながら、メルルはそっとポップの様子を窺った。視線に気づいたポップはメルルに笑みを向ける。眉の下がったへにゃりと気の抜けた笑みを。
    (ああ。やっぱり、私はあなたのそういうところが)
     メルルはテーブルの下で拳を握りしめた。視界の端で相変わらずポップはへにゃりと笑っている。
    (本当に嘘つきですね、ポップさん)
     心の中の呟きに応えるかのようにポップはぽりぽりと頭を掻いた。情けない笑みを浮かべたままの彼が何だかとても可笑しく見えて、メルルはくすりと笑った。



     笑顔と歓声が溢れる中、メルルは広間の隅に身を寄せた。ダイとポップが肩を抱き合い笑っている。レオナが涙ぐみ、マァムがその背をさする。絵に描いたような幸せな光景だ。
     数年来、ここにいる者たち全員が待ち望んできた日がようやく訪れた。勇者は無事に帰還し、仲間たちに囲まれている。彼を探して世界中――その範囲は魔界にまで及ぶ――を駆けずり回ったポップらに、皆が労いの言葉をかける。メルルはその様子を微笑みを浮かべて見守る。
     ポップ、マァムと組んで地上を巡ったパーティーは一年ほどで解散した。ポップが魔界行きを見据えて単独で行動したいと申し出たからだ。瘴気の渦巻く異界においては、自分たちは力になるどころか足手まといだ。そう考えたマァムとメルルはポップの申し出を了承した。
     旅は一旦終了となったが、世界の諸問題が解決したわけではない。メルルもマァムも依頼に応じて各国に赴く多忙な日々が続いた。あるときは井戸を掘るための水脈探し、またあるときは土砂崩れで塞がった山道の復旧作業。内容の差はあれど、救いの手を求める声は絶えなかった。
    「旅していたころよりも忙しいかも」
     そんなふうに笑い合ったこともある。二人とも、ひたすらに信じて待つことの苦しさを休みなく動くことで忘れようとしていた。行く先々で感謝の言葉を受けるたび、この喜びを必ずダイたちにも届けるのだと誓い合った。長いようで短く、やはりとても長い日々だった。

    「メルル」
     レオナの元にいたマァムが近寄ってくる。二人でグラスを合わせ、小さな声を乾杯をする。
    「みんなのところに行けばいいのに」
    「ええ。でもここから皆さんを見ていたいなと思って」
     壁に背を預け、和やかに語り合う仲間たちを眺める。ダイとポップはまだ肩を組んだまま笑っている。
    「確かに、ここから見るのもいいわね」
     にこりと笑うマァムにメルルは微笑み返した。
    「ねえ、メルル」
     ダイとポップを見つめたまま、マァムが口を開く。
    「私ね、あなたと友達になれてとても嬉しかったの。旅をしている間もその後も、色んなことを話せて、私に足りないこともちゃんと言ってくれて。本当に感謝してるわ」
    「マァムさん……それは私も同じです」
     戦後、同じ時間を過ごすことが一番多かったのが彼女だ。性格や人との接し方など相反する面も多々あったが、旅をする内に互いにとってのちょうどよい距離感が分かるようになった。今では一番本音を語り合える相手だと言ってもよいかもしれない。
    「これからもずっと友達でいてくれる?」
     マァムが窺うようにメルルを見つめてくる。その言葉の真意が掴めずメルルは首を傾げた。
    (それは、マァムさんがポップさんの想いに応えても……ということ?)
     旅の間、二人の仲が進展した様子はなかった。だがそれはダイを見つけるという大きな目的があったためだとメルルは考えていた。ダイが無事に帰還すれば、きっとポップとマァムは結ばれるのだろう、と。
     ダイの生存が確実となり、ポップの心の闇が薄まって以降は、彼の意識を覗かないように心がけてきた。本来、他者の精神など無闇に覗くものではない。ポップが前を向いて生きてくれたなら、メルルはそれだけで満足だったのだ。
     彼は親友を取り戻した。そして長年の恋をようやく実らせるのだろう。やっとポップの真の笑顔を見られる。そう考えるだけでメルルは幸せだった。
    (本当に?)
     問いかけてくるもう一人の自分の声を封じ込める。
    (この数年間、ただただ待ち続けて、自分の想いに蓋をして。それで本当に幸せなの)
    (ええ、幸せよ。これは私が望んでいた未来だもの)
     封じてもなお言いつのる声に対し、メルルはきっぱりと断言する。元より諦めるつもりだった恋なのだ。
     メルルはポップのことが好きだ。彼に幸せになってほしいと願っている。そしてマァムのことも好きだ。彼女ならばポップと二人で彼ららしい幸せを掴んでくれると信じていた。
    (だから、これでいいの)
     ダイを抱きしめて笑っているポップと、何故か不安げなマァムの顔を交互に見つめ、メルルは笑みを浮かべる。
    「私もマァムさんとずっと友達でいたいです。これからもよろしくお願いします」
     穏やかに応えるメルルを見て、マァムはホッとしたように笑っていた。



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