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    令和の米屋と奥さんとジョーとチェリーと(2021/10/29)

    令和の米屋と奥さんとジョーとチェリーと 始まりこそあんなだった俺達だが、改めて気持ちを伝え、晴れてお付き合いをすることになった。
     これまでの俺はと言えば、配達先の客に惚れて恐ろしく不毛な片想いを始めてしまい、せめて声を聞きたいとか顔が見たいとか、よこしまな気持ちのまま桜屋敷先生の家へと出向いていた。今思えば申し訳ないでしかなかったが、相手も似たような心境だったとわかり、俺達の間では此処でのコンプラはノーカンとなっている。
     それでも、薫が初めて伝票に書いてくれた『桜屋敷薫』の筆跡は、付き合う前からお守りのように持っていた。今改めて考えたら気持ち悪いでしかない行動が恥ずかしくて、薫にはとても言えたもんじゃない。
     
     付き合おうと言った後、薫は少し逡巡したようだったが、暫くしてこくりと頷いてくれた。
     エッチの最中、俺が薫のことを好きだとわかった途端に豹変した薫だったが、散々シた後には色々な感情に治まりがついたのか、抱き合った後のベッドの上で布団にぐるぐるとくるまっていて、さっきまでのが嘘だったみたいにかわいくなっている。いや、さっきまでも十分かわいくて綺麗だったのだが、それはまた改めて思い起こすことにする。
     薫が何か言いたげに俺を見つめて、結局何も言えないでいる姿は、心臓が破裂しそうなほどぎゅっとなって、大層まずかった。付き合って早々、恋人が、薫がかわいすぎて自分が死ぬ心配をすることになるとは、思ってもみなかった。
     しかしかわいいからと薫の言いたいことを無視するわけにはいかない。言いたいことがあるなら、聞いてやらないとまずいのは既に察していた。なんというか、溜め込み癖がありそうな奴だから。
    「お互い知らないことだらけだもんな。何が気になってる?」
     ぐるぐる巻きの隙間から零れるように流れた薫の髪を手にとり、さらりと指を透かす。薫は少しして、じっと俺を見つめて呟いた。
    「……恋人になっても、何をしていいかわからない」
    「ッ……!!」
     俺は死んだ。
     いや、だめだ、こいつと一生でも生きていたいから、死ぬわけにはいかなかった。なしなし。かと言って心臓が変な音を立てるからすぐに生き返れるわけもなく、突っ伏した状態から、大きく息を吐いて薫を見上げた。
    「恋人になって即なんだかんだするってわけじゃないから、安心しろよ」
     まぁナニはするんだが、と心の中で呟いて、戸惑ったようなままの薫に笑みを向ける。何も無茶をするわけじゃない。これからは薫のペースに合わせつつ、俺のペースに合わせてもらえばいいだろう。こういうのは大体フィーリングだから、俺の得意分野だ。
    「他には?」
    「……付き合っている男か女は? 妻子持ちとか」
    「……そこ?」
     今度は真顔で尋ねられ、俺の方が焦った。パン一で慌てるのも滑稽なのだが、そこはベッドの上だからしょうがない。にしてもそういう心配をされるとは、困った。男は薫が初めてだし、女だって薫に惚れてからは手を出してない。
     ちゃんと薫のことが好きだから安心して欲しいというようなことを伝えると、薫は改めての「好き」を何故か反芻するように口に乗せて、また頷きを返した。
     端的に言って、俺の恋人がかわいい。あんまりかわいいから、少し困らせたくて俺は聞かなくていいことを聞いてしまった。
    「薫。なんか俺に隠しておきたいこととかある?」
     その問いかけに、薫は一瞬渋い顔をして、その顔のまま「……別に」と呟いた。「そっか」と応えたが、自業自得なのだが、俺の内心はひどくそわそわしていた。まあ、そうだよなぁ。一個か二個か三個くらいは、言いたくないこともあるだろう。わかっちゃいるが、俺はたった今、人生でおそらく一番本気で恋をしていて、相手の一挙一動に変な感じになってしまう、童貞マインドだったから、ちょっとくらいはそんな内心にぐるぐるしても仕方ないだろう。
     そんな俺だが、薫に対しては布団にぐるぐる巻きのままでこめかみにちゅーしたりと、そういうのは止められない。うとうとし出す顔もかわいいし、ずっと見ていたくなる。どう考えても恋に溺れているわけだが、溺れるほどの恋がこんなにいいものだとは、今まで知らなかった。
     薫が寝入りそうなとき、ふと頭を掠めたのは、スケートやSのことだ。そういや、いつ言うか。まぁいつでもいいだろう。この時はそう思ったのだが、この瞬間に話していれば、この後あんなにこじれにこじれることはなかっただろう。俺はそんなことも知らず、ぐるぐる巻きの薫を抱きしめたまま、眠りについたのだった。
     
     その日、うちの店に珍しい客が訪れた。
    「やあ、君ともあろう男が、最近は随分落ち着いてるんだって? 病気ならいい医者を紹介するよ」
     それが主に下半身を指してのこととわかり、はぁと息をつく。数年のブランクはあれど学生の頃からの友人だ。ここ何年かは取り付く島もない様子だったが、最近は心境の変化があったのか、俺の店にも時折顔を見せるようになっていた。
     主に米を販売する店の他にもう一店舗店を構えていて、米料理を中心としたイタリアンの提供と夜にはBarをやっている。四六時中俺が厨房にもカウンターにも立つわけじゃないが、愛抱夢は俺が居る時を狙って現れるから、どっかから監視でもされているのかもしれない。
    「おあいにくさま、全然元気だっつの。恋人ができたんだよ、恋人が」
    「それはそれは。ついに稀代の女たらしも年貢を納めるというわけか」
     くっと笑いながらグラスを傾ける姿は、そっちのほうがよっぽど撮影のワンシーンのようで、呆れるような想いだった。ふと思い出したのは、次に会ったら聞こうと思っていた『薬』の話だ。
    「そういや、お前詳しいよな。怪しげな薬だとか」
    「君が僕をどういう風に見ているのか、よくわかる一言だ」
    「これ知ってるか」
     愛抱夢が適当なことを言うのは無視して、ことんとカウンターに置いたのは、こっそりと薫の家から回収した『媚薬』の入っていた小瓶だ。麦茶に入れられたこれを持ち出したのは、自分の身体の心配より、これを入手した薫のことが気に掛かっていたからだった。
     愛抱夢ならツテもあるし何か知っているかもしれないと、軽い気持ちで聞いてみたが、意外な反応が返ってきた。
    「……へえ? これはどこで?」
    「付き合う前の恋人に盛られそうになったんだよ。まぁ飲んだけど」
     少し前のことなのに懐かしさすら覚えながら呟くと、愛抱夢は愛抱夢で「……なんてことだ、なるほど……」とかよくわからない言葉と共に、唐突に立ち上がった。
    「ビーフだ!!」
    「はあ??」
     そんな突然の宣言と共に、俺は名前しか知らないSのスケーター『チェリーブロッサム』とのビーフの予定を組まれてしまうのだった。
     
    「チェリーブロッサム……ねえ」
     愛抱夢がやると言い出したのだから、その後はあれよあれよという間にチェリーブロッサムと俺――ジョーとの試合が組まれた。チェリーブロッサムのことはその名前と、何かの時に写真を見たことがあったくらいだ。それも遠目だったし、よく覚えていない。俺がイタリアに行っていたSの立ち上げの頃から頂上決戦に名を連ねていたと聞くが、ここ数年はあまり姿を見せていないようだ。俺とは丁度時期がずれていたこともあったし、お互い皆勤賞でもないからSで顔を合わせることがなくても、これまで気にしたことはなかった。
     それが突然のビーフで正直面食らったが、それよりも楽しみが勝るのは、どうしようもなかった。
     本気を出せる相手との勝負は久しぶりだ。
     そんなことを考えながらでも、脳裏に浮かぶのは薫のことだ。
     薫にスケートの話はまだしたことが無かったが、話せば応援に来てくれるだろうか。でもいきなりだと俺が黄色い(黄色くないのも含む)声援を浴びるのを嫌がるかもしれないし、それより薫があのSの中にいるのを想像したら、余りにも似合わなくてふっと笑ってしまった。そんなとき薫から着信があって、どきりとしながら電話に出る。
    「もしもし?」
     俺が声をかけると、いつもよりずっと低い薫の声が聞こえた。疲れているのかと思ったが、これはきっと何かに本気を出しているときの声だと思った。
    『しばらく会えなくなった』
    「あー……仕事か? いいけど、あんまり根詰めるなー……は俺が言うことじゃないな。飯はちゃんと食って、睡眠もできるだけとれよ」
     知った風に口やかましいことを言うと、電話口で薫が「ふふ」と笑うのが聞こえる。俺の物言いに笑ったのじゃなくて、どこか不気味なくらい機嫌が良くて、思わず首を傾げてしまった。
    「……なんだ、ご機嫌だな?」
    「二つも楽しみができた。……虎次郎。今度、話がしたい」
     そう言われ、そうと言われたわけではないのに、隠し事のことだと咄嗟に感じた。
    「そりゃ……楽しみだな」
     俺も薫の隠し事程のことではないが、そろそろスケートのことを伝えておこうかと考えながら、肩にスマートフォンを挟んで腕を組む。
     チェリーブロッサムとのビーフには賭けたいものがない。愛抱夢にそう伝えたら、奴への挑戦権を用意してくれた。ずっと断られていた愛抱夢とのビーフができるなら願ったりかなったりだ。『チェリーと別のものを賭けてもいいよ』と言われているが、初対面の対戦相手と賭けたいものなんて、浮かぶはずもなかった。
     十日後のビーフの後、チェリーブロッサムに勝ったら、愛抱夢との一戦の前には薫と過ごしたい。
    「なぁ、薫。俺もちょっとごたごたしそうなんだけど、十日と……少し後には会えるか」
    「ああ、その頃なら俺も、お前に会いたい」
     そう言った電話口の薫の抑揚が、まるで決闘を前にして昂るそれのように聞こえて、ぞくりと肩が震えた。
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