悪夢を包む(ッチ……。寝ねぇのかよ。もう朝になるだろうが)
真っ暗な部屋の中、モニターに映るグレイの目は、まるで感情を失ったように冷たく、やつれているように見えた。生きているのか死んでいるのかわからないその目は瞬きを忘れ、無心でモニターを凝視していた。
もうゲームはプレイし終わったというのに、起動したままのモニターをそのままにして微動だにしないグレイ。何を考えているのかはグレイの中にいる俺でさえもよくわからなかった。おそらく考えることを放棄していたのだろう。
「………………寝ないと」
ビリーくんやジェイさんに迷惑かけたら申し訳ないし……心のなかでそう呟きながら、グレイはゲームの電源を落とし、重い足取りでベッドに寝転んだ。義務感で行動した結果だとすぐにわかる。
(グレイ、なんで薬の力を使ってまでヒーローなんかになったんだよ。てめぇの性格なら、こうなることは一目瞭然だったろ)
他人を前にしておどおどしてうじうじして……そんな奴が二度もトライアウトに失敗したと思えば、今度は薬の力で無理矢理ヒーローになって。
……俺みたいなのが生まれてしまった。グレイが俺の存在を知ったら、どんな反応をするだろうか。……そんなこと、考えても無駄だ。俺がやることはただひとつ。
ブタ野郎を、アッシュ・オルブライトを殺す。それだけだ。
「…………アッシュ……」
グレイは自分の額の傷をそっと触った。グレイにとっては見た目なんかよりもよっぽど深く、忘れたくても忘れられない大きな傷。
そんな傷をグレイに与えることになった元凶が、正義だかなんだかのヒーローとして、のうのうと生きてやがる。しかも同じチームでこれからやっていかなければならない。グレイが何も思わないはずがない。
だからグレイは、寝るのが怖いんだ。
「…………寝たく、ないな……」
コイツが毎晩うなされているのは知っている。
昔の……アカデミーの頃を思い出したからか、ブタ野郎やその取り巻きとの思い出したくもない記憶を夢で見ている。毎晩、何度も。
俺が生まれる前……ヒーローになる前はたまに見る程度だったらしいが、最近は毎日ずっと。
* * *
「……うう、う…………」
眠りについたグレイは、過去の記憶を繰り返し再生し、苦痛によって小さく声を漏らしていた。
アカデミー時代のグレイの記憶を見れば、酷いものばかりだ。バカにされたり笑い者にされたりゴミ箱にブチ込まれたり……思い出していいものじゃない。
できることなら、アカデミーの頃から存在していたかった。今更そんなことを考えたところで、グレイのトラウマを、俺がどうにかすることなんてできない。それでも――。
(……安心しろよ。俺がいる)
今はまだ、俺の声はグレイに聞こえない。だからこそまっすぐと言う。今しか言えないだろうから。
(俺はグレイ、てめぇの味方だ。何があっても)
他でもないグレイ、お前の分身だから。
ブタ野郎がなにか言ってくれば、俺は必ずてめぇを助けてやるよ。いつか必ず、てめぇを脅かす存在は俺が――。
「…………うー……」
……グレイ。
今は、何も考えるな。過去のこともブタ野郎のことも。せめて夢の中くらい、自分に都合のいい夢を見たっていいだろ。
(あー、こんな夢は? てめぇはスーパーヒーローで、街を歩けば誰からも慕われる存在で――)
いや、違うな……。少なくとも今は――。
(街に現れた強大な敵に出会ったてめぇは、ヒーローとして、圧倒的強さで敵をぶっ倒す。そんな夢でも見とけ)
今の俺にできるのは、これくらいだ。
(てめぇが悪夢をみてると鬱陶しいからな。自分本位で幸せな夢でも見てろ)
……声をかけたって届かないのに、俺は何をしているんだか。バカなことやってないでさっさと寝るか。
「…………ふふ」
さっきまでの苦しそうな声はどこへいったのか。グレイはのんきな声で、幸せそうに笑った。
……はーあ。単純だなてめぇは。
(……いい夢見ろよ。グレイ)