タイトル未定(新しく一松の下に配属された部下視点の話。)
整備士松野一松は、評判が悪い。
仕事は遅いし無愛想であまり喋らないし、上司からも煙たがられてるという噂で、配属が決まった時、同期にとても心配された。
嫌だな〜と思ってたけど、いざ働き始めればいうほどでもなかった。
聞けばなんでも教えてくれるし、愚痴ったり余計な口出ししてくることもなく、なかなか快適に働くことができる。
仕事が遅い理由もわかった。
手が遅いわけじゃない。むしろ惚れ惚れするほど正確で、迷いのない作業で、ただ、とにかくひたすら丁寧なのだった。
どこに不調があるか、まるで超能力者のように探し当てる。
だけどそれは特殊技能でもなんでもなくて、毎日誰よりも遅くまで残って機体を点検しているからだということを、配属されて3ヶ月目くらいで気付いた。
もちろんここで働く人間全員が、この仕事の重要性と責任を理解して日々の業務にあたっているし、手を抜く奴なんて1人もいない。でも松野さんの仕事は比べ物にならないくらい、怖いくらいに丁寧だった。
「よっぽど飛行機好きなんですね」
「別に好きじゃない」
「じゃあなんであんなに熱心に仕事するんですか?」
「仕方なくだよ」
松野さんは変わっている。
上から煙たがられている原因もわかった。
こと整備に関しては、誰に対しても容赦なくダメ出しをする。自分の管轄外のことも、もう点検の終わった出荷待ちの機体でも、それはそれは些細なものまでどんなことでも言わずにいられないらしく、それで度々間に合わなくなって怒られるのは役職付きの方なのだ。これは嫌われても無理はないと思う。
でも嫌われているからなんだという顔で、今日も松野さんは黙々と自分の仕事を完璧にこなす。
上司のために働いているわけじゃない。
飛行機が好きなわけでもない。
じゃあ彼は何のために、あんなに必死になって仕事をするんだろう。
一度だけ、飲みの誘いに乗ってくれたことがあった。
元々パイロットになりたかったけど諦めてこっちの道に来たことを話したら、パイロットなんかクソだクソしかいない、ならなくて正解だと熱弁された。随分後になって兄2人がパイロットだと知った。相当仲が悪いんだろうか。
酔いも深くなって、ほとんど机に突っ伏すようになった松野さんに、どうしたら先輩みたいに完璧な仕事できますかねと聞いたら、おまえ、良いやつだねと言ってくれた。
「おれは全然完璧なんかじゃないよ。怖いだけ」
「怖い?」
「怖い。怖くて怖くて仕方ない。本当は辞めてほしい。行かないでって言いたい。でもそんなこと、口が裂けても言っちゃいけないから、せめておれの手の届く範囲でだけは絶対に間違いが起こらないように、尽くすだけ」
なんだかいろいろ混濁しているみたいでよくわからなかったけど、なんとなく思った。この人にとってこの仕事は、なんていうか、祈りなんだな。
病欠することはほとんどないが、不定期的に有給を取る。
休み明けの彼はいつもと変わらないけど、少しだけ声が掠れていて、少しだけ疲れて見える。それから、こんなことを言うのも変だけど、どこか色気のようなものも感じる。
「松野さん、たまに連休取りますけど何してるんですか?」
「……秘密」
配属されて一年、初めて彼の笑顔を見た。
今日も周りに疎まれながら、整備士松野一松は仕事をする。