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    罪深き珀雷

    @koinosasimi

    普通に上げれないものを上げるかもなと

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    罪深き珀雷

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    キルエン記憶喪失ネタ。

    Petunia「釣り合ってないわよねぇ」
    通りすがりの誰かが言った。
    「何が?」
    連れがその話を広げようとする。
    「珊瑚の孔雀の副団長…最近、翠緑の蟷螂のあの……丸メガネのガリガリの人いるじゃん?」
    「あー……確かいたわねそんな人」
    「その人と一緒にいるのよく見かけるんだけどね?ぜーんぜん釣り合ってないのよ」
    「そりゃそうよ、王族と平民。それにキルシュ副団長はイケメンでスタイルもいいじゃない!あーんなジメジメした感じの骸骨みたいな男が一緒にいたら、美しさを損ねちゃうわ」
    聞くのが辛いのに、思わず立ち止まってしまって、その二人が離れきったところでまた歩き出す。

    自室に戻ると、部屋が寒くなっていた。
    ……また、窓が割られていたからだ。
    硝子を散らばした原因の、紙が巻かれた石を拾い上げて紙に目を通す。

    『キルシュ様から離れろ』

    彼には熱烈なファンクラブがある。その一部からこうして嫌がらせを受けることが最近増えてきた。
    最近……彼と恋人同士になって一緒にいるようになってから。
    このことは彼には言っていない。心配させたくないから。
    大丈夫、耐えていればいい。耐えるのは慣れている。長男だから。

    ギュッと唇を噛み締めて、石を捨てに行こうとした時__。


    爆発音が上の階から響いて、驚いたジャックや他の団員達が急いで音のなった方に向かう。
    「エンの部屋から煙が出てます団長!」
    駆けつけると、爆発で散らかり、所々炎がちらつく部屋の中で、血にまみれて倒れるエンの姿があった。
    「こりゃ酷でぇ…回復魔法使える奴!応急処置しろ!俺はオーウェンに連絡入れてくる!」


    「何が起こったか分かるかい?」

    「その前のことは?」

    「……それよりもっと前のことは?」

    「……………自分の、名前は言えるかい?」

    幾つか問いかけても、エンは首を横に振るばかり。
    オーウェンは小さく溜息をつくと、部屋から出て外にいたジャックに容態を話した。
    「右腕は治せるところまでやったけど麻痺が残るし、右胸や顔に裂傷。左眼が失明……脳にも重度の記憶障害が出ているよ。だが、かなりの威力の爆発だったのに生きていたのは、経験による反射のおかげだろうね」
    「そうかよ……また暫くしたら来る」
    ジャックはわざと大股でその場から去っていった。
    だが、団には戻らずに真っ直ぐエンの実家に向かい、今日の事を話に行った。
    心配させないように、すぐ仕事に戻れるはずだ。と嘘を付け加えて。


    医療棟に来たのは…そう、ただ仕事の為だけだった。
    直ぐに用件が済むと、私は患者の心を和ます為の庭園に足を運ぶ。
    色とりどりの花達に寄り添うように生える瑞々しい新緑。
    暫く会っていない彼の事を思い出させるような色。

    「…この後は何も無いから寄っていこう」
    そう考えて振り返ると、右目と口以外を包帯で覆った『彼』がいた。
    「エン…?」
    キルシュは胸が幾千もの刃で貫かれたような痛みを感じながら、エンに歩み寄ろうとした。
    しかし、だ。
    「あなたも、ここの花が好きなんですか?」
    「………!?」
    まるで初めてあったかのように振る舞うエンに対し、言葉が出なくなる。
    そんなことは知らないエンは、ペチュニアを一つ摘んできて、キルシュの髪に添えた。
    「綺麗ですね、とても」
    優しく笑ってから、エンは自分を探しに来たであろうナースを視界に捉え、彼女の元に行く。
    「検診の時間なのに出歩いたらダメじゃないですか」
    「ごめんなさい…外の空気が吸いたくなって……」
    「次は検診が終わってからにしてくださいね」
    二人がそう話しながら居なくなるのを、キルシュは振り返って見ることもせずに、髪に添えられたペチュニアを手に取って見つめる。

    あなたと一緒なら心が和らぐ。

    最後に会った時にこの花の刺繍が施されたハンカチを渡したのを思い出す。
    花言葉とは反対に、キルシュの心は波立っていた。


    それから、オーウェンの元に戻って話を聞いたキルシュは、焼き菓子を買いに行ってからエンのいる病室に足を運んだ。
    ドアを三回ノックして入ると、エンは読書をしていた。
    「やぁ」
    「あなたはさっきの……」
    本を閉じて、顔だけキルシュの方に向ける。
    包帯が取られ、左眼には眼帯、薄いが顔に刻みついたいくつもの傷にキルシュは今すぐ抱きしめてしまいたくなるくらい胸を苦しくしながら傍にある椅子に座り、焼き菓子を近くの棚に置く。
    「さっき会ったのも何かの縁だと思ってね…そうだ、名前を言ってなかったね。私はキルシュだ」
    「キルシュ、さん…」
    「…………。君は?」
    「皆がエンって呼んでいるので、多分それが名前です」
    「いい名前だ」
    本当に記憶を無くしていることがより解り、現実の無情さを嘆きたくなり、耐えるように俯くと、エンが顔を覗き込んできた。
    「…キルシュさん?どこか悪い所でも?」
    「いや…。大丈夫さ。そうだ、少し話をしていっても?」
    「ええ、いいですよ」
    本当は、記憶を早く戻す為にも恋人同士であったことやエンとの思い出を話そうと考えたが、やめた。他愛ない仕事の話をするだけにしたのは、きっと彼なら必ず思い出してくれるという信頼と望み、話しても思い出してくれなかったらという不安の為。

    それでも、エンは笑って話を聞いてくれた。
    それだけでも、キルシュは心が満たされた。
    面会時間の許すまで、二人は話し続けたのだった。


    キルシュはそれからというもの、ほぼ毎日エンの元に通った。
    常に何かしらの手土産を持って。
    話しているうちに、エンの言葉遣いが元のようになり、「キルシュ君」と呼んでくれるようになった。だが、それでも記憶は戻らない。
    自分のしていることは無駄なのだろうか。
    諦めてしまいたくなる。
    そんな悲しい気持ちでドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。

    「やぁ、キルシュ君」

    いつもの微笑み。なのに少し具合が悪そうに見える。
    「……」
    「キルシュ君?」
    「………顔色が悪く見えるのだが…」
    「そう、かな…?ゲホッ…ゴホッ……」
    苦しげに咳をするエンの背中を摩る。
    「でも、キルシュ君の言う通りかもね…なんだか最近…咳も多くなったし、体が思うように動かないことがあるんだ。それで、入院も長引いてしまっているし…」
    「今日はもう、寝ていた方がいい」
    「そうするよ……っ、ゲホッゲホッ…カハッ……!」
    肩を揺らすほど強く咳き込んだあと、喀血したエン。
    掌、口周り、シーツに飛び散った赤にキルシュは動揺しながらも「オーウェン先生を呼んでくるから、大人しくしているんだ」と言い残して部屋から出ていった。


    海月に囲まれながら、苦しそうな今にも死んでしまいそうな呼吸音を喉から出すエンを、ただ見つめることしか出来ないことに両の拳を握りしめる。爪がくい込んで痛く感じるほどに。
    「…毒だね」
    「………何だって?」
    「毎日微量の毒を摂取し続けた結果、体の至る所が壊されている…」
    オーウェンは海月を消すと、眼鏡を外して静かに、それでいて芯の通った声で
    「……もう、長くない」
    と言って、眼鏡をかけ直した。
    「そんな……!治せないのか!?」
    「私ではどうにも出来ない程に、毒を摂取してしまっているんだ……本当に済まない」
    非情すぎる現実に、耐えきれなくなったキルシュは部屋を出ていく。わざとに大きな音を立ててドアを閉めて。


    その日の真夜中。
    エンの部屋のドアが音もなく開き、青白い顔をして、ぐったりと眠っているエンの左腕を布団から出す細い女の手。
    服の袖を捲って、肘の裏、血管の浮いている箇所に銀色に尖った注射針が近づいていく。
    表皮を僅かに押した時、注射器を持った左手が後ろから持ち上げられ、女は振り向いた。
    「き…キルシュ様!?」
    「何だ君は。ここで何をしている?」
    女は手を振りほどくとヒステリックに訴えた。
    「私はただ、キルシュ様の将来の為に…!こんな男と一緒にいるのは貴方にとって悪影響です!」
    「………成程、君が犯人だったのか。熱烈なファンクラブ…その中でも君は少々熱くなりすぎたようだ」
    橙の瞳が冷たく輝き、女は背筋をゾッとさせる。
    「キルシュ、様……?」
    「今なら命を助けよう。代わりに自分で出頭するんだ。それを断るなら………」
    最後まで言い終える前に、女は部屋から逃げ出した。
    キルシュはそれを追うことなく、エンの傍に来ると跪いた。
    「……キルシュ君………?あれ、誰か他に…」
    「ここにいるのは私と君だけだ。…オーウェン先生から話は聞いたかい?」
    「うん……あと、少しくらいしか生きれないらしいんだ。明日か…明後日か…もしかしたら数時間後かもしれない」
    「……………」
    「ごめんね」
    「何を謝っているんだい?」
    「思い出せなかったことだよ。何も。
    君は私の記憶を取り戻させるために…来てくれていたんだろう?」
    「……そうさ」
    骨張った手を柔らかく整った手で包み込む。
    「私は…結局、何も思い出せなかった。家族も仲間もいたはずなのに………ねぇ、キルシュ君」
    「どうしたんだい?」
    「外に…行きたいんだ」
    体調が悪化するかもしれない。そう思って止めたかったが、これが彼の最後の願いになるかもしれないとも思った。
    故に彼を支えながら起こし、庭園まで連れていく。

    満月の光に煌々と照らされたペチュニア達。
    近くで見ようと歩み寄って、膝をつく。
    「……あなたと一緒なら心が和らぐ…だったかな。この間話してくれたよね」
    「ああ」
    「この花の通りだよ。私は君と一緒にいると凄く落ち着くんだ」
    キルシュの胸に体を預ける様にしてもたれると、キルシュは抱えるように抱き直し、しっかりとエンの片目を見つめる。
    「キルシュ君………ありがとう、こんな私の為に尽くしてくれて」
    「いいんだ。私は君を……君を、愛しているのだから」
    「嬉しいよ…」
    片目からポロポロと雨が降る。
    「あれ…なんでだろう、凄く悲しくて…懐かしくて……前にも言われたかな…?」
    「ああ、言ったよ。何度も、何度も。私の愛しくて美しい恋人だ君は」
    「……不釣り合いじゃ、ないかな…?」
    「そんなことは無い。私には君が居ないと駄目なんだ……っ」
    上からも降ってくる雨が融合して、一つの雫になって地面に落ちる。墜ちる。

    …………本当に、ありがとう。何度…言って…も足りない…よ………。


    爆発物や、毒薬は全てファンクラブの彼女の仕業であった。
    狂信というものは怖いな。
    確かに私は完璧であるべきなのかもしれない。
    完璧な私こそ美しいのかもしれない。
    否、人は不完全だからこそいい。
    彼にも私にも足りないものがある。
    それを補い合ってこそ、美しく咲き誇れる。

    「……君無しで私は美しく居れるだろうか」

    返事が返ってくる訳が無いのに、質素な墓石に語りかけてから彼は去っていく。
    どこか懐かしい匂いのする風が吹いた気がした。

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