アタシのスタイルアメジストグレープ…その名の通り、アメジストの様な輝きを持つ葡萄。
爽やかな酸味、口の中で蕩ける果実、記憶に残り続ける甘味。
古来より王族に献上されてきたとされるその葡萄を求めて、ラキは船である孤島に向かっていた。
今回の任務は数人で行うものであり、リーダーは協会が斡旋してきた…言わば協専のハンターだ。
ついでに言うならラキ以外もだ。
「アメジストグレープは、今度行われる協会の会食に必要とされている。だが、三日前にこの任務に向かったハンター数名が音信不通になった」
リーダーの男…パッツァが焦げ茶の口髭を震わして説明をする。
「恐らく獣に襲われたと見て間違いないだろう。なればこそ、俺たちが彼らの無念を…」
パッツァが鼓舞のための言葉を発しようとしたが、ラキがそれを遮った。
「そのハンター達を向かわせたのって、会長派の人なんですよね?副会長派に派遣されたアナタ達が成功すれば、少しは優位に立てるからって…」
「何だと小娘!」
怒鳴られても、他のハンターの睨む視線にもラキは怯まない。
まずそもそも、怒りたいのはこっちだ。
本来なら一人で十分なのに、上のいざこざの為に使い物にならなそうなハンターを寄越されたからだ。
故に珍しく刺々しい態度になっていた。
「小娘……でも、アタシ一ツ星だよ。アナタ達より上。島着いたら船で待っててよ」
「本当に上なのか?」
同行のハンターの一人、ミゲラが黒縁の眼鏡を意地悪げに反射させて訊いた。
「アンタの練、見せてみろよ」
「いいよ」
ラキは息をするように練を行う。
溢れ出てくるオーラの量にミゲラは無論、パッツァも驚き、たじろぐ。
「どう?」
「た、大した事ねぇな。そうだろパッツァさん」
「ああ……」
そうしているうちに、島が見えてきた。
砂浜に船を寄せると、ラキが降り、パッツァ達も続いた。
「意外と広い島だ。手分けして探すべきだと俺は思う」
「まぁ…うん。賛成かな。でもアタシ一人で行くから」
ラキがそう言って、森の中に消えたあとハンター達も別れて捜索に向かった。
獣道を歩いていると、腐臭が鼻につき、歩みを慎重なものにする。
開けた場所に出た時、前に派遣されたハンターと思われる人体や獣を早贄の様に枝に突き刺した木が幾本も生えていた。その枝には紫に輝く果実…アメジストグレープがなっていた。
「……やっぱり」
ラキは知っていたのだ。
アメジストグレープは食人植物だと。
「(テリトリーに入った瞬間、襲いかかってくるタイプかな…多分地面に出てる根がそう)」
能力である乙女の翽(アゲハチョウ)で何房か切り落とし、乙女の全力疾走(ハネウマライダー)で素早く取って逃げれば大丈夫と頭の中で算段を立てて、刀を抜いた。
「乙女の翽!」
刀に纏わせたオーラを飛ばすと、続いて足にオーラを集中させて目にも止まらぬ速さで赤い樹液を散らしながら落ちてきた葡萄を四房獲ることに成功した。
乙女の翽を解除して、樹液が溢れるのを止めると、アメジストグレープの木に「ありがとう!」と一礼して船へ戻って行った。ちゃんと、持ってきていた肩下げクーラーボックスに葡萄を入れて。
だが、その途中でのことだ。
「助けてくれ!!」
恐怖に怯えた顔のパッツァがラキの元に逃げ込んできた。
「何かあったの?」
「あ、あれを……!」
パッツァが指差す先には、五つ首の巨大なトカゲが。それぞれの口がミゲラをはじめ、他のハンターを咥えている。
「アナタ以外やられたんだね」
「そうだよ…!クソっ、こんなの聞いてねぇよ…!」
「…アナタ、現場に立ったことないでしょ。ただの葡萄狩りって聞いてきたんじゃない?」
「……今までは、護衛とかそういうのばっかだったんだよ…。でも、報酬が良いから……」
「報酬、かぁ……くだらない」
「は?」
再び、刀を抜いた。
「ハンターは夢を追うのが仕事」
「無理だ、勝てるわけない!プロハンター五人が瞬殺だぞ!?」
パッツァの言葉なぞに耳を傾けるラキではない。
「100%よ。100%勝つ気でやらないから負けるの。狩りは常に全力じゃないと」
襲いかかってきた五つ首トカゲをヒラリと躱す。突進先にいたパッツァは口の中のものを食べ終えた首の一つに呆気なく食われた。
しかし、ラキは意に介さずに刀を振った。
「乙女の翽!!」
首と同じ数の斬撃を飛ばすと、首は全て地面に落ちた。
「…だから要らないって言ったのに。目の前で死人が出たら………悲しいよ」
目を潤ませながらも、彼らの身元が証明できそうな物を回収すると、一人で船に戻った。
ハンター協会本部に着くと、依頼していた料理長には葡萄を、役員にはパッツァ達の遺品を渡した。
「……そうですか。少しお待ち頂けますか」
「はい…」
エントランスで十数分待っていると、役員が戻ってきた。
「上層部がお呼びです。来ていただけますか」
「分かりました」
嫌な予感を抱えながら案内されるままエレベーターに乗り込む。
両開き扉をくぐると、長机を囲んで座る偉そうなスーツの男達が待っていた。
冷たい視線でラキを睨みつけている。
「あの、その…どのようなご要件でしょうか」
「…君は、一人で帰ってきたそうだが」
「はい。ですが、よくある事ですよ。実力不足なハンターから死んでいくのは」
「だとすれば、実力のある君が守ってやれば良かったのでは」
「ですが、途中で別れると、指揮を執る…」
「実力者なら、現場を見極めて説得するべきだ。そうすれば犠牲を減らせた」
完全に屁理屈だ。
それに言い返そうとするが、矢継ぎ早に批判の言葉が飛んでくる。
「一人で危険な任務に赴こうした君をサポートしようとした我々の好意を無駄にするとは、ミチェッタ家の令嬢とは思えん愚鈍さだ」
「君の行為は命を見捨てたと同等だ」
等々、散々に言われた後部屋を出るよう先程の役員に言われて大人しく引き下がるラキ。
とぼとぼと廊下を歩き、エスカレーターでエントランスまで降りて、外に出ようとすると後ろから声をかけられた。
「ラキ、偶然だな」
「シュート君……」
どうやら、別件で協会本部に来ていたらしいシュートが声の主だった。
大好きな人の顔を見た途端、ポロポロと涙を溢れさせるラキ。
「ど、どうしたんだ…?!」
オロオロしながらも、人の目を避ける為ラキを外に連れていき植え込み傍のベンチに座らせた。
「何か…あったのか?」
「あのね……アタシ悪くないのにね………」
先程の事を涙ながらに話した後、ラキは言う。
「上の人達は現場を分かってないんだよ…会長派を貶めようとかそういうことしか考えてない、なんで、あんな人達がハンター協会にいるの…?」
「………そういうものだ。組織というのは」
右手から棒付きキャンディを出すと、包みを剥いて渡す。
「お前の好きなレモン味だ。慰めになるかは分からないが…」
「ありがと…」
キャンディを受け取り、咥える。
「俺たちは現場で出来ることを精一杯やればいい。周りに何を言われようが自分の夢を追えばいい。モラウさんが言っていただろう」
翠色の髪を優しく撫でる。子供をあやすみたいに。
「帰ろう、ラキ。今日は俺が飯を作るよ」
優しく手を引いて、家への帰り道を二人で辿ったのだった。